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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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045.アーシェの逆鱗

 突然だが、この二日間でアーシェはマルティナのことが苦手になった。


 決して嫌いなわけではない。ただ、彼女の憧れを孕んだ瞳は、アーシェには違和感の固まりでしかなく、何か裏があるのではと考えるも、彼女はそのような腹芸はできないと理性が働きかけ、さらなる違和感を覚えるのだ。


 これならまだ大人たちがする、値踏みする眼差しの方が、幾許かマシである。それに、午前中に治癒魔法を披露してからと言うもの、より一層その瞳の熱が強くなっている気がするのだ。茜にそのことを相談すると――。


 ――あぁ、うん。後輩から過大評価されて持ち上げられることってあるよね。別に悪意があるわけじゃないから好意的に受け取ったら?


 との何の役にも立たない言葉を貰った。

 自分にどんな印象を持つのかは他人の自由だ。そんなことは百も承知なのだが、如何せん彼女の性格は、アーシェにとって眩しすぎるのだ。


 何の策略もなく、ただ一途にアーシェを慕うマルティナは、いろいろな面で心配になってくる存在だった。

 子どもとは言え貴族社会の縮小版。それも公室である彼女が、こんなにまっすぐな存在で良いのだろうか。どこかの不届き者にそそのかされたら、あっという間に信じてしまいそうな雰囲気は、アーシェを以てしても、儚いと思わせるほどの危うさだった。


「アーシェリット様。この相作りも美味しゅうございますよ」

「ありがとう存じます。マルティナ様」


 治癒魔法を発作時以外に使われたことのないマルティナは、好調というものを体験したことがなかった。

 しかし先ほどアーシェから受けた魔法により、最初こそ治癒に伴う違和感が残っていたものの、時間が経つに連れ、歌い出せるほどの喉を取り戻していったのだ。


 もちろんこの身体が一時的なものであるとは、本人も重々承知している。だからこそ、できる時に普段できない事を行いたいという衝動で、多くの者との会話を楽しんだ。


 彼女とアーシェの違いがそこだった。

 アーシェは天性の内気っ子だが、マルティナは喘息のために内気のように周りが勝手に捉えていただけである。本当はもっとお喋りがしたい。お外にも遊びに行きたい。流行も取り入れてお召し物や美食も知りたい。

 そんな思いを募らせていた彼女は、アーシェの魔法を受けて箍が外れてしまったのだ。


 しかし彼女も教養を育み培った小さな淑女。さすがに殿方の前では、はしたない姿は見せられず、迷惑なことに、その鬱憤を歳が同じであるアーシェにあてていた。

 あれは何かしら、これは何かしらと目に付くものに片っ端から指を指し、アーシェに説明を乞う。


 幸か不幸か、アーシェは主賓の娘という立場から、事前に今日の料理に何が出るかを把握しており、食べたことのないものであっても、その出で立ちと特徴を暗記していた。


「これは何でしょうか」

「タポイヤという果実です。マルティナ様であれば黄色い果肉をご想像するかもしれませんが、こちらはアクアマリンから取り寄せた赤い果肉のものでございます」


 タポイヤとは言ってしまえば木になるメロンだ。果物の女王と呼ばれ、名前に負けない甘美な味を誇る。

 パールのタポイヤは黄色く非常に甘い実を成すが、アクアマリンのタポイヤは赤く、甘さは比較的控えめである。

 その代わり、パールの物と比べて日持ちが良く、魔法が使えない小国を中心に絶大な人気を誇っている。


 今回敢えてアクアマリン産を選んだ理由は、パール産の主要生産地であるウリナトル家の意向でもあった。彼はただの銘柄や味だけでなく、様々な面から評価することで、経済と品質に妥協点を見つけるべく、日々研究しているのだ。


 彼だけでなく、そのような志を持つ者に、細やかな援助として、ミリアシルは四半期会議の際、セルヴ家の財力を以て普段食べないような一風変わった趣向を凝らすのだ。


「んー、美味しゅうございます」

「お口に合って何よりです」


 何故アーシェがマルティナの付き人のような立場にいるのか。それは立食会開始直後まで遡る。


 その時アーシェは保護者拡張パックと共にいた。拡張パックの内訳は両親、義母、伯母夫妻、いつもは離宮にいる祖父母と第二、三夫人。曾祖父母と第二夫人の計十二人だ。


 セルヴ家の遺伝として、家族愛が強いと言うものがある。それを表現した諺として、『商い口は家子に』と言う言葉がある。誰が言ったかは定かではないが、的を射ていることは確かだった。

 特に先々代である曾祖父は、とある理由から誰よりもアーシェを溺愛しており、彼女が離宮に会いに来るたび、全力をもって姉弟を甘やかす。


「アーシェ、ジル。こちらに来なさい」

「はい。曾お爺様」


 彼がミリアシルの祖父であることは言うまでも無い。

 だが、それと同時にエルミニクの祖父でもあった。アーシェの両親は従兄妹の関係であり、彼からすると、孫同士が成した子であるアーシェとジルは、正しく純正。曇り無き完璧な存在であり、常日頃から目に入れても痛くないと豪語するほどだった。


 そんな彼等には公室序列が存在する。

 筆頭は当然当主たるミリアシルだ。そこから親等順に並び、同じ親等である場合は年長者が優先される。つまりはアーシェよりも身分が高い人間は、先代夫妻のみなのである。

 ただ、それは公式的なものであり、彼女の心情的には弟のジルヴェスターよりも及ばない。


 彼で例えるのなら、公の場では、曾孫に対して敬称を付けなければならない。それを取ることができるのは、こうした私な場であり、彼にとっても四半期会議の後の立食会は待ち望んでいたことだった。


 いくら序列があろうとも、やはり親や年長者には気を遣う。しかし、それが苦ではないところが、セルヴの血筋の特徴であった。


 立食会の序盤。

 主催は親族と、賓客は貿易が多い領地同士で固まって過ごすことが多い。四半期会議はただ本家へ報告をし、今後の方針を検討するだけではない。

 分家が結束し、彼等同士で優遇し合うことで、派閥内外に多大なる影響を及ぼす力を手に入れるためでもあるのだ。


 代々取り引きが続いてきた領地は、一線を引いた先代らが、情報交換や懐古に耽り、当主らは新たな商談を求めて社交に走る。

 公の場では軽々しく話せずとも、この場限りでは腹を割ってはなせることも少なくない。


 余所から見たら犬猿の仲。しかし実際は、啀み合うことで生じる蜜を分け合う仲という者たちもおり、その会場は、部外者目線では異様な光景に映るだろう。


「おや、そちらの可愛らしい姫君は」


 とある一角で、少女が縁神に祈りを捧げる。マルティナは四半期会議初参加であることから、多くの者に挨拶回りをしなければならなかった。

 もちろん保護者であるカイも同伴してのことだが、行く先々が初対面ともなると、縁神の出番も多く、彼女はいつにも増して祈りを続ける。


 数刻前、マルティナの快調を知らされたカイは、ちょうど良い機会だと初対面の挨拶を教える。今までは長ったらしい祝詞を唱える前に、咳き込み辛そうにしていたため、教えることはなかったが、立食会直前でこの体調、これ幸いと教えてみたのだ。


 失敗が許される場面というのはそう多くない。

 特にそれが目上の立場のための言葉となれば、尚更機会は減るため、本家の伝統ある立食会は一族の誰もが望んだことだった。

 ここでの失敗は、後の立食会で持ちネタの一つになる。当主たちですら過去の立食会で失敗した数は一度や二度ではない。


 その苦労を知っているからこそ、後続の成長過程には微笑ましいものがあるのだ。


「神に祈りを」


 上手くできたことに気が抜けて、ほっと息を漏らすのもご愛敬。細かいことは監督役が後ほど注意するだろうと、彼等は精一杯頑張る子どもの雄姿を見守り続けた。


 立食会の中盤。大人たちは約三つの派閥に分かれる。

 一つ目は本家と政に関する情報を吟味するために、ミリアシルやアーシェと話を所望する者。

 二つ目はセルヴ商会と交渉がしたく、エリザベートと集団取り引きをする者。

 三つ目は本家を交えて懐古談に耽る者だ。


 子どもたちも、やはりその流れに同伴し、その場で父母の手腕を学ぶのだ。


 此度の立食会において、暗黙のルールが幾つかある。その代表格となるものが、直接的な批判をしてはならないと言うものだ。

 例えば、商談にて値段が高いと感じたら難しい。出された料理の味が悪ければ斬新。そうして別の言葉に置き換えることで、直接的な発言を避け、相手の品位を下げないようにする。


 それは、貴族の中でもさらに上位の品を持つ者たちが扱う言葉であり、立食会で幼い頃から徹底することで、嫌なことがあっても言葉を選ぶ分別を身につける趣旨があった。


 尤も、元を辿れば四半期会議の立食会は子ども同伴故、かっこ悪い姿を見せたくないと古の領主たちが見栄を張った結果なのだ。

 それがいつしか伝染し、社会全体まで蔓延したのだが、当時の切実な願いを知る者はとうの昔に他界しており、その内容だけが美徳として後生に伝わった。


「三国見境無く、か」

「やはり他国の介入が」


 最近の政で最も注目されているのは、他ならぬ貴族拉致事件である。

 魔力を持った貴族が小国の小物にやられるものだろうか。もしや大国が秘密裏に動いているのではないかと最初は疑った。しかし少しばかり時が経ち、同じ時期に他国からも顰蹙を買っているのだと知ってからは、その線も薄くなった。


 では小国が魔法に匹敵する技術、特に兵器を開発したのかと勘ぐるが、いずれにせよ答えは出ない。現在は諜報機関があちらこちらで暗躍しており、周辺諸国は間者の博覧会状態である。


 国家の暗部もいれば領地独自の暗部もいる。

 貴族が襲われるとなれば他人事ではないし、もしも己が領地の貴族が襲われたのなら、数多の領地から冷笑が浴びせられることになる。ならば事前に対処をせねばと暗躍するのは、ある意味自然の摂理であり、今や三大国の領主は、専ら小国に関心を集めている。


 これらの事件は、前期の会議ではまだ起きていなかったため、アーシェも知らされていないことだった。

 彼女はどうして自分が国を離れることが許されたのかを悟ると、誰を恨むのでもなく、ただただ歓喜の念を抱く。


 ――つまりわたくしが見事餌になりきればお父様の計画に貢献できるのね。


 どこまでも滅私奉公たるアーシェを見て、茜は内心顔を歪めてみせる。きっとこの世界ではこれが美徳なのだろう。しかしこんなに小さい子を犠牲にしてまで護った領地に、あの保護者らは価値を見いだせるのだろうか。


 ――茜。

 ――……なに?


 不意にアーシェが声をかけ、一拍遅れて反応する。

 彼女が家族と団らんしている時間に、茜に声をかけてくるとは珍しい。そう思い精神世界のアーシェを見ると、その目に光はなく、まるでただ与えられた命令を全うする機械のような能面を向けていた。


 ――わたくしは今、幸せよ?

 ――あら、顔に出ていた?


 いいえ。ただ、何となく。そう呟く彼女の声色は微かに憤りを含んでおり、茜は即座に謝罪をする。


 ――それは失礼。

 ――気を付けなさいよね。


 一瞬にして元の子どもに戻るアーシェを見て、茜はあからさまに溜め息をつく。

 彼女は、面と向かって言われる自身への誹謗中傷には何とも思わない。しかしそれが陰口のような、彼女に届かない場所でのものならば、比べものにならないほどの嫌悪感を示す。


 それが、彼女が正しくあろうとする故なのかは、茜の知るところではないが、そういうことに関しては妙に勘の鋭いところがある。


 もしこれがセルヴ家、ひいては両親のことならば、アーシェはどんなことを思うのだろうかと、検証欲が顔を見せるが、茜もそこまで鬼畜ではない。


 理性で欲を押しつぶし、今まで通り、アーシェと二人で戯れに興じた。



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