063.他国の貴族
「そうか、ウィンストン伯の……」
ミリアシルに彼等のことを報告すると、外務省に問い合わせてみると言って、しばらくの間接触は控えるようにとの通告があった。
しかしその三日後、彼等からの面会の申し出を受ける。
ミリアシルと約束した手前、たった数日で契約を反故にするわけにはいかない。取り敢えず数日以内に返答すると言って、先方の住所を聞き出した。
一応冒険者組合でそれらの情報は得ていたのだが、合う前から相手の情報を持っているとひけらかす行為は、非常に失礼かつ不誠実な行為であると判断しての対応だった。
そしてちょうどその夜、外務省からミリアシル経由で、ウィンストン伯爵領についての資料が送られてきた。どうやら彼の領地は事実確認が取れている無差別拉致事件で、最初に被害があった領地らしい。
それは四ヶ月前の四月上旬まで遡り、修学旅行中の貴族の従者が一人、某国で行方不明となっていた。
その時は大使館に届け出を出し、その貴族らは修学旅行を中断し帰ってきたのだが、結局その行方不明者は今も見つかっていない。従者は直階貴族ではあるものの、実務に優秀で、人間としてもよく出来た貴族だった。
そんな彼が持ち場を離れて亡命紛いのことをするはずがないと、その主人は主張し、ウィンストン伯はそれを重く受け止め捜査を出していたとのことだ。
そうしてことは次第に大きくなって行き、三大国貴族無差別拉致事件まで至ることとなる。
翌日朝一番に使いを出し、決まった日が更に次の日の八月の二四日だ。随分急な予定挿入ではあるものの、アーシェの予定は特にない。彼等がそれほど急いでいるというのであれば、応じない訳にもいかないだろう。
そして来る当日。
「お招き頂きありがとう存じます。公爵姫殿下」
「こちらこそ、お越し頂きありがとう存じます。コナー様」
正確には二度目であるが、組合会館で出会った日にはお互い会話はなかったので、改めて縁神に祈りを捧げる。
彼等は当初、アーシェの立ち位置を知らなかった。
と言うのも、彼等が活動資金を切り詰めて組合に払った十万モネの成果は、彼女が現在住まう居住と、どの国からやってきたか、そしてアーシェリットと言う名前に、毎日雑用じみたことを淡々と熟しているという情報だけだった。
十万モネとは平民が普通に暮らして行く上で、一生かけてもようやく使い切れるかどうかの金額である。そんな大金をはたいて手に入れた情報が、そんなどうでも良い情報だというのは詐欺も良いところである。
彼等は予算を割いた成果をある程度は出さなくてはならず、悩みに悩んだあげく、仕方が無いので直接伺うという手法をとったのだ。
そうして蓋を開けてみれば隣国の大公爵、セルヴ家の長女だという。それを聞いた時、彼等は己が耳を疑った。一体誰が藪をつついたら現人神が顕現しようと予想できようか。
カーネリアン王国では、公爵の上に大公という爵位がある。彼の国の大公と公爵の関係は、パール王国では御三家と配公の関係とほぼ同じだ。過去に合併吸収された国の長は大公として土地を治め、他の公爵とは一線を画する爵位となっている。
パール御三家は外国では大公の地位で扱われ、三大国ですらその扱いは王族に準ずるものとされるのだ。
直階貴族がその公室の姫君をお目にかかれる機会は、普通の人生を過ごしていたらまずあり得ないだろう。
実際アーシェの周りには直階貴族は殆どいない。魔力に富んだ公爵領ですらそうなのだから、伯爵領では言わずもがなだ。
「しっ、商会統括?」
他国の直階貴族との話し合いは、アーシェ一人では不安だからとエリザベートも同席することとなった。彼等は伯母のことも知っているようで、アーシェは身近な人間が著名な人物だったという事実に誇らしげな気持ちになる。
成人したセルヴ家の公室の中で、有名ではない人物を探せと言われる方が無理難題であるのだが、さすがは箱入りお姫様、外界の下世話なんて一言も聞かずに育った彼女は、相も変わらず評価性能に欠けていた。
セリア率いる侍官部隊が客人に茶を持て成し、スポンサーである商会の商品を美しい配置で配膳する。普段の予行練習が功を奏した結果であった。
アーシェはこの一ヶ月の修行成果もあって、ミリアシルから貴族であれば仮面を取って会話をして良いと言うことになった。
吹けば消える平民にはまだ魔力を遮る仮面が必要だが、それでも以前の彼女からしてみれば大躍進だ。
彼等との対話はやはり連続拉致事件から始まった。どうやら彼等はアーシェたちが持っている情報と、自分たちが持っているものを共有したいと思っているらしい。もちろんアーシェたちがたった数日で情報を集められているとは思っておらず、彼等が欲しているのは背後にいるセルヴ公が持つ情報だ。
「まず、三国拉致事件対策室が設置されることはご存じでして?」
「なんと」
三国協定が議題に出たのはつい一週間ほど前だ。
現代では通信技術の確立により、たった数秒で全世界に拡散できるが、そんな技術はこの世に無い。もしそんなものがあるのならば、茜は命を賭して滅しに行くだろう。
アーシェはセルヴィスから一ヶ月ほどで貿易都市に来た。
幾つかの遠回りはしたものの、この時代に国を渡るというのはそれほど時間が掛かる行為なのだ。
大国の国内ならば、情報伝達用に調教された魔物を用いて、一時間程度で速達書簡を届けることも可能であるが、小国へ行くのなら急いでも一週間は掛かってしまう。
小国に住まうような魔物は、国家間を渡り歩くような長距離移動は熟せず、どうしても人の手によって導く必要が出てくる。
そのため使用できる魔物は陸上生物に限られ、その多くは雅義のような四足歩行の獣が用いられている。
飛行生物とは違い、彼等は地形の影響を諸に受けるため、その力強さで輸送などには向くのだが、少なくとも大国は、好んで通信手段として用いようとは考えていない。
そのような訳あって、彼等の領主が国の決定を知り、そこから彼等に連絡を入れるのには、どんなに早くとも十日は時間が掛かるだろう。
ならば何時しか切れなくなる手札を温存する必要は無し。使える内に使ってしまおうと、交渉の切り口として彼等に伝えた。
アーシェたちは、元より全ての情報を共有するつもりなんて微塵もない。
相手が我が国の貴族であり、拝命した王命に従うのであれば喜んで提供するのだが、残念なことに彼等は他国の貴族だ。
もちろんある程度の協力はするつもりだし、嘘をつくつもりもない。しかし三国対策室が設置されるのであれば、その場につくのは内外軍の三省からなる使節団だ。
アーシェが不用意なことを言ってしまえば、その場で切れる手札が減り、その責任は彼女の上司である内務卿へと行くことになる。
今回の会議は公式のものではないにせよ、実は隣の部屋では文官たちが聞き耳を立て、会話の一部始終は全て記録されており、茜の作ったアーシェ人形でも自身の言葉の一言一句は全て記録している。
彼等の足を引っ張るつもりはない。アーシェにとってもこの事件の早期解決は望むところであり、これ以上の被害は出したくない。しかしその個人的な感情は、上の足を引っ張って良い理由にはならない。
彼等が全ての情報にアーシェないしはパール関係者から頂いた情報、と添付して報告書作成をするのなら良いのだが、そんな面倒なことはしないだろう。
エリザベートがここにいる理由は、その監視兼抑止としての役割もあった。
「では、やはり貴国も敵が平民か貴族かは判明していないのでしょうか」
「仰る通りでございます。少なくとも我等ウィンストン伯爵領には情報は届いておりません」
「……ここだけの話ですが――」
実はパール王国、一度だけ現行犯を追い詰めたことがある。
そう、外交官が襲撃されたときだ。今まで失踪としか報告されていなかった拉致事件が、何故襲撃だと分かったのか、それは偶然その場に修学旅行に来ていた成人したての正階貴族が一人、現場を目撃したからである。
彼は一度で良いから護衛を付けずに街を散策したいと、平民の身なりに変装し、護衛の目を盗んで、普段行けないような路地裏になどを探検していたという。
そして彼は路地裏の空き家から大通りを眺めていたところ、パール王国の外交官を発見し、バレると拙いので身を隠しながら様子をうかがっていた。
しかしその直後、外交官は悪漢たちに襲われ、首元に魔石のようなものを当てられて、気絶させられる。
文官である彼は、その時あまりの恐怖に足が竦んでしまい、その後彼は錯乱状態で大使館に駆け込んだ。その行為に、武力以前に勇気が足りなかったと彼は今でも後悔しているらしい。
実際は彼が目撃したことにより、失踪事件が拉致事件になる確かな証拠となったのだから、我が国、いや三大国の貴族社会への貢献は凄まじいものだ。しかしそんな理屈は、学院卒業直後の若者には何の慰めにもならなかった。
現在はさらなる事情聴取は置いておき、女王陛下の名の下に心身共に最高の環境下で療養中と聞いている。
そんな彼への事情聴取で周囲の貴族らに衝撃を与えた二つの事実が、現行犯には魔力を感じなかった点と、外交官は拉致された時点ではまだ生きていた点だった。
それはつまり、奇襲とは言え平民が貴族を無力化できる手段を有していると言うこと。無力化は殺害よりも難しく、その魔石のようなものというのも過去に目撃情報は無い。
魔具の取り扱いでは国内占有率八割を占めている、セルヴ商会とリップマン商会にも詳細を問い合わせたところ、平民が扱え、貴族に対しても有効打突となり得、しかも一瞬で意識だけを刈り取る魔術具なんて、聞いたこともないと言う。
「以上から、我が国は少なくとも現行犯は平民であり、何らかの手法を用いて貴族を無力化し、生きたままどこかへ運び込んでいるのだと断定しております」
「……左様……ですか」
昂ぶる感情を必死に抑え、それでも拳を握り爪を立て、彼の手のひらからは血が滲んでいた。
絶対に許すわけにはいかない。そんな態度がまじまじと表れ、彼等がどれほどの憤りを感じているのか、アーシェには痛いほど良く分かった。
「わたくしから言えることは以上となります」
アーシェは一度区切りを付けて、相手から情報を引き出す姿勢に入った。




