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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
55/197

055.帰還

 ◆タイトル:帰還


 城に帰ってきたアーシェは出迎えてくれた三人の影を見た途端、感情が抑えきれずに泣きじゃくった。

 ミリアシルはそれを嫌な顔一つせず受け入れてくれたが、後から考えるととんでもないことをしてしまったものだ。


 その後ミリアシルからエルミニクへ受け継がれ、苦しいほどにきつく抱かれた。

 しかしその苦しさが、アーシェには心地好く感じられ、その安心感に再び涙することになる。

 結果として二人の袖を濡らしてしまったのだが、二人は気にした様子もなく、アーシェを気遣いながら執務室へ移動した。


「長旅ご苦労であった」


 労いの言葉を受けて、アーシェは恭しくお辞儀をする。その後これまでの経緯を事務的に話し、此度の旅路を報告する。


 実はアーシェ、城を出てからは毎日欠かさず日記を付けていた。

 その日見た内容を手記にまとめ、記憶に留めておくためと、こうして保護者たちに詳細を報告するためでもある。


 ちょうど良いので、このまま手記は継続するつもりだ。

 そのまま報告書とは別に手記の練習をすることは、学院に入学するまでにより良質な教養が身につくかも知れない。そんなことを言っても、質の良い教養がどのような物かは想像すら出来ていないアーシェなのだが。


 それを茜は、将来の夢をケーキが好きだからケーキ屋さん、お花が好きだからお花屋さんと書く児童のようなものだと思って見ていた。


「しかし体調を崩して撤退しなかったことについては頂けない」


 エリザベートの判断とは言え、アーシェは父との約束を破ってしまったことになる。それはアーシェを想っての約束であると知っているからこそ、それを不意にしてしまったことに強い罪悪感を覚えた。


「申し訳ございません」


 その言葉を聞くと、ミリアシルは立ち上がってアーシェに近付く。どんな罰だって甘んじて受けよう。そう思っていたら、不意に頭を捕まれて、片膝をついた父の胸に抱き寄せられる。


「二度と目の届かぬところで無理をするのもではない」

「……拝命致しました」


 その後はカスタレアの状況や組合に関する報告に移る。とは言っても先ほど聞いたことをそのまま彼等に伝えるだけだ。


 やはり彼等が興味を持ったのは魔術に関する内容だった。

 特に魔力を操らずとも属性を与える手段には興味を持ち、後に探りを入れるかどうかの検討をしていた。


 属性とは人が神に祈るとき、どの神から許しを得たのかという指標である。

 そもそも全ての神に拒絶されている平民が一体どうやって、そのようなことを実現させたのか、場合によっては対策が必要であると彼等は考えていた。


 要は平民が魔力を扱えるのならば、わざわざ貴族が飼う必要がなくなり、彼等はただ神に祈ることに専念できるという、信奉者の極みのような考えをしていた。


 しかし茜が最も重要視していたことはそれではない。確かに貴族としての尊厳を脅かされることも、平民に自給自足をさせることも、共に尋思に値する内容なのだが、それよりも彼女は組合証に目を付けた。


 あれは非常に汎用性の高い魔具だ。利権を奪うことが出来れば途轍もない利益を遂げるだろう。


 例えば行政管理。あれ一枚で戸籍の登録から銀行口座の開設まで何でも出来る。

 例えば福祉。過去の病歴や現在使用している薬物の一覧が一つにまとまっているお薬手帳があれば、突然主治医ではない医者に診て貰った場合でも安心して任せられる。

 その利用価値を上げたらきりが無いほどにあの装置は魅力的である。


 何とかして組合証の製造方法を突き止められないだろうか。

 茜がそんなことを考えていると、ふと別のことが頭を過った。そう言えば以前ミリアシルから出されていた課題の一つ、外層北区の改装計画草案が出来上がっていたのだ。


 茜にとってはこの一ヶ月、暇で暇で仕方が無かった。もちろん道中に出会った魔物の話や、草木、魔具に関する会話はとても有意義なものであったが、それにしても一ヶ月はさすがに長い。


 ある程度生活が規則的になってきたところで、精神空間に持ち込んだ魔導書の冊数と残り日数を計算し、明らかに足りなくなるだろうと見込みが付いたところで、彼から課されていた改装計画の立案に着手しようと考えるまでの流れは、ごく自然なものだった。


 彼が手配した文官から書式を聞き出し、構成を練っては紙に書き出し、数多の選択肢からより良い手法を抜き取り、それらの候補を更に比較し、慎重に吟味してゆく。

 そんなことを何度も繰り返して、幾つかの前提条件を元に複数の草案が完成した。


 それらの概ねの流れは同じだが、主に平民の扱いが異なる。

 彼等は違法滞在とは言え、貧困街の二世三世の場合は、その現状は一概に彼等だけの責任とは言えなくなる。何故貧困層が発生したのか、何故貧困層の二世三世が誕生したのか、貧困の再生産の原因は何かなど。


 それらの原因をどのくらい調査し、居住を追われる彼等に対してどれほどの補填を与えるのかを、概ね五段階にして対応を分けたものが、今回の草案群だ。


「ふむ、さすがに良く出来ているな」


 その出来についてはミリアシルを以てしても驚嘆するほどのものだった。

 彼がその書類から読み取ったことは、加藤茜なる人物は、己が倫理観を自由に操れる人間である、と言うことだった。


 彼女は利益と人道を天秤にかけたとき、こうしていくつもの案を出すことで、その場その場での妥協点を見つける人間だ。

 慈愛を以て人道に全てをかけることもあれば、恐らく彼女は一切の人間的感情を排除して、利益のみを追求することも出来るだろう。


 彼女はとことん頂点には向かない性格をしている。

 いや、その性格すらも作られている節があるため、今の彼女は世界の歯車になりきっているのだろう。自分からは行動に移さず、知識と知恵を自分よりも上位の人間に供給する。それはまるで、神が人間に与えた神典のようだ。


 この草案群のタチが悪いところは、全てが納得できるところである。

 人道的な案を取ったら、他領からの印象や平民の信頼、神殿との繋がりが、利益を取ったら費用の削減と貴族からの印象、時間的要因など、全てに利点と欠点があることが明記されている。


 普通、正反対の案を考える場合、経験や周囲の環境が邪魔をして、無意識にどちらかに加担することになる。

 不都合な欠点があれば、隠せるものなら隠すという心理が働き、完全に第三者の目線で考えることなど、限りなく不可能に近くなる。


 しかし茜の場合、誰かまったく思想の異なる人間、それも複数人と議論をしたかのような、良く言えば公平で、悪く言えば人間性のない思考をしていた。


「これは其方が一人で考えたのか?」

「はい。私に課された試験だと受け取っておりますので、あーちゃんには相談しないようにしました」


 草案の中にどのような内容が書かれているかは、アーシェも知らない。

 彼女には自分の課題なので一人でやるべきと言って有耶無耶にしているのだが、実際はそれよりも、まだ幼い彼女に非人道的な案は早いと判断してのことである。

 彼女も後に領主となるのならば、必ず倫理の矛盾を体験することとなるのだが、今の彼女にはそこまで教えなくて良いと考えた。


 尤も、茜がどうにかしようとしても、確実に保護者の方からストップが掛かるだろう。帝王学はその道の玄人に任せて、彼女は彼女の出来る知識を与えるだけだ。


 ミリアシルは一通り流し読みをすると、大机の引き出しにしまい、話を一端区切る。どうやらこの一ヶ月、彼の方にも色々と変化があったため、アーシェとも情報共有をしたいとのことだった。



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