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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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042.重要なものには罠がある

 次は盾の番だ。

 とは言えアーシェには素早さもなければ堅さもない。そこで二人が考えたのは危険察知の力。魔物であろうが平民であろうが、必ず少しは魔力を持っていると魔法書には書いてあった。

 ならば、魔力を察知するレーダー的なものがあれば安全ではないだろうか。


 レーダーの仕組みは電磁波に指向性を持たせ、射出し、帰ってきた電波の特徴から、特定の方向に物体が存在することを認識する技術である。

 言葉で言うのは簡単かも知れないが、実現するとなれば理論的なものだけでなく、魔法陣の工学的理解も深めなくてはならない。


 考えるのは空中に漂う魔力。

 先ほどもあった通り、魔力が使われると、必ずそこには波のような物が発生し、多少の差はあれど、周囲に何らかの影響を及ぼすことになる。


 本当に実用化させるのだとしたら、最低でも十キロほどの範囲を索敵できなければ意味がない。その魔力の波が、何キロ前まで届き、跳ね返りも考えて、どれほどの距離を移動できるのかは分からないが、一から作るのだとすれば、それなりの時間を要することになるだろう。


 正直、そんな時間はアーシェにない。

 一世一代の大研究というのであれば、生涯を費やして取り組んでも良いのだが、残念ながら、茜にはそこまでの自由は与えられていないし、アーシェもそんなことには賛成しないだろう。


 であれば既存の物から引用し、魔法陣内に組み込まれている機能を一部拝借して、組み合わせることで、新たな魔法を生み出すと言う手法を用いる。

 この世界には未だ知的財産権は確立されておらず、模倣されるのは、模倣できるような仕組みにしているのが問題なのだと言う論まで通る始末。


 もちろんあまりに酷い場合は裁判沙汰となるが、それを起こさせないような、適度に商売敵の商品を盗作するための、アドバイザーなんかもいるようだ。

 そう言う輩に目を付けられないために、商人たちは貴族の庇護下にはいらねばならない。

 貴族に対して盗作を行えばそれ相応の対価を支払うことになり、大抵の場合が裁判まで持ち込まれず、一方的な制裁となる。


 貴族に対して裁判を行えるのは貴族のみである。

 もしも貴族のお抱え職人が、別の貴族の職人らに盗作されようものなら、領主や首長を据えた裁判が始まることになる。


 しかし、残念なことに、この国の知的財産権は随分曖昧なものとなっており、例えば魔法陣の一部機能だけ抜粋したものなどは、盗作とは認められないことが多いのだ。

 故に――。


「その様な魔法がご存じありませんこと?」


 アーシェが取った行動は、既に使われている魔法の応用だった。

 無論それがやってはいけないないようならば手を引くし、誰かに不利益を被らせるものであれば相応の配慮はするつもりである。


「敵を感知する魔法と言えば代表的なものがありますよね」


 なんとレオノーラには心当たりがあった。

 それは領地を守る大結界。侵入者を感知する最初の砦で、使用者が決めた正当な方法で出入りしなければ、使用者に警告を知らせると言った優れものである。アーシェはこれだと思い、早速その結界がある場所へと足を運んだ。


 大結界の中には公室の者しか入れないらしく、側近の二人は入り口の前で待機となった。番をしていた近衛が案内をしてくれるのかと思いきや、近衛も中には入れないらしい。

 どうやら規則的な意味ではなく、本当に入ることができないようだ。


 仕方が無いので、心配するセリアに背を向けて、一人で堂々とした立ち振る舞いで入っていく。公室しか入れないのであれば、裏を返せば危険分子も入れない。

 もちろん、保護者たちがアーシェを害するのであれば話は別だが、アーシェにとっては御心によって殺害されることは本望である。何故ならそれが領地のためなのだから。


「ここは……」


 淡く光る門を潜ると、そこは巨大な空間に繋がっており、床一面に大量の魔法陣が書き連なれていた。その数は優に百を超え、かすかに浮き上がり、魔法陣の構造そのものが変化していた。


 似たような場所に一度だけ来たことがある。

 それは創造の礎という、領地全体に溜めた魔力を供給する、領地の心臓がある部屋だ。形は完全な球体型をしており、光がほとんど反射しないため、まるでその空間だけ切り取られたかのような錯覚を見せる。アーシェは奉納式の後、ミリアシルに連れられその場所に入った。

 余談だが、この世界のメートルの定義は、その礎の四半大円周長である。


 ――陣に触ってはだめよ。

 ――はいはい。


 魔法陣自体がくるくる回り、中の構成する魔法陣も、同じように規則的に移動しているので、時間が来たら次の魔法陣に取りかからねばならない。

 アーシェに長時間歩けるほどの体力があれば良いのだが、そんな体力はどこにも無いので、できるだけ早く書き写さなければならなかった。


 ――茜はそちらを書きなさい。

 ――はいよ。そっちは任せた。


 魔法陣を書き写している間に、既に読み取れたことがいくつかある。

 この魔法はいわば魔力の存在感を使用者に伝える魔法だ。しかし、ただ現実のまま使用者に伝えていた場合、いくつかの欠点が生じる。


 その中でも大きく作用するものが二つあり、一つが相対的な存在感による誤認である。それは言うなれば肉眼で水星を捉えることができないように、強大な存在の側にいる矮小なるものは、通常であればかすんで見えてしまう。


 二つ目は暗がりから日差しの強い場所に出た時、瞳孔が開き、暗い場所に慣れた瞳では強すぎる光に耐えられない。それを遮断する仕組みが必要なのだ。


 有り体に言えば、低域通過フィルタと、増幅器を足した機能である。

 そうすることで感受域を比較的平らにすることができ、使用者に優しく、かつ効果も確かに発揮する感知魔法となるのだ。しかし、言うは易く行うは難しとは良く言ったもので、その機能を実現するために魔法陣はどうしても規模が大きくなってしまう。


 他にも様々な安全装置などが組み込まれており、解析のし甲斐がある素晴らしい魔法陣だった。


 それから一体何時間経ったのだろう。二人は無心で複写した魔法陣を精神世界で完璧にくみ上げて、ついに完全な複製が完成した。

 その時の達成感ときたら素晴らしいもので、数千ピースからなるパズルを完成させた時並の感動である。

 最後にもう一度間違っていないか確認したら、もうここには用はない。


「あら、あらら?」


 よっこいしょと立ち上がろうとした時、アーシェの足は長時間の正座に悲鳴をあげて、悲鳴と同時に笑いもあげた。

 もう一度座ろうとしても、少しでも動かしたら刺激で前後不覚となってしまう。しかし、ここでもアーシェの非力さが弊害となり、その持続力のなさでは中腰を保つことなど到底できなかった。


 永遠にも思える一瞬の均衡が崩れ、アーシェは前のめりで前方へ崩れ落ちる。


 その体勢にはそれぞれ利点と欠点があった。

 利点はもちろん、前に倒れたことにより、とっさに腕をついて衝撃を和らげることができたことだ。これがもし肩からいっていたのなら打撲の一つでもしていたかもしれない。

 そして欠点なのだが、アーシェの目の前にはもちろん魔法陣があり、手をついたことでバッチリ陣に触れてしまったのだ。


「うぐっ、あっあうぁああぁぁ」


 普段は決して発しない形容しがたい声を発し、アーシェはそのまま魔法陣から流れてくる不思議な感覚に身をよじる。

 誰かに突かれるような感覚が全身に蔓延し、今まで経験したことのない耐え難い不快感は、感覚だけで無くアーシェの体調面にすら作用する。


 突然の吐き気と目眩。平衡感覚を失ったアーシェはついに四つん這いになることも敵わず、地面へと倒れ伏せた。


「ううぅあぁぁぁ」


 全身の力が入らない。そのくせ恨みがましいことに足のしびれは健在で、地面と接触している感覚が敏感になって下半身に伝わる。

 アーシェは気持ち悪さとも結びつき、自分の身体が自分のものではないような不安に襲われた。もう何が何だか理解できず、荒い息をし虚空を見つめる。誰でも良い、誰か助けてと願う姿はか弱き幼子相応のものだ。


 これ以上は苦しみたくない。そう本能に訴えかけられたアーシェの脳は、簡単に意識を手放した。



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