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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
33/197

033.地位

「姫様」

「時間なのね」


 アーシェが待機室へ向かうのは四の鐘が鳴ったあとだが、文官であるメリッサは、最終調整のため、それより前に会場入りをすることになっていた。

 食前の打ち合わせで聞いていたアーシェは、時間になったことをすぐに察して、彼女を見送り、三人になった部屋で入場後の段取りについて確認する。


 懇親会への出席は、アーシェにとって初のイベントである。自分より地位が低い者たちが集まる奉納式とは違い、懇親会は自分と同等以上の存在がわんさかいるのだ。

 誰しもが初めて出席するアーシェに注目し、見定めることとなる。そんな場面で失態を曝したとあらば、アーシェだけでなく、両親やロベルティーネの名声までも傷がつく。そんなことは決して許されない。


 貴族の地位は、社交界では変化することがある。例えば同じ男爵でも公爵に紹介された者と、伯爵に紹介された者では、身分は同じだが、その場での扱いが全く違うことになる。

 同じ理由で、ミリアシルに血族として招待された当主たちは、歴とした彼の客であり、専ら年功序列に近い格付けとなる。年功序列でアーシェに負ける者はいないため、この場合では席次はアーシェが最下位となるのだ。


「入場したら一度大きく見渡して、お祈りして、メリッサのところへ向かえば良いのよね?」

「左様でございます」

「メリッサがいなかったら如何様にすれば良いの?」

「右筆がいないということは招待されていないと言うことですので、ご心配ありませんよ」


 席次が予め決まっている会議や懇親会では、賓客の右筆や扈従が主人の標となるよう、事前に座席付近に立つのだ。もし、そこに事前に決められているはずの従者が配置されていないのだとしたら、それは主催側の大失態である。


 アーシェが部屋の隅から隅まで歩き、落ち着かない様子を見せながら、懇親会のイメージトレーニングをしていると、ついに四の鐘が鳴る。それにつられてセリアがアーシェに着席を促し、アーシェを椅子に休ませた。

 実のところ、表には出さずとも主人よりも従者の方が緊張している。特にセリアは、アーシェが生まれて間もないことから付き人として仕えた、最古の側近である。社交界デビューはいわば側近たちの発表会でもあり、アーシェは手塩に掛けて作られた作品でもあるのだ。


 四の鐘が鳴って暫くしたら、城の侍官がアーシェを呼びに来た。アーシェは覚悟を決めた顔で手袋をきつくはめると、茜に諸注意を言い聞かせる。


 ――勝手に喋ったりしないでね。

 ――しないよ。

 ――……でも危なくなったら助けてね。

 ――はいはい。


 アーシェたちは無駄に緊張しているようだが、保護者たちからしてみれば、学院入学後に取り返しの付かない失敗をしないよう、実践形式で社交を教える、親族のみの教育の場なのだ。

 少なくとも茜はそう聞かされており、学院で恥をかかせないようにとの、親の気遣いが慣例化したもののはずだ。


 故に、この懇親会は練習場で、多少の失敗は大目に見てくれる。実際に当主の中には、懇親会の中でやらかした人間がいくらかいて、今でも親族間では古参から話のネタにされていることは多々あった。


 ゆっくりゆっくり廊下を歩いて、待機室に付くまでに心の整理をする。待機室は会場となる宴会堂の隣に設置されていて、アーシェはその区画に入るのは初めてだった。

 普段は賓客を持て成す場として、来賓する数日前から抑えられており、アーシェは邪魔にならないよう区画に近寄らないようにしていたのだ。


 それでなくても、奉迎区画に用事があることなど、彼女の短い人生の中ではまだ一度もなかったため、意識せずとも近づくことはなかった。


 ――それにしてもこのお城、随分と大きいよね。

 ――わたくしたちが住んでいるところはお城の中でも内裏と呼ばれる場所だから、本当はもっと大きいはずよ。


 セルヴィスの古城と呼ばれるこの城には、城勤めの三官が居住する清涼宮があり、その中には三官が仕事をする蔵人宮、さらに奥には領主一族が仕事をする八省殿、そして公室の居住区である内裏がある。

 八省殿と内裏を合わせて大内裏と呼ぶこともあり、内裏に踏み入ることのできる貴族を殿上人と呼ぶ。


 全ての施設は渡り廊下で繋がっており、外に出なくても大内裏内を行き来できる利点があるのだが、欠点として、内部構造が複雑すぎて道を覚えなければ、元の場所に帰れない可能性があるところだ。

 城内には導官(しるべのつかさ)と呼ばれる専用役職権資格もあり、城の内部構造を把握し、案内する技術のある者のことを言う。城内ガイドさんだ。


 加えて空間魔法のせいか、明らかに空間が歪んでいる通路、外見にそぐわない広さの部屋などもあり、茜の脳内地図は、まさにスパゲッティコードと化していた。


 メリッサ曰く、その外見的面積は、約六キロ平米と、群を抜いて国内最大の城だそうだ。セルヴィス下層まで含めると七〇キロ以上の規模を誇り、この城壁を一目見ようと、国内外から多くの観光客も来るという。


 交通手段が乏しいこの世界で旅をするのは、かなりの時間と金を要するだろう。そこまでして見てみたいという城壁とは、一体どのようなものか、茜もいつか見てみたいと思った。こういう欲が旅人を集めるのだろう。


「御座しまし着くは、第一公姫閣下」


 「御座し着く」では、と脳内で訂正を促すが、誰しも間違いはあるものだと勝手に納得する。御座しまし着くはこの領地においてミリアシルにのみ使われるべき言葉であり、領主の姉であるエリザベートですら一段下の御座し着くが用いられる。


 この世界の敬語は古文じみたところがあり、二重敬語は当たり前、三重敬語、時には四重敬語にまでなるときがある。因みに国王陛下へ用いる場合は、神への祝詞に近く、「御座しまし着き給ふ」である。


 待機室の扉をくぐるとそこには誰もおらず、アーシェはどうやら一番乗りだったようだ。年功序列であればそれが順当であり、先の失態を聞かれずにすんだと安堵の息を漏らした。

 しかし妙なことに、入室後の案内が部屋番の文官から来ない。このままでは入り口に立ったまま待ち惚けである。不審に思った彼女はちらりと文官の表情を伺うと、笑顔を保ったまま額に汗を滲ませていた。


 アーシェはこの症状を知っている。過去に側近たちがアーシェの魔力にあてられたときと同じ表情だ。しかしこれまた妙なことに、彼女は魔力をしっかり抑えられているはずだ。

 加えて懇親会の露払いを務める者が、魔力抵抗の低い者のはずがなく、装飾から考えても歴とした浄階貴族であるはずだった。


 側近二人の様子を窺うと、こちらもやはり平然を装いつつも、どこか息苦しさを感じているようだった。今一度確認するが、やはりアーシェも茜も魔力を出しているわけではないので、原因は彼女たち以外のところにあると考えるのが妥当だろう。


「セリア、レオノーラ。しっかりしなさい」

「申し訳ございません」


 二人の声が重なり響く。

 兎にも角にも、扉の前から移動しなければ、次に来る年配者に迷惑がかかる。それは避けねばならないが、誘導して貰わなければどの席に着けば良いかも分からない。

 アーシェは、はしたないと分かりつつも、妥協点として出入り口に控える文官に、言葉をかけようと動いた直後、部屋の鈴が美しく鳴り響き、待っていましたと言わんばかりに文官が動き出した。


「大変長らくお待たせ致しました。閣下」

「先ほどから少し過大なお言葉ではなくて?」


 さすがに二度目ともなると訂正せざるを得ない。

 過大評価は、本来その言葉を使われるべき相手を侮辱するに等しい。閣下という敬称は領主たる公侯伯子男の長と大臣などの親任官に使われるべき敬称だ。

 匿名枢密顧問官たるアーシェは、確かに閣下と呼ばれても不思議ではないが、それを知るのはごく一部の人間のみであり、今後知られるとしても、各領の領主と側近中の側近のみだろう。国家最重要機密を一端の貴族が知るはずもない。


 故に、アーシェは公の場で敬愛する父と同じ敬称で呼ばれることに、違和感を超えて、不快感を覚えた。自分はミリアシルと同列になるほど、高みの存在ではないし、彼はアーシェと同列になるほど、低俗な存在ではない。そう信じて疑わなかった。


「畏れながら申し上げます。先ほど内務卿閣下より、姫様を領主相当の扱いをするよう仰せつかりました故、私の言葉に間違いはございません」


 ――お父様が?


 何やら嫌な予感がする。何か決定的な間違いを犯している気がしてならない。

 しかしこのまま佇む訳にもいかず、渋々待機部屋の奥、宴会場――豊楽殿(ぶらくでん)へ足を踏み入れた。


「公位継承権第一位アーシェリット・ウラリディ・エルミニク・セルヴ内親王閣下、ご到着!」


 ――わあ、広い。


 扉が開いた瞬間に、内側から不自然な風が流れ込む。それは魔力の奔流だ。内側に、あまりにも外界と差異がありすぎるほどの、濃密な魔力が満ちあふれ、その隔たりがなくなった瞬間に外へと逃れるように流動したのだ。

 魔力がアーシェの毛髪一本一本に物理的影響を与え、靡かせるほど繁みみに魔力が漂うのなら、確かに浄階貴族程度には荷が重いと納得できる。


 しかしアーシェは己が従者や城勤めに気を遣っていられるほど余裕ではなかった。


 ――……は?


 茜が隣で脳天気に呟いている中、アーシェは衝撃の光景に絶句する。そこには首長一族の家長だけでなく、侯伯子爵の当主までもが、アーシェよりも先に席に着いていた。

 待機室にしても、会場入りにしても、身分の低い者から先に到着し、待つ時間を直前まで抑える事を目的に、最も高貴な者が最後になるよう、序列を決めるのが外交儀礼の常である。


 いくら比較的緩めの懇親会といえど、年功序列と言う決められた秩序がある以上、それに従うのが道理であり、間違っても、アーシェが他の者より遅れることはあってはならないはずだ。

 首長より後というのならまだ辛うじて理解できるが、アーシェが見渡すその席は席次最高位の二つしか空いておらず、片方にロベルティーネが、片方にメリッサが控え、間違えようがなくその場がアーシェの席だと分かる。


 ――次席? このわたくしが……?


 今までの慣例を全て取り壊すような行為に、さすがのアーシェもミリアシルの正気を疑った。父は一体何を思ってこの配置にしたのか、この場で小一時間問い詰めたくなる気持ちがこみ上げてくるが、これ以上失態を重ねないためにもアーシェは死に物狂いで冷静な表情を努める。

 もはや彼女の目に光はなく、一切の感情を捨てきった能面のような微笑みを浮かべてメリッサの近くに着くと、これまた彼女も張り付けた笑顔を向けて主人に確保していた席を譲り渡す。

 その手にはめた白手袋には少しばかりの血液が付着し、この異常事態に痛みで耐えていたことが分かる。


 臨時手当を出した方が良いのだろうかと、アーシェは現実逃避できる糸口を見つけて、少しばかり感情を取り戻した。


「迎労感謝します」

「勿体なきお言葉」


 メリッサを退室させると、セリアが食器を操り果汁を注ぐ。残念でも何でも無いが、アーシェは未成年のため酒は用意されていない。目の前にはアーシェ専用の牛乳――牛と言う名前の未知生物から取れた乳――と果実ジュースがあった。


 食事の準備が整うも、アーシェが食器を手に取ることはない。それはもちろんこの城の支配者がまだ来ていないからだ。アーシェの隣にある、一際高級感漂う最高位席次の主を誰しもが待ちわびている中、ついに最後の入場者が挙げられた。


「公爵ミリアシル・エルヴィス・ジスレット・セルヴ内務卿閣下、ご到着!」


 正装に着せられる事無く、まるでその姿が常世の理であるかのように、一切の違和を感じさせない、神々しさすら覚える佇まいで、堂々と入場する。領の支配者として、毅然とした態度を保ち続ける彼のあり方は、否応もなく我等の長として認めさせる風格を有していた。


 きっとロベルティーネの言っていた高貴とはこの方こそが理想体なのだろう。アーシェは本能的に感じ取り、目の前に目指すべき目標があることに、喜びを覚える。



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