表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
64/197

064.他大国の所見

「情報提供、心より感謝致します。次はこちらが持っている情報ですが……」


 彼等は最初一ヶ月ほど失踪事件のあった都市を秘密裏に捜査していたのだが、他領の貴族が次々にまったく別の場所で失踪しているという情報を掴み、失踪ではなく貴族を狙った拉致なのではないかと考えを改めて、約三ヶ月前、最も人の移動が多いカスタレアを中心に情報を集めていた。


 拉致された貴族はどこかへ運び込まれている。これは恐らく間違いではない。さすがに拉致した人間を何ヶ月も同じ場所に留めておくとは考え難いためだ。


 拉致した犯人は何かしらの目的があって行動しているため、その行動には規則性があるはずだ。

 そこで彼等はどうやって検問や貴族の目を搔い潜って、人を遠くまで運ぶのか考えた。


 その結果が奴隷売買。別に貴族を奴隷にする必要は無く、奴隷のように見せかけて輸送すれば良いだけである。


 例えば片足を切り落とし、こいつは盗賊に襲われた奴隷だと言って馬車に乗せ、周りを本物の欠損奴隷で取り囲んで集団輸送をする。

 そうすれば恐らく昏睡状態の貴族を運ぶことなど造作も無い。検問では奴隷の身元を特定するなど不可能であり、ましてや意識のない人間からなんて事情を聴取することなど出来るはずもない。


 瀕死になるほど痛めつければ、貴族同士でも魔力を感じ合えなくなるほど衰弱し、さらには貴族特有の麗しい見た目も誤魔化せるであろう。


「しかし、不用意にこのような大都市に向かいますか?」

「大都市だからこそ、でしょう」


 アーシェの質問に返したのはエリザベートだった。

 彼女らは体験したはずである。行商人の大行列は、事前に中身や人数の詳細を記載した資料を提出すれば、検問を免除、もしくは馬車内部を確認せずに軽い問答で済まされる場合がある。


 完全に検査を免除されるのは正式な手続きを済ませた貴族だけであろうが、それでも数キロに亘る行列が押し寄せれば、警備の手が薄くなることは防ぎようがないことだった。


 そしてアーシェは気付く。この一ヶ月の間に、男爵領にて拉致事件が発生し、ヒスイ王国へ逃亡されたと思しき事件があった。そしてアーシェがやってきた行商群の中には、ヒスイから来た商人も多く含まれているはずだ。


 それはつまり、アーシェたちが知らず知らずのうちに、輸送行為に加担してしまった可能性があるのではないか。徒に混乱を招いているのは自分なのではないだろうか。

 そんな考えが頭を支配し、アーシェは途轍もない不安に掻き立てられた。


 ――どうしましょう。どうしましょう、茜。わたくしは……。

 ――大丈夫。あくまでこれは仮定の話なのだから。あーちゃんは何も悪いことしてないよ。


 実際の所は茜にも分からない。アーシェが思っているように犯罪に与した可能性は十分あり得、それ自体を否定することはできない。しかしそんなことを考えていたのなら、これからの調査すら侭ならなくなり、何も行動を起こすことができなくなる。


 知らなかったのだから悪くない、子どもは何をしても良いと言う考えは、茜の中では嫌いな部類に入るのだが、それを引き出して少女を痛めつけるような趣味は、持ち合わせていないつもりだ。


 もしもアーシェの行動が罪に問われるのならば、彼女よりもまず先にミリアシルが責任を持つべきだろう。そして然る可き審議を経て、彼女にも罰が必要と判断されたのなら、その時は甘んじて罰を受け入れれば良いのだ。


「先日運び込まれた奴隷には、貴族らしき人間は確認できませんでした」

「当然です」


 当然アーシェの後ろに並ぶ者たちの素性や荷物は全て把握している。

 そうでなくても商会規定にて、貿易部門では大陸中全ての法律を網羅し、取扱商品の要注意一覧を作成して、万が一に備えて犯罪集団を売り渡す用意はしていた。


 実際にあの行列にいた商人の中で、その規定に抵触する商品を扱う商会は幾つかあった。その中には当然奴隷商も含まれており、その人数から人種、人相全てを把握している。


 それ故に、エリザベートはあの場に拉致被害者はいなかったと断言できる。


 彼等の目論見は未だ確たる証拠を掴めておらず、彼等もその持論があくまで仮定を前提にしたものだと理解している。しかし、コナーたちの言い分が理に適っていることもまた事実。


 現時点では完全に否定できる材料がないのであれば、ミリアシルに報告する価値は十二分にあった。

 奴隷商とは行かずとも、商人が運搬に加担している可能性もあり、積み荷を知らずに運び屋にされていることだってあり得るのだ。


 彼等はもう一つ、襲われている貴族は直階貴族が多いと言う統計結果を述べた。

 アーシェもそれは聞いており、その通りだと答えたが、彼等が着目したのは別の場所だ。平民は魔力抵抗が著しく低く、他人の魔力にあてられてしまうと、体調不良や失神、機能不全にまで陥ることもある。


 それ故に、諸外国へ送る外交官は直階貴族が多いのだが、浄明正階の貴族がいないわけではない。


 むしろ人数的には正階貴族の方が多い年もあるのだが、拉致されている被害者はその殆どが直階貴族だという。

 貴族の常識で測れば、それはある意味当然だ。犯罪において弱い者を狙うことは世の常であり、どこもおかしい話ではない。


 しかしそれは保有魔力を識別できる貴族だからできることである。見た目だけで言えばどの貴族も然したる変わりはなく、むしろ平民から見たら、アーシェよりコナーたちの方が強そうと思うだろう。


 それなのに此度の犯行対象は的確すぎないか。

 そう思い被害者一覧の作成を国に要求し、アーシェと出会ったその日に、間者に受け取りに行ったら、どの国、どの領地でも襲われた多くは直階貴族。そのことから平民には相手の魔力を計測できる手段があると確信した。


「もしくは、貴族が犯行に加担している」


 アーシェとしては、同じ神々に魔力を捧げる同志たちを疑いたくはない。しかし、実際問題全ての可能性を考慮するのであれば、その話も検討の余地はある。


「あまり不用意なことは仰らないで頂きたい」


 アーシェが揺れる中、エリザベートは凜とした姿勢を崩さず彼等を窘める。もしも貴族社会全体にそのことが広まれば、国対国、領対領だけで無く、あらゆる貴族が疑心暗鬼になる。

 そんな事になれば国の政が機能しなくなり、犯人捜しどころの騒ぎではなくなってしまうだろう。


 今最も必要なのは、多くの推察が交錯する中、正しい情報を選び抜き、統制を強化することである。身勝手な判断で徒に貴族たちを不安にさせては元も子もない。

 今後は呉々もむやみな情報交換はせずに、ありのままの情報を一切の主観無く、自分たちの領主へ届けるようにと厳重に注意をして、その会議はお開きとなった。


 会議を終え、彼等を見送ったアーシェは、一気に肩の力が抜けて、セリアへと倒れかかった。それを受けたセリアは横抱きに抱え、己の肩へと引き寄せる。


 彼女は直階貴族と話すと言うことで、終始魔力制御に意識を割き、それでいて彼等の言葉を聞き逃さないように細心の注意を払っていた。

 これならまだ派閥の領主たちと話す方が楽であると、心から思うアーシェであったが、こんな事態に休んでなどいられない。


 さっそくエリザベートに書式を学びながら、ミリアシルへの報告書をしたためる。こう言うのは、忘れないうちにやった方が良いと茜に言われたこともあり、アーシェにしては随分と積極的な行動だった。


「そこ、違います。清書であればもう一度書き直しですね」

「うっ……申し訳ございません」


 この世には、鉛筆もなければプラスチック消しゴムも無い。一度書き損じた場所は修正することができず、新しい紙からまたやり直しである。

 今回は下書きのため、二重線で消して上に小さく書くだけで良いが、清書の時には本当に気を付けなければならない。


 この世界の紙は決して安くない。何故なら紙を作るのには魔力が必要だからである。

 紙には動物性のものと、植物性のものがあるが、どちらも紙にできるような丈夫な素材ならば、少なくない魔力を有しているため、加工には魔力が必須なのである。


 そのため紙の生産率は三大国が全てになっており、田舎の国ほど篦棒(べらぼう)に高価になるのだとか。


 もちろん国内であっても決して安いとは言えず、紙質や大きさにもよるが、報告書作成用の用紙の相場としては、十枚一アルテと言ったところだ。以前茜が契約で使用した契約紙は、一枚一アルテほどもする超高級紙だった。


 その代わり魔力の籠もった紙は、大気に触れただけでは酸化して朽ちることはない。燃やせば燃えるが、保護魔法をかければ燃えることすらなくなる、素晴らしい素材だ。

 しかし本当に呆れ返るほどの値段であるため、習字や報告書の練習は、大抵アーシェが持っていたような黒板を用いる。


 今回に限って、何故エリザベートが紙での練習を選んだのかというと、アーシェには筆の扱いも慣れて貰う必要があったからである。

 彼女は既に字を覚え、白墨においては綺麗な字を書けるまでに成長している。ならば次は筆での書写を行うべきであり、字を習うのならばできるだけ幼い頃の方が、習得しやすいのだ。


 下書きが完成したら、エリザベートが校閲し、右筆であるメリッサにも渡して二重確認を取る。二人の許可が下りると緊張する手で清書をし、ようやく一つの報告書が完成したら転移魔法陣で自ら城へ赴いて、ミリアシルに届ける。


 城に帰ったら父との面会予約を入れて自室に籠もった。

 そして使いを出した城の従者が帰ってきたのを確認すると、その者を招き入れ、尊敬する父へのお目通りはいつになるか聞こうとしたとき、アーシェにとって不測の事態が起こった。


「失礼する」

「お父様!?」


 なんと敬愛する父が自らの部屋に参られ参ったのだ。

 いやその日本語はおかしいと茜に突っ込まれるが、そんなことは全て無視して椅子から飛び降りる。


 急に来て済まないという彼を全力で擁護して、侍従たちにすぐさまお茶の用意をと命じると、彼はそれ以上の権限を持ってアーシェと二人にするように命令した。


「よく聞きなさい。つい先ほど枢密院会議の日時が確定した」


 彼の言葉はアーシェの思考を完全に虚無へと追いやった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ