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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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039.はじめての忖度

 翌朝、朝の湯浴みを経てから食堂に行くと、ミリアシルから二通の書状を受け取った。片方は貿易都市にある大使館宛に、もう片方は彼の街の神祇奉典殿、通称神殿の支部宛だった。


 ――神祇大副とはこれまた古典的な……。


 誰が伝えたのかは知らないが、この世界における神祇奉典殿なる組織は、政治とは独立した宗教機関だった。

 神が齎した神典を、正しく世に広めるために存在する国際組織だ。名前がいろいろ混ざっているのは、恐らく明治以前に生まれた賢者が制定し、戦前育ちの賢者が改変したからだろう。


「ウリナトル姫がアーシェに面会を希望していたらしいが、約束でもしたのか?」

「マルティナ様が?」


 昨日のお茶会ではそのようなことは聞いていない。しかしそうは言っても断る理由も無いのでミリアシルに今日の予定を尋ね、特にアーシェが参加した方が良い会議がなければ、申し出を受けようと考えていた。


「其方の好きにすると良い」

「では(かい)――」


 ゴホンと後ろから咳払いが聞こえ、アーシェが振り向くと笑顔で訴えかけるメリッサとセリアがいた。

 何の合図だと考えていると、少ししてようやく閃く。きっとこれは忖度の練習なのだろう。好きにして良いと言って本当に好き勝手に行動しては、三流貴族も良いところだ。


 マルティナは侯爵位継承権第二位。

 彼女に好印象を与えておけば、彼女が他領に嫁ぎに言った時、その領地と懇意にできるかもしれない。ウリナトル家は侯爵序列第一位で、他の次期公爵領主に嫁ぐ可能性も十分にあり得る。そうなればセルヴ領の地位はますます向上するだろう。


 ――危うく間違えるところだったわ。

 ――多分、まだ微妙に間違っていると思うけどね。


「ではマルティナ様と親睦を深めて参ります」

「そうか」


 城の従者を遣いに出し、アーシェは優雅に朝食を取る。

 この世界では卵麺麭と呼ばれるフレンチトーストを頬張り、ホットミルクと共に流し込んだ。口の中に広がる甘味がしつこくない後味を残し、アーシェは幸せなひとときを堪能した。


 ――卵麺麭は咀嚼回数が少なく済むから好きよ。

 ――今までの雰囲気からその言葉が出てくるか。


 濃厚な味わいを堪能したアーシェは、ほっと息をつき、自室に戻ってメリッサから渡された書類を確認する。マルティナ姫に予定を聞く手前、自分は素描で手が離せませんとは言えず、いつでも行動できるように、待機しておかなければならない。


 ミリアシルのような年中忙しい要人であれば、予定を組み込むのに一週間、最悪三ヶ月近くかかることもざらである。アポイントメントと言うのは、本来双方に無駄な時間を取らせないためにあるのだ。


 メリッサから受け取った書類には、明日の同行者一覧が記載されていた。アーシェは、この城で働いている全ての従者を把握している訳ではないが、内裏に入れる殿上人の名前くらいは把握している。

 今回ほとんどの同行者は浄明階の貴族であり、アーシェの知っている名前が多くいた。


 総勢三五名の大所帯。引率と子どもの数が真反対の遠足である。


「浄階貴族は申し出を断ると思っていたのだけれど」

「将来姫様が相応の地位に立つ時、便宜を図ってもらうためでしょう」

「それに特別手当も出ますから」


 口を滑らしたレオノーラの両脇腹に激痛が走る。

 例の一件があり、アーシェが次期領主最有力候補であることはもはや疑う余地もなく、城内は専らアーシェの噂で持ちきりだ。

 仮にそうでなくても、二次候補に商会統括という、この上なく贅沢な進路。さらには弟君との親密な関係により、統括になったとしても、領地内での地位は約束されていると言っても過言ではない。


 どちらに転んでも領地を支配するか経済を支配するか、アーシェの側に仕え、顔を売っておくことで将来が安泰になるのなら、子どもの旅行の付き添い程度苦ではない。


 同行者の内訳は武官二〇、侍官六、文官九。浄階二三、明階一一、正階一。男二〇、女一五の構成だ。恐らくアーシェに伝えていない護衛を含めたらもっといるのだろう。


「貴女たちの夫君も来て頂けるのね」

「亭主に話したら私も行くと……」

「拙夫も右に同じく……」


 彼女らは齢一六にして既に既婚者である。

 貴族は大抵学院を卒業する十五歳から、二十歳を過ぎるまでの間に婚姻を結ぶ。しかし、彼女らの場合は学院に在籍していたときから、許婚は決まっており、卒業と同時に結婚することになった。

 たとえ貴族と言えども、慣例的に見れば幾許かの焦りが見られる早期結婚。それは彼の水子病の蔓延と、密接に関わっていた。


 大厄災の後、全ての領地はとある問題に直面した。それは女子の不在である。

 一聞くだらなく聞こえるかもしれないが、妻と子を亡くした貴族の当主や、それに準ずる者たちにとっては、お家の存続問題である。

 特に魔力持つ者の宿命である、魔力特性・保有量の一致という条件に当てはまる令嬢は、決して多くない。


 その結果、甘い魔力を持つ令嬢や、特性が一致した令嬢に、こぞって求婚の申し出が入り、下位領地では強姦まがいの既成事実まで作られる始末となった。


 セルヴ領では、ミリアシルが咄嗟に再婚の制限を設けたものの、結婚予約は後を絶たなかった。

 魔力が比較的多い正直階貴族は、より上位の貴族からの申し出を、何度も断ることは難しい。そのため、彼は学院にいる者たちを内々で婚約させ、領主の名の下保護することを誓い、権力によって貴族の権利を蔑ろにされることを防いだ。


 今の世代は、ほとんどが学院内で婚約したものであり、二人の場合もご多分に漏れず、家同士で繋がっている昔なじみと結婚することになったのだ。


「そういえばセリアは結婚していないわよね」

「わたくしはいつ何時であっても姫様にお仕えするため、籍に入ることはしないと御前で誓いました故」


 加えてセリアはアーシェの魔力の影響を受けすぎてしまった。

 毎日、アーシェの入浴に付き合い、着替えを任せられ、五年。主人の肌に幾度となく触れたセリアは、その度に少しずつ主人の魔力に侵され、ついには自身の魔力性質が、限りなくアーシェのそれに近付いていた。


 そうなるとセリアは既に肉体と魔力の乖離が始まり、誰の子も授かることが出来ない身体になってしまう。

 公族の側近を任せられると言うことは、自身の生活を捧げることに等しい。その覚悟は、あるはずだった未来を捨ててでも、一人の主人を優先させる、忠誠心に他ならない。


 既にセリアの感覚は一般のそれとはかけ離れ、彼女もそれは自覚していた。


 結婚するとどうしても出てくる問題が出産、育児休暇である。育児なら乳母に任せればなんとかなるが、出産に関しては他人に代行してもらうことはできない。

 貴族の職場復帰は意外と早い。妊娠が分かった時点で乳母選びが始まり、出産したら後は乳母に任せて復帰するだけで良い。


 しかし、そうは言っても出産前後の二ヶ月程度は休む必要があり、主人を護衛する武官の場合は、一年近く育児休暇を取るか、武官の中でも事務方に回してもらう必要がある。

 現代からしてみれば驚くべき短さであるが、それでもここは古めかしい貴族社会。休まざるに越したことは無く、セリアのように、休むくらいならば、敬愛する主人に身も心も、人生すらも捧げるという考えの者は、やはり一定数存在する。


 特に公爵家のように、内外から絶大な信頼を誇っている領地は、その傾向が顕著に表れる。

 時代によっては、特別結婚令という、摩訶不思議な措置を執らねばならぬほど、人望を集める領主もいたと歴史書には記されており、この世界の貴族たちが、如何に仕事中毒かを思い知らせる、重要な参考文献と化していた。


「姫様」

「ご苦労様。如何でしたか」

「今すぐ向かわれるとのことです」


 何となく予想はしていたが、やはりあちらは、予定を合わせるという思考がないらしい。仕方が無いのでセリアに急いで茶会の支度をしてもらい、アーシェも急ぎ私物をしまう。

 異嚢の魔法とは便利なもので、中に入っている間は劣化もせずに入れた当時の状態が保存される。


 セリアの異空間にはアーシェの日用品がたんまり入っている。異空間の容量は、使用者の魔力量に関係しているので、アーシェほど多くは入れることはできないが、それでも非常事態に対応できるくらいには収納できる。


「あら、お菓子が……」


 アーシェが生きる世界は上流階級の中でも最高峰の世界。

 二度連続で同じ菓子を出しては、従者の程度が知れるというもので、それは主人であるアーシェの品も貶める大逆行為だ。アーシェがあまり菓子を食べないこともあり、セリアの異嚢に備蓄してある菓子の種類は多くない。


 幸い今日まではセルヴ商会の輸送本隊が滞在している。商品の在庫は十分にあるはずで、上層に降りればすぐにでも手に入るだろう。

 しかし、メリッサが調整のため退出する今、セリアが主人の側を離れては、アーシェの予定を確認する相手がいなくなってしまう。


「私物ですが、どうかお使い下さい」

「まあ! 宜しいのですか?」

「後ほど同じ物を総務部へ請求しますので、問題ありません」


 最後の一言がなければ、周りのフォローをそつなく熟す、完璧な従者だった。


 メリッサから渡された焼き菓子の詰め合わせは、商会の中でも随一の人気を誇る一品と謳われるものだ。それは支店の中でも限られた大都市でしか販売されない、数量限定の希少品。数千もの貴族から統計調査を行い、人気が高かった十品を詰めた至高の箱詰め――の、第三弾。


 アーシェが以前食べた物は焼き菓子類だったが、メリッサが取り出したのは練り物や蒸し物などの和菓子がベースのものだった。


 この世界に和はないのに、分類名称は和菓子という変な言葉の輸入がされている。

 おそらくは賢者の誰かが文化を輸入したのだろうが、よくもまあ法則の違う世界で再現したものだ。相当な甘味好きだったのか、非常に好感も持てるし、その執念は尊敬に値する。


 因みにこの国には茶の分類として緑茶や抹茶もしっかり存在する。

 特に抹茶は、上流階級の密会でよく使われるらしく、「茶を点てよう」と言うのは、内緒話があると言う隠語らしい。


 メリッサが所持していた和菓子の詰め合わせは、貴族限定の商品だった。その理由は純粋に長持ちしないからであり、異嚢に入れていなければ数日でダメになってしまうものが多いのだ。


 そんな商品は、つい先日、本店にて先行販売が実施された物であり、貴族どころか領主一族ですら予約待ちであると言われている幻の品を、何故メリッサが持っているのかは甚だ疑問であるが、今回に限っては嬉しい誤算だった。


 ――大方わたくしの側近としての立場を利用したのでしょうけれど。


 実害がないので見逃すが、もしそれでエリザベートやミリアシルに迷惑がかかっているのなら、注意をしなければならない。今度それとなく彼等に聞こうと頭の片隅に留め、アーシェは過酷な戦場へ向かうメリッサを見送った。

 普段の仕事への忠実ぶりと、時々行う限りなく不正に近い行動で、メリッサへの心象はトントンだった。もう少しどちらかに傾いてくれたのなら、扱いも楽になるのだが、その絶妙な均衡こそが彼女の魅力なのかもしれない。



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