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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
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059.思っていた冒険者の仕事と何かが違う

「ふむ……」


 冒険者についたアーシェは、まず一番に掲示板と呼ばれる場所に行く。掲示板と言っても、その大きさはもはや板ではなく壁そのものだ。


 冒険者組合館の構造は、ドーナツ型である。

 巨大な窓口が中央を中心に円形に広がっており、その真ん中には二階へと続く螺旋階段がある。内と外を繋ぐ扉は八つの方角とつながり、その扉同士の間に依頼掲示板が出されているのだ。


 この掲示板。スライド式となっており、日の出の約一時間前に二階へと持ち上げられる。

 そしてその一時間の内に、職員たちが大量の依頼をペタペタ貼って、日の出を知らせる鐘と共に一階へ下ろすのだ。

 その時間帯以外に張り出されるものは、殆どが緊急を要する依頼であり、その場合は館内にて宣伝活動をすることもあるそうだ。


 掲示板に貼られる依頼は職員たちが種類ごとに分けて、決まった区分に張り出される。

 依頼の種類は大まかに分けて討伐、遠征、護送、その他の四種類あり、その他を除き最も多いのが討伐だ。


 討伐は主に周辺領域の魔物の駆除。範囲は馬車二日分以内とされている。

 遠征はそれよりも遠くから来た依頼だ。支部では扱うことが出来ない危険な討伐依頼や、遠くの地へのお使いだったりする。護送はアーシェたちが来たときのように、依頼主の安全保障。


 因みに支部の規模によっては遠征と護送の分類が分かれていないなど、その分類法は地域によって違う。


 この中で平均報酬額が高い依頼はやはり護送である。

 依頼主の多くが貴族や商人などで、冒険者を長期間拘束することから、報酬額を上げなければ、冒険者たちが受注してくれないのだ。

 また、正規報酬に加え、前の来襲のような時には、その団体のリーダー的存在に従えば追加報酬を得られることもある。


「お嬢様。お掃除の依頼はどうでしょうか」

「お嬢様。郵便配達の依頼はどうでしょうか」


 三人衆にも声をかけ、良さそうな依頼があれば報告するようにと頼んでいたら、報酬度外視で安全なものばかりを選んできた。


 現在アーシェたちがいる場所はその他の区分の掲示板である。

 この時間帯まで残っていると言うことは、いわば売れ残りであり、受けられていない理由があるのだ。

 その大きな理由は内容と報酬である。誰が冒険者になってまで雑用を熟したいと思うだろうか。


 その他の分類の中には薬草採取だったり、食料調達だったりと、やりがいのある依頼もたくさんあるのだが、冒険者の大半はやはり名声を上げられる討伐系や、金が手に入る護送系を優先して選ぶ。


 しかしアーシェは国外での名声なんてどうでも良い。国内であれば今後の活動に有利になるのかも知れないが、国外、しかも悪名高い貿易都市で有名になっても仕方が無い。


 金銭もそうだ。

 カスタレアではモネ硬貨とセンカが使われているが、その二つを貰って嬉しいかと問われるとそうでもない。いくら外貨が増えたところで、使わない金であれば宝の持ち腐れだ。


 ただ、無いよりかはあった方が良いだろう。

 もしかしたら平民向けの事業を始めるかも知れないし、もしやらずとも余った金銭はセルヴ商会に寄付すれば良いのだ。


「こちらはどうでしょうか」


 中々決まらず悩んでいたら、セリアが一枚の依頼書を持ってきた。それは冒険者組合の書類整理という、組合から出された依頼だった。

 偏見でも何でも無く、冒険者というのは荒くれ者の集団だ。知識人が皆無とは言わないが、その割合は百分率一桁にすら届かないだろう。


 そんな冒険者組合は、事務方の職員が慢性的に不足しているという切実な悩みを抱えている。

 冒険者組合の職員に就職するのなら、商人組合や魔術師組合に入った方が、暴力沙汰も比較的少なく、何より周りからの印象が良いのだ。

 そのため彼の組合職員の給料は、他と比べて頭一つ高い。


「報酬も中々ですし、何より事務方ならば誰もが出来ます」

「ではそれにしましょうか」


 依頼書を持って中央の窓口に提出する。

 そこにいた受付嬢はアーシェから依頼書を受け取ると、少々お待ちくださいと言って逃げるように奥へ引っ込んでいった。


 因みにアーシェの身長では、到底窓口の台には届かない。むしろアーシェよりも高く、作業するために奥行きもあるので、受付嬢がアーシェを確認できない。しかしアーシェには飛行魔法がある。


 以前ミリアシルとの約束で魔法の乱用は禁止されていたが、魔力が外に漏れないようならば問題ないとの回答を受け取った。

 例えば《人形》は、一度作ればそれ以降は魔力のやりとりがないため、使用できる。《灯火》は、継続的に身体の外側に魔力を送る必要があるので、禁止。


 その条件で、飛行魔法は自身の身体に用いるのなら問題ないと判断されたのだ。


 現代のテレビゲームに精通している人間が、今のアーシェを見たのなら、きっとその者は『位置ずれバグ』と思うだろう。

 彼女は魔法を使うついでに、その制御も学ぼうと思い、まるで床を歩いているかのように空を飛ぶことにした。

 床を踏みしめたときの上下運動や僅かな前後運動を細かく再現し、まるで見えない床があるかのように移動する。


 ――これ、でっかい外套でも羽織っていれば子どもだと認識されないんじゃないかな。

 ――そのような面倒なことしないわよ。


 アーシェはあくまで自己修練のためにやっており、人を惑わすためではない。


 しばらく受付で待っていると、先ほどの受付嬢とは違う人が帰ってきた。

 彼女は「失礼ですが組合証のご提示をお願いします」と大変丁寧な接客をして、アーシェたちから組合証を預かる。そして窓口横の扉を開けて、アーシェらを中に呼び込んだ。


 聞くと、依頼の受注処理をしておくので、先に三階へと上がって欲しいとのことだった。彼女の後ろには案内人らしき従業員が立っており、そちらへ向くと、こちらへどうぞと案内された。


 二階を通り過ぎ、三階へ上がると、そこはいくつもの部屋に分かれており、アーシェが通された場所は総合仕分け室と書かれた場所だった。

 案内役はそこで仕事をしていた男性職員に引き継がれ、アーシェたちは軽く自己紹介をして業務の内容を聞く。


 ただ、その職員の顔色が非常に悪い。

 目元には大きなくまがあり、全体的に肌も血の気がない。アーシェたちに笑顔を向けているものの、その微笑みに力は無く、瞳はまるで虚空を見つめているようだった。


「あの……貴族様、ですよね。本当に宜しいのですか?」


 自己紹介を終えたアーシェたちに投げかけた言葉はそれだった。

 どうやら彼から見て、貴族は仕事をしない存在だと思われているようで、そんな偉い人が、雑用なんかをして大丈夫なのかと問われてしまったようだ。


 周辺諸国の貴族がどうなのか知らないが、大国の貴族は、城勤めだろうが自分の土地を持とうが、何なら領主であろうが雑務をする。


 むしろ領地経営なんて雑務の集大成と言っても良いだろう。治山治水の経過報告書を見て、産業の書類をまとめ、裁判長を務め、徴税管理をし、地方首長と会議を開く。

 ミリアシルの場合は五人の代理人を任命しているが、それでも内務卿以外の、領主の仕事が回ってくるくらいである。


 事務仕事が出来ない貴族なんて、たとえどんな武力があろうとも存在価値はない。魔力を多く持っているのなら家の意向で閑職に回され、魔力が無いのなら家に幽閉されるか強制出家だ。

 無能な貴族は一族の恥であり、それがもし五歳までに判明されようものなら、生まれていなかった事にされることもある。


「事務作業は得意分野です」


 この場にはアーシェとエリザベート、側近三人衆と追加の護衛三人がいる。

 それ以外の護衛は邪魔になるので獣車の中に待機して貰った。彼等は全員事務仕事の訓練を受けている従者たちだ。

 文官はもちろんのこと、武官たちは戦闘の報告書を書くために、侍官は主人からの依頼をそつなく熟すために、書類整理は必ず覚える。


 実務が苦手だと言っているレオノーラも、書類整理くらいは苦もなくでき、むしろこの中で一番心配なのはアーシェであった。


 アーシェの日々の成長はとどまることを知らず、破竹の勢いで進化しているが、それでもやはり形式的なことには疎いところがある。

 学院で八年間かけて学ぶことを、五歳のアーシェができるはずもなく、伯母と従者たちはできるだけ簡単な仕事を回してやろうと心に決める。


「やって貰う仕事は依頼書の仕分けです」


 仕分け室内の机に置かれた紙の摩天楼。そして先ほどからも運ばれてくる追加の書類。これら全てが依頼書であり、明日の朝までに仕分けなければならない仕事だった。


「仕分けしたものはこちらの箱に詰めてください」


 それではお願いしますと組合職員が言うと、彼も書類整理に取りかかる。


 ふむ、とアーシェは一呼吸置き、エリザベートと相談する。

 恐らくこの仕事は文官であるメリッサか、領主補佐、そして商会統括であるエリザベートの指揮の下、働いた方が効率が良い。

 しかし、メリッサはきっと公室二人に命令なんてできないだろう。であればエリザベートが適任か。

 そう相談したら、彼女はメリッサに指示を出すよう命令した。


 エリザベートはアーシェの側近三人衆の内、メリッサの能力だけ把握していなかった。

 セリアは毎日扈従の務めを果たしているし、レオノーラはこの一ヶ月で有能さを理解した。しかしメリッサはあまり目につく行動はせず、主人を引き立てることだけに力を注いでいるため、能力が分からないのだ。


 主人の前で出しゃばらないで、かつ一切の不手際を晒さない事務能力は、誰がどう見ようと有能そのものだ。しかし彼女が知りたいのは、右筆としての本来の能力。つまりアーシェの予定管理と事務作業である。


 もちろん書類整理程度で文官の程度が知れるはずもないが、指揮能力くらいであれば試すことが出来るだろう。


「メリッサ。指示をお願いします」

「……畏まりました」


 メリッサの号令によって各員に役職が付けられる。

 自身とセリアには仕分け役、レオノーラと護衛一人には受け取り役、護衛二人には渡し役。そして公室二人は不測の事態に備えて待機。体よく置物にされたが、彼女の性格からして仕方が無いだろう。


 アーシェならまだしも、エリザベートをこき使うほどの度胸は、今の彼女にはまだ備わっていなかった。


 一人の仕分け役に対して一人の渡し役を。一人の受け取り役に対して二種類の箱を用意する。

 渡し役が仕分け役に書類を渡し、分別したら対応する種類を担当する受け取り役に渡す。その繰り返しをできるだけ早くやると言うことだった。


「討伐、討伐、遠征、他、他、他、護送、討伐――」

「討伐、他、他、他、他、他、討伐、討伐、遠征――」


 二人により、秒速四枚のペースで処理されていく書類の山は、瞬く間に消え去り、次の山へと移行される。書類分けされるとき、希に受付嬢のミスなどで、区分印が押されていないこともあるのだが、それらはその他としてアーシェたちに預け、枚数が溜まったら先ほどの職員へ渡しに行くことにした。

 仕分け班はずっと声を出しているので二回ほど水飲み休憩を挟み、一万枚に上る依頼書群は、たったの半刻で全てが片付けられた。


 その光景を見て愕然とする職員は、報告しに行ったアーシェに抱きつこうとしたところで護衛たちに取り押さえられる。


「明日も! 明日も来ませんか!?」



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