表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
43/197

043.不安

 茜は考える。

 身体の所有者の自由を奪ってでも自己の安全を手に入れるか、それとも彼女の教育、経験を積ませることが重要なのか、彼女の事情にどこまで介入して良いのか。


 恐らくアーシェは茜が本気で嫌がるのなら、旅に出ることも考え直してくれるだろう。しかし、それでは保護者たちの意向を無視してしまうことになる。

 契約魔法により彼等の利益になることを誓った手前、契約違反ギリギリの線を試していては、信用を損ねてしまう。


 ならば、ミリアシルの意に沿う形で、アーシェの意識を誘導したい。例えば明日からの旅に関しても、アーシェが危険と関わる機会を減らすことで、自分と主人を護ることができる。


 ――そもそもあの子は傭兵組織に行って何をするつもりなのだろうか。


 彼女は以前、茜に冒険者になりたいと言った。

 それは自立のためであり、恐らく自己研磨の一環だろう。しかし親族からも忌み嫌われている職業に、無理して就くことに違和感がある。


 彼女は最高の利益が出るとしても、血縁者の心情を考慮し、思い留まることがある。しかし今回は、それらを押しのけてでも通したいという意思があり、この数日間、接しただけの茜でさえ、異常なことだと分かる。


 ――民間軍事会社にそこまでの魅力があるとは思えないし、ご尊父様の思考誘導だとしてもそこまで嵌まる理由は一体……。


 今回の発端はミリアシルがアーシェを囮に外敵をあぶり出す作戦を実行したことである。そのためにはアーシェが自ら城の外に行くと言い出す必要があり、その誘導に用いられたのが組合連合と言う組織だった。


 ただし、恐らくミリアシルも後数年、少なくとも入学前のアーシェに、このような危険な役をさせるつもりは無かったのではないかと考えられる。

 しかしミリアシルにとって誤算だったのが茜の存在。茜がアーシェに取り憑いたことにより、彼女はミリアシルが思った以上の早さで力と行動力を培ってしまった。


 やはりそこでも一文空いているのだ。何故アーシェは冒険者とやらに固執する。

 その行いは、領益第一主義たるアーシェの思考算法に沿わない方法であり、立派な領主というアーシェの夢には必要ないことである。


 ――いや、その考えが間違っているのか?


 茜たちが不必要と断じていることにも、アーシェは価値を見いだしているのではないだろうか。それならばこの旅も見方が変わってくる。


 平民が冒険者になったらどんな利益があるだろうか。

 まず上げられるのが平時における支部間の自由通行権だ。さすがに戦時中は難しいが、城塞都市に入る際、そこに支部があるのなら免税してくれると言う制度は、善良な平民の視点だけで見ると素晴らしい特権である。


 次に、正式な冒険者になると、各組合支部が受理した依頼を受注できるようになるらしい。大雑把に言うと、依頼者が組合に報酬と依頼書を提出し、組合は手数料を取って掲示板に貼り付ける。それを見た冒険者が受注すると言った仕組みらしい。


 次に、実力による格付け。

 これは身分等関係なく、様々な力によって多角的に評価され、甲から壬級までの九段階で区別される。

 どうやら、平民という身分によって虐げられてきた者たちにとって、身分から解放されるという話は魅力的な餌らしく、甲乙の冒険者は冒険者内でも様々な特権が与えられ、英雄視されるのだとか。


 冒険者に等級が付いている時点で、身分差が生じるのではないかと茜は思ったが、彼等には彼等なりの考えがあるのだろうか。少なくとも茜にはそれが魅力的な餌とはなり得ない。


 しかし一部の平民は、いつか自分も伝説の冒険者になりたいと考え、そんな羨望から多くの若者が冒険者になると聞く。


 最後に組合が収集した情報の閲覧権限。

 例えば魔物の生態、公開されている魔術の一覧、各国の動向等々、組合から授かる等級に応じてより深く情報を見ることができるのだ。


 平民視点での冒険者の利点はこんな所だ。

 尤も、識字率三割程度の平民が、最後の情報閲覧権限を有効に扱えているのかは疑問であるが。


 ――自由交通権。金。名誉。情報。あーちゃんが好んで選択するのなら情報の価値だろうけど。


 結局の所、それも推察に過ぎない。アーシェが何を考えているのか、それは茜には到底推し量れることではないのだ。

 彼女が何かを実行する時に、その手段と目標が正しく設定されているかを吟味するくらいしか、今の茜には能が無い。


 諦めの境地に立った茜は内心ため息をつき、身体を動かす。


「ご尊父様はどう思われます?」

「知らん」


 茜はあの夜、何かよく分からない魔法を手に入れていた。その魔法名は《人形》。

 その効果は、使用者の身体を離れて遠隔操作ができる、第二の身体を作成すると言うものだ。慣れるのには時間がかかるが、慣れてしまえばまるで本来の肉体であるかのように扱える。

 と言うか実際アーシェの身体を操作するより楽である。


 何せ体格は、生前最もお世話になった身長を元に作られたものである。加えて自分の制御下にある魔力で作った純正品は、他人の身体よりも馴染みやすく、茜は早速それを用いて保護者たちと密談をしていた。


 アーシェは現在エルミニクの膝元で気絶しており、ここはミリアシルの書斎だ。

 彼女が昏倒した後、茜はなんとか自力で飛行魔法を発動し、魔法陣を抜け出した。そして、しばらくの間こむら返りに悩まされていたところ、隼の如き早さでエルミニクが飛んできて、事情を聞かれた。


 高度な魔法陣は干渉された場合、使用者への警告と迎撃の機能が組み込まれていることが多い。

 今回の場合は干渉者を攻撃し感覚を鈍らせ、アーシェの魔力をごく少量抜き取って、波長を記録しミリアシルの元へと転送する仕組みだった。


 魔力を受け取った彼は、アーシェが魔法陣から迎撃を受けていることを悟ると、周囲で一番機動力があるエルミニクにアーシェの救護を命じた。

 魔法陣は干渉が長ければ長いほど、強ければ強いほど迎撃も強力なものとなり、アーシェの場合は最終段階になる前に命に関わる可能性だってある。


 娘の命が掛かっていると知った二人は、それはもう凄い早さで城を駆け抜けた。城内では空間の歪みがあるため窓を突き破って外に出て、空中から一直線に城の心臓部へ行き、再び窓を突き破って侵入して最短経路で魔法陣がある部屋へと進む。


 部屋に入る資格のある彼女は従者たちには目もくれず、一直線に入室した。そこで見たのは空中で足が攣っているアーシェの姿をした茜だった。一先ず彼女の肉体を回収し、アーシェの無事を確認すると、部屋から連れ出しミリアシルと合流したのだ。


「私は原則余所の家庭事情には口を出さないので、あの子の好きなことを好きなだけやらせてあげるつもりでしたが、やはりある程度は保身を学ばせた方が良いのでしょうか」

「場合によるとしか言えんな」


 不機嫌が直らない彼を横目にため息をつく。

 彼はアーシェを餌に敵をおびき寄せるような、利益最優先的思考を持っているが、彼の場合は、餌をまじまじと見せても、決して辿り着けないような工夫を凝らす性格である。


 小国へ行かせることも彼なりにアーシェを守れる算段があってのことだ。

 その前日に起きた不祥事。結果的に助かったものの、茜が機転を利かせなければ心身に影響が出ていたかも知れない。


「それほど心配するのなら、何故あんな計画を立てたんですか」

「もちろん護衛を選抜し、どのようなことがあってもアーシェの身を守れるように手配をしていた」

「下らない」


 茜は意識して磊塊(らいかい)を口にする。それを聞いた瞬間、茜の周りが凍り付く。

 しかし、彼女はそんなことなど気にせず続け、地雷原を踏み抜いた。事前に了解を取ったのだ。言質が取れたのなら、その範囲内でできる事をすると言うのが、茜の行動原理である。


 予算を使って良いと言われたのなら怒られるまで使う。自由な意見を書けと言われたら怒られない範囲で自由に書く。責任は上司が取ると言ったらとことん突っ走って、全ての責任を上司に取らせる。

 彼女の前では軽口を言うな。それが彼女の周りにいる者の共通認識だった。


「どうせ貴方の周りには諫言できる人が少ないのでしょう。いないよりはマシですが、もっと多方面から意見を言える人を育てた方が良いですよ」


 そういう意味では賢者を据えた枢密院の存在は、よくできた機関だと思っている。

 彼は権力者の中の権力者。三権分立などない世界において領地の長は法律の権化。彼こそが王に次ぐ絶対者であり、彼が黒であると言えば聖人君子も黒になる。そんな彼の不興を買ってでも正しくあろうとする者は、一周して愚者とも言えよう。


 茜はそれを自覚して発言する。賢者と認識されているからこそ、愚者とも言える行動を取るのだ。

 茜は健全な文明の発展を促すために遣わされたのだ。身近に最高峰の権力者がいるのであれば、その行いに驚奏(きょうそう)するのは職務上の義務だと受け取っていた。


「組織は大抵上の方から腐っていくものですから、この子のためにも綺麗な状態で領地を渡したいでしょう」

「む……時に見逸れるが、その形で其方は閲歴(えつれき)の者だったか」

「少なくともあなた方の四倍は生きています故」


 お世辞にも彼のような崇高な人生を送ってきたとは言えないが、客観的思考だけなら彼等には負けない。

 何せ生まれの都合上、人生の大半を自分の意思では過ごせなかったのだ。彼一人の事情を考慮して意見を出すことなど造作も無い。


「気に入らなければもう口を開きませんが」

「……いや、心情はともかく有用である」


 許可が下りたのでこれからは容赦なく小言を言おう。もしそれで六字に返されたのならこの世界がその選択をしたと言うこと。後の世は原住民に任せて今度こそ眠りに就こう。


 そんなことを考えていると、呻きをあげてアーシェが覚醒した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ