023.ともだちひゃくにんできるかな ※できません
焼き菓子を一つ頬張り、糖分を摂取する。新しく紅茶を煎れ口直しをした二人は、英才教育を一時的に止めて、会話を心から楽しんだ。
「学院というのはどのようなところなのでしょうか」
貴族が七歳になると入る学び舎。しかしアーシェは学院についての知識はその程度でしかなかった。
学院は七歳で入学し、四年ごとに初等部、中等部、高等部と分かれる。
初等部では基礎教育を学び、中等部では主に社交や初等部で学んだことを実践形式で身に馴染ませるそうだ。
高等部からは一変して、研究者としての道を進む者への学問が始まり、中等部での空き時間を使って進みたい分野の研究室を訪問し、どの部屋へ入るか決める。
そして多くの研究者の下で経験を積み、知識を培い正式な研究者になるのだとか。
義務教育は中等部までなので、大抵の者は中等部を卒業した時点で出身領地へ帰って行く。高等部に行く生徒のほとんどが、中央出身者か、研究者として生きていく者たちだ。
現にアーシェの周りには、高等部を卒業した者は一人もいない。
「セルヴィスの研究所にも、高等部卒業生はいないのですか?」
セルヴィス研究所は、セルヴ領公都――セルヴィスに設置されている、領内最大の研究施設である。その研究対象は主に魔法関連の研究で、有用な技術が開発されたのなら、本家や商会が引き受け活用し、その資金でさらに研究をより良いものにする。
もちろん領地の歳出からも研究費は捻出されているので、成果が出ずとも一定の公費は賄える。
「在籍してはいますが、多く見積もっても一割程度でしょう」
「……もったいない」
その言葉は茜の心からそのまま放たれた。
ロベルティーネ曰く、地方の研究機関は中央ほど力を入れておらず、力を入れられるほど予算と資源がある領地も少ないらしい。
研究は中央の仕事だ。そのような固定観念が貴族社会には根付いており、それ故に、比較的自由に扱える予算が多い上位領地も、経済効果のある技術開発にしか興味を示さず、理学的な研究は一歩遅れている。
――どうにかあーちゃんが卒業するまでに、まともな研究所を拵えることができないかな。
――わたくしではなくて茜が、でしょう。
溜め息混じりの苦言がアーシェの口から漏れた。茜はわたくしの身体を何だと思っているのかしらと言い捨てて、ロベルティーネとの会話に意識を戻す。
アーシェは学院の存在を知って、セリアたちから話を聞いているうちに一つの夢を見出していた。実のところ、アーシェは生まれてこの方、同い年の子どもには出会ったことがなかった。
「学院は同年代の子どもらが集まるのですよね」
「左様です」
それが何かと言いたげなロベルティーネに対し、アーシェはより一層目を輝かせた。
しかし、その瞳の奥に光る希望を察した彼女は、申し訳なさそうに扇子で口元を隠して、言葉を紡ぐ。
「恐らく貴女にお友達はできません」
「え……」
衝撃の言葉に、アーシェは天から雷が落ちる幻覚に見舞われる。
子どもは尊敬する人物からの言葉を信じて疑わない。アーシェは紛うことなきロベルティーネ信者であり、彼女の言葉は全てが真実だ。
保護者たちが口を揃えて、太陽が青いと言えば、アーシェは自力で幻覚を見てでも太陽を青くする。
「貴女は公爵家、それも世に名だたるセルヴの長女です」
アーシェに近付く者はセルヴの富を、セルヴの加護を得んとする者。はたまたアーシェを害さんとする者。それが彼女にとって利益を齎すも、災いを齎すも、どちらにせよ対等な友人などでは決してない。
大人ですらアーシェの前では跪き、忠誠と服従を誓う。同じ年代の子どもらが、中央のぬるま湯に浸かった教師が、どうしてアーシェの友となれようか。
「しかし」
そんな現実を突きつけ、アーシェを失意の底に追い詰めることは容易い。
然れども、ロベルティーネはアーシェの保護者だ。アーシェの教育者だ。彼女の全てを受け入れ、現実を示唆しつつ、道筋を照らす度量がなくて、我が子の教育など為せるはずがないだろう。
「もしも、万が一、己が損得を考えず、ただ一途にアーシェリット様を好いて下さる愚か者がいらしたら、その時はどうか大切になさってくださいませ。時として、その存在は万能な家臣にも優る役割を果たすこともございます」
たとえ身分差があっても、友と言えるまで親交が発展することもありますし、と付け加えて。
ただ、ロベルティーネは伝えなかったが、アーシェは普通の領主一族よりも友を作り難い。それは公爵家だからではなく、アーシェの生まれた年に起因する。
彼女が生まれた年、それは水子病が流行した年である。多くの胎児が命を落とし、多くの夫妻が縁を分かつこととなった年だ。
通常、毎年四百人弱生まれるセルヴ領の子息令嬢も、その年はたったの一三〇人。翌年には水子病の脅威が去ったとは言え、前年に子をなそうと考える者は誰一人おらず、結局子どもは一人も生まれなかった。二年が経ち、ようやく生まれた子どもも一〇人のみ。
そこで領主の長男であるアーシェの弟、ジルヴェスターが生まれたことにより、水子病は去ったと判断した貴族は、数年かけて蓄えた愛を育み、次の年は一〇〇人、その翌年には三八〇人と、例年水準を超す勢いで膨れ上がった。
しかし領地によってはそれ以降も少産傾向が続き、さらに三年間、誰も子どもが生まれないという、空白の時代が訪れたところもあると聞く。
つまりアーシェの世代は子どもが少ない。
水子病はセルヴの土地だけでなく、全世界的に広まった流行病だ。上位領地のセルヴ領ですら流行を防げなかった病。そんな恐ろしい病は、下位領地に大打撃を与えていた。
パール中の子どもが集まる学院は、そんな局所的少子化問題を直に受けるため、ただでさえ少ないアーシェの友人候補が、皆無になってもおかしくは無い。
「そう言えば」
ロベルティーネはふと思い出したように呟いて、アーシェに一人の人物の名を告げる。
「ウリナトル侯爵家にはマルティナ様がいらっしゃいますよ」
「ウリナトル家……候ふ侯爵ですか」
序列第六位、侯爵位の頂点であるウリナトル侯爵領は、保守を重んじるセルヴ派閥の中では、比較的改革寄りで有名な家名だった。しかし五年前、未曾有の大災厄が起こってからは、一変して極右的保守派へと転じている。
「わたくしはお見かけしたことはございませんが、病弱児であると聞いております」
ウリナトル家は過去、セルヴ家が偉業を為した際に、国王陛下から領を賜った分家である。そのため四半期ごとに行われる一族会議にも、当然招待されているのだが、そこでマルティナの姿を見たことはなかった。
会議に子どもを連れてくるものかと言うと、四半期会議の場合は連れてくる。
何せ本家たるセルヴ直系子女と友好関係を築けるのだ。子ども同士なら大抵の粗相は見逃されるため、大人たちはそれを利用し、アーシェたちに取り入ろうとする。
もちろんそんなことは、ほとんどの子どもが気付いていない。彼等は毎年四回ある、気の置けない友人たちと一緒に遊ぶ時間、程度にしか考えておらず、楽しみにしている子も多いだろう。
「ただ、以前を知るわたくしでは、今の彼等を先入観なしでは捉えられないでしょう」
ハッキリ言って、ロベルティーネは、以前のウリナトル家の事を良く思っていなかった。それは彼女が保守派思想の強い、セルヴ領の人間であるからと言う一言に尽きる。
ロベルティーネは変化を嫌っている訳ではないが、序列第一位であるセルヴ領に誇りを持っている。
それ故に、今の領地に成長という変化はあっても、道を外れて暗闇を彷徨う可能性が付随するような、危険のある変化は必要ないと考えていた。
それが以前の侯爵家と思想的確執を深めていたのだ。
「お友達になっていただけるでしょうか」
「……努力が必ず報われるとは限りませんが、貴女ができる最大限のことをこなせば可能性は決して皆無ではありません」
ロベルティーネは過去を振り返り、自分が五歳の時に何をしていたか思い出す。思い出される少女は教師の魔の手から逃げ、迫り来る護衛の監視を掻い潜って、祖父母に遊べ遊べとせがんでいる姿をしていた。
今思い返せば随分と両親に迷惑をかけていたものだ。とてもアーシェのように良い子にしていたとは言えない。
ロベルティーネは、領主の子では無い故に、公族がどのように教育され、生活してきたか知るところでは無い。
しかし、アーシェが異常なまでに大人しく、早熟なことくらいはわかる。二年前までは、元気が溢れんばかりに輝いていたあの子が、一体何が原因でここまで落ち着いた子になってしまったのだろうか。
「アーシェリット様、つかぬ事をお伺いしますが、七歳の子どもがどのようにお遊びになるのかご存じでしょうか」
「お遊びですか?」
アーシェは考える。
七歳と言えば自分よりも二つも上の子どもである。きっとアーシェにはできない様々な工夫を凝らした心行かしをしているに違いない。
唸りながらも考えるが一向に思い浮かばない。その思考はじきに泥沼へと入り込み、終にはどうしてこのような質問をしたのか、ロベルティーネの思惑を考えるにまで至っていた。
「……お勉強でしょうか」
その答えは、心を鬼にし、教育役を務めるロベルティーネですらも、悩まされるほどの回答だった。
大災厄時の出生数について変更をしました。
アーシェが生まれた年(大陸歴1000年)は出生数一三〇人
1001年は五〇から皆無
1002年は一〇から一〇〇人
1003年は新記載で三八〇人




