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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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038.手間のかからない娘

 この世界には、学院卒業後に修学旅行と称し、一年から二年かけて国内外を見て回る行事があるので、国外へ出国する事に限って言えば、別に難しい話ではない。茜の世界で言うグランドツアーだ。


 パール王国の貴族であれば、パールを東南に進み東の大国へ、そこから西へ進み、小国――主にローズクォーツと呼ばれている東西に伸びた国――の現状を見て回り、西の大国へ入国し、北上して己が領へと帰ってくる。

 大抵はこのルートか逆ルートであり、ゆく国見る国は同じなので気分の問題である。


 ただし、今回はパールから直接小国へ向かう事となり、修学旅行のようにはいかなくなる。そのため、大人数の護衛をつけてアーシェを護送するのなら、セルヴ商会の貿易部門と共に国を出る必要があった。


「そういう訳で、これが商会の社員証よ」

「これが旅券だ」


 社員証と二つの旅券を渡されたアーシェは、わなわなと震え、ミリアシルに説明を求めた。その旅券は一般旅券の他に外交旅券。しかし、本来であれば外交旅券は発行に時間がかかる代物だ。


「大切なものだから、なくさないでね」

「外務郷に借りを作ることとなったが、些細なことだ」


 万が一の何かが起こったのなら、その外交旅券を持って大使館へ駆け込め。

 そうは言うが、彼は何かが起こることを期待しているように見える。ミリアシルは決して表情には出さないが、アーシェは彼が醸し出す雰囲気を察知して、この旅行の裏に何かあるのかもしれないのだと勘ぐった。


 ――件とやらに関係あるのかしら。茜は何か聞いている?

 ――さあ。


「しかし小国へ行くのならアーシェの言葉遣いは改めなければならないわね」

「何か粗相が?」


 彼女曰く小国の貴族は田舎臭く、アーシェほど上品な振る舞いはしないという。アーシェにとってこの仕草は、周りにいる者たちのモノマネなので、別に努めて上品に振る舞っているわけではないのだが、伯母にそう思われていると言うことは、日頃の行いに自信が持てる。


 しかしアーシェの辞書によると、上品とは基本的に良いことであるはずだ。アーシェは都会にも、田舎にも行ったことがないので、双方の違いが分からないが、あちらが下品というのであれば、こちらがわざわざ下に合わせる必要はないのではないか。

 そう伝えると、二人は一瞬だけ固まり、笑顔でそうだなと肯定した。


「例えば、アーシェ。先ほど子ども部屋で挨拶を交わした時、其方は我々と同じように挨拶をしたか?」

「いえ、ごきげんようと」

「然もありなん」


 言葉とは相手に理解されなければ意味がない。独りよがりの言葉は赤子の癇癪と同じであり、情報伝達のための言語として成立しない。

 加えて郷に入っては郷に従えともあるように、あちらにはあちらの常識があり、規律がある。それを大国の事情と言うだけで押し通すには無理があるのだ。


 そう諭されたアーシェは、しょんぼりしょぼくれるが、其方は間違ってはいないと伝えられ、少しばかり気持ちも回復した。


「しかし組合連合ねぇ。アーシェはあれのどこに目をつけたの?」

「冒険者組合と言うものがあるではないですか」


 組合連合の中の一つ、冒険者組合。傭兵稼業から要人護衛まで幅広く行う何でも屋。ならず者集団に要人警護を依頼するほど、小国の軍事力は稚拙なのかと考えてしまうが、あちらにはあちらの事情があるのだ。

 アーシェは先ほどの会話でそのことを学び、決して蔑む目では見ず、同情の意を示した。


「冒険者組合は以前から何度か我が国にも支部の設置を訴えかけているが、むやみやたらに書状を送りつけるあたり、程度がしれている」


 彼は書棚の引き出しを開けると粗悪な紙でできた二通の書状を持ち出して、アーシェとエリザベートに渡した。中身を見たアーシェは愕然とする。その内容は二つとも同じようなものだが、どれも安直に言葉を紡いだだけで、儀礼の儀の字もあったものではない。


 セルヴ領に開設したい。そのための許可を出せ。開設に当たり援助が欲しい。そんな言葉が箇条書きで連なり、とても大人が、それも一つの組織を仕切る長が書いた文書とは思えない。


「これが一六〇通。パール王国全領地にばら撒かれていた」


 大国と小国の関係悪化を図る、第三者の差し金という線も考え、裏を取ったところ、どうやら本当に連合組合から出た書状だったらしい。

 しかも、所々誤字や他領の名前が入っている等と稚拙さを極め、当時の領主会議にて、領辱国辱ではないか、との声まで上がったくらいだ。結果、国際儀礼のなんたるかも知らぬ愚か者共に回雁は不要と女王陛下が宣言し、領主は無視を決め込んだ。


「尤も、二通目が来たときはさすがに諫めることはできなかった」

「あぁ、あの経済制裁……」


 二人が遠い目をして同じものを見つめていた。

 誰もが予想だにしなかった禁忌の二通目。それを目にした女王陛下は貿易都市との国交断絶を考えたが、御三家の懸命な働きにより、輸出入の取引規制という程度の経済制裁で済まされた。

 そのせいで商会の貿易部門は縮小せざるを得なくなったのだから、彼の商会に唯一泥を塗ったのが、低俗な平民の書状だという笑い話は、商会が存続し続ける限り、末代まで語られる酒の肴になったであろう。


「忌々しい。あれのせいでどれだけの損失を被ったことか……」

「今はもう関係回復はされたのでしょうか?」


 後に、とばっちりを受けた貿易都市周辺国から、国交正常化に向けての大使が派遣されて、我々は書状に関し一切関与していないと陳情が述べられ、こちらがそれを認めることにより、国同士の関係は回復したと言って良い。


 彼等にとって大国との取り引きが損なわれるのは死活問題である。パールは周辺国が組合連合の品位改善に協力することを条件に、貿易の再開を約束し、その四半期後に経済制裁は解除された。


「傭兵というものはどこも似たようなものだ。有事の際予備戦力としては使えるかもしれんが、あれらが外交を円滑に熟すほどの教養を持ち合わせているはずがない」


 だからこそ、彼等が国内に入り込むことは憚られた。粗悪で下等。そんな集団が武力を持ち我が物顔で領地を歩くなんて考えるだけで悍ましい。


 ――教養のない民主主義ほど怖い社会はないってね。

 ――言い得て妙ね。


 しかし、小国において組合連合は一定の発言権を有している。

 三大国こそ害虫の侵入を防いでいるが、お隣さんがゴミ屋敷というのは、いかんせん気分が良いものではない。セルヴ家を初めとするパール御三家にとっては目の上のこぶであり、排除できるのならば、きれいさっぱり駆除したいところが、彼等の偽らざる本音だった。


「此度の旅行で何か情報を有したのであれば報告しなさい。その際に報告書の書式も教えよう」

「ありがとう存じます」

「あぁ、そうだ。ミリィ、聞きたいことがあるのだけど」


 ミリアシルの名を愛称で呼ぶ者は、もはやこの国において片手で数える程度しかいない。他人に聞かれたら不敬だと諫められるその関係も、身内とごく一部の忠臣のみの密閉空間では許される。彼等の側に控える従者は皆、契約魔法で領主に絶対の忠誠を誓った、この城の古参勢。

 彼等のやりとりは幼少期から見守っており、互いに成長し、昔とは違った身分になっても、未だ気の置けない関係であることに安堵すら覚える。


 何だと素っ気ない態度であっても、それもまたご愛嬌。エリザベートは気にした様子もなく彼に問いを投げかけた。


「あちらに着いたら別荘を構えるのよね」

「そのつもりだが」

「ならばそのお金は公費で賄うの?」


 そこまで聞いて、彼女の言わんとしていることを察したミリアシルは、それ以上言わさず答えを言う。セルヴ家の公費で別荘を構えるのなら、アーシェが遣い終わった後で、商会がもらい受けられないか。彼女はそう言いたいのだ。


 確かに公費で屋敷を買うつもりではいた。しかし残念ながらそれは彼女が考えている予算から出るものではなく、アーシェの内廷費から清算される。それを聞いたエリザベートはあからさまに不満げな顔をし、文句を垂れ流す。


「ミリアシル。わたくしは貴方をそのような不届き者に育てた覚えはありませんことよ」

「……今年のアーシェの内廷費、どれほどだと思う」

「何よ、藪から棒に」


 人件費、教材費、被服費、庭園維持費、三食以外の食費や治療費、その他嗜好にかかる費用。公爵令嬢ともなれば将来像を構築する上で必要な出費は際限ない。

 どうせ例の画架も内廷費から出しているのだろう。そう考えて彼女は自分たちに支払われていた額よりも少し多めに見積もった。


「わたくしたちが一五〇〇アルテ程度でしたから、一八〇〇くらいかしら?」

「……五百だ」

「五百……?」


 しかもこれ以上出費が減るようであれば、さらに減額する必要があり、これを機に内廷費を増額する口実を作る必要があった。今は、ともかく一アルテでも多くアーシェ経由で浪費させること、これだけを念頭に置いて計画を立てている。


「アーシェは懦弱だが虚弱ではない。これといった趣味もなく、一度言えば何でもすぐに覚える。手間がかからず、金もかからないのは本来であれば喜ばしいのだが、程度の問題であるな」

「申し訳ございません……」

「いっそのことアーシェ名義で慈善院でも作るか?」


 貴族にとって慈善院とは諸刃の剣だ。作ることは簡単であるが、もしこれで経済悪化などにより、領地経営が著しく困窮した場合、慈善院を閉めることで多くの人望を損なう。

 加えて施しを受けることが当たり前なのだと民衆を錯覚させないように注意を払わねばならない。


 また、いざとなったら慈善院があるとも思われてはならないのだ。民衆はどうしようもなく愚かである。

 特に孤児院はその中でも最悪な部類に入り、過去に貧困街に孤児院を設置したところ、引き取ってくれるからと言って、売春行為が激化した事例さえもある。


 子孫に託す場合を考えて、運用にかかる費用の見積もり、規模の試案、法整備、建設にあたり付随する仕事をあげたらきりがない。彼は口にした案をすぐさま取り消し、それならまだ商会を新設した方が現実的だと考えを改める。


「兎に角、其方はこの機に趣味の一つでも見つけてきなさい」

「……畏まりました」


 その後は本格的に明後日の予定を詰めて、家族会議はお開きとなった。お開きの合図となるのはやはりアーシェの睡眠欲。まだ幼いアーシェは急に襲いかかる疲労と睡魔に抗うことができず、身を委ねることしかできなかった。



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