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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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022.続・義母と義娘のお勉強会

「属性ならば火や水の魔法は想像しやすく強力ですが、扱いを誤れば自身に矛を向け永遠に魔法を使えなくなる者もいます。反面風や光、闇の魔法は使い手の能力次第でとても便利なものとなります」


 ロベルティーネは扇で二回机を叩き、火の玉と光の壁を生み出した。

 祝詞の魔法は想像力で全てが決まり、火傷を負った者や過去に溺れたことのある者が、それを連想させる魔法が使えなくなると言った話は、残念ながら良くあることだった。

 故にロベルティーネはトラウマが植え付けられやすい火や水の魔法を避けて、最初は危険の少ない属性を選ぶよう促した。


「効果ならば守り手の魔法が良いでしょう。貴女は常に誰かに守られている方です。その身を自分自身で守ることができるようになれば、緊急時に護衛の負担が少なくなります」


 現状アーシェの側近はこの三人のみで、護衛に特化しているのはレオノーラただ一人である。

 セリアとメリッサも、いざとなれば命を賭してアーシェを守る忠誠心はあるのだが、敵がレオノーラと同等の実力者ならば、主人を逃がすことも難しいかもしれない。

 そんな中アーシェが自衛できるようになれば、三人はアーシェを気にせず戦闘に集中できるようになる。


 他にも護衛はいることにはいるのだが、彼等は三人とは少しばかり事情が異なり、使われないことに越したことはない。


「手始めに障壁魔法から始めましょうか」


 防衛魔法の基礎である障壁魔法は、言ってしまえばただ壁を生み出すだけの魔法である。イメージする壁は、盾のように小さなものから、全体を覆うようなものまで様々だ。


 非力なロベルティーネはどちらかというと壁寄りで、空間に固定することにより、地力がなくとも固い防壁を張ることができる。

 反面レオノーラは持ち前の技術を生かし、盾を用いて攻撃を受け流す。


 どちらにも一長一短の特徴があり、甲乙を付けられるものではない。

 ただし、アーシェの場合、盾は論外である。


 ――わたくしたちはどうしましょうか。

 ――盾以外なら何でも良いのでは。


 空間に固定されていない障壁は、盾のように自在に操ることができるが、アーシェの力では敵の攻撃を受けきることができない。


「このようなものでしょうか」


 両手をわきわきと動かしながら、小さな風の壁を創り出す。しかしその壁はゆらゆらと儚く揺れていて、とても屈強な壁には見えなかった。


「扇はお飾りではありませんことよ」


 ――忘れていたわ。


 扇には公私を分かつ以外にも幾つかの役割がある。ロベルティーネはアーシェに扇を渡したときに、その用途も欠かさず教えていた。その一つが魔力操作の補助機能である。


 今まで使ってきた魔法は鮮明な想像力を必要とせず、アーシェと茜の魔力に任せた、乱暴なやり方で、曲がりなりにも発動していた。

 しかし今回のような、小さく繊細な魔法は、魔力だけではどうしようもない。そんなときに使うのが扇でもあるのだ。


 畳んだ扇を手にして意識を集める。扇子は指先であり指揮棒だ。

 余分な魔力は通さずに、ただひたすらに、洗練を繰り返した力を想像力とともに扇子へ送り込む。すると扇子の要がアーシェの魔力を帯びて、魔法を練り始めた。


「神よ……」


 誰にも聞こえないほど小さな声で祈りを捧げ、アーシェは魔法を発動する。

 祈る神は風神。生まれながらにして自身に寵愛を授けて下さった慈悲深き神の一柱。感謝の念をこれでもかと詰め込んだアーシェの魔力は、部屋の空気を揺るがして、彼女の周囲に幕を張った。


「まあ、これは重畳」


 空気の膜は薄く、近くで見なければ守られていることすら気付かない。然れどもその強度は主神たる風神の名に恥じぬ、豪然たる力を有していた。


 ロベルティーネが試しとばかりに扇を振るうと、扇子はカチンと音を立てて弾かれた。次いで扇に光を纏わせ光る短剣を生み出すと、アーシェへの配慮か万が一貫通しても問題ないように空間のみを斬りつける。

 それでも怖いものは怖く、アーシェは思わず目を瞑った。


 一太刀が過ぎ、恐る恐る目を開けると、目の前には風の被膜が残っている。その光景に安堵のため息をついたアーシェは、ロベルティーネの話に耳を傾ける。


「あの花瓶に同じものを与えられますか?」

「承知致しました。神よ……」


 ほのかに花瓶が発光して、今度は丸みを帯びたものではなく、瓶より一回り大きな障壁が展開された。それを確認したロベルティーネは自身の近衛に花瓶の耐久試験を命じる。


「スヴェン、まずは軽く小突きなさい」

「はっ」


 納刀したままの剣を地面について、一人の従者が魔力を放った。魔法とならない純粋な魔力は、質と量によって相手に与える影響に差が出てくる。

 俗に魔弾と呼ばれる魔力の塊は、魔力が満ちている肉体への殺傷力こそ高くないものの、魔力が少ない物質への破壊力は評価に値する。


 魔弾を用いた手法は、魔具開発において一般的な耐久試験であり、魔具に満遍なく魔力が渡っていれば低火力状態で壊れることはまず無いと言って良い。

 つまり壊れたらどこかに欠陥があると言うことなのだ。


 鮮やかな青色をした小魔弾が次第に深みを帯びていき、限りなく黒に近付いたところでスヴェンは攻撃を止めて物理攻撃に切り替えた。

 剣を鞘からほんの一部だけ引き抜いて、勢い良く鞘へ戻す。鯉口と鐔がぶつかり合った衝撃で出た音がアーシェの耳に入った直後、破裂音とともにアーシェの衝撃魔法は消滅し、中の花瓶は粉々に砕け散った。


 すぐさま動き出した扈従と右筆に、申し訳なさそうにして目配せをするスヴェンは、愛想笑いを浮かべながらロベルティーネに試験の報告をした。


「魔力耐性は御膳上等と言えるでしょう。私の魔力では計測すらもできませぬ故、これを突破できるのは、恐らく領主かそれに準じる者のみかと。対して物理耐性はあまり高くはありません。魔力を持たない賊ならばびくともしないでしょうが、身体強化魔法を施されている貴族相手となると、正階貴族でも怪しいでしょう」

「申し訳ございません……」


 アーシェが唇を噛んで己が無力を痛感していると、スヴェンが彼女の扇子にそっと手を置き優しく励ました。


「いいえ、公姫殿下。嘗て御身のお歳で誰がこれ程までに魔力を自在に扱えたでしょうか。その弛まぬ努力を続ける限り、きっと近い将来セルヴの地の力となれるでしょう」


 敬愛するロベルティーネの側近からお墨付きを得たアーシェは、頬を赤らめながら俯いた。

 それがその場の女性陣からは恥じらいの表情に見え、背後にいる側近たちもが扇で顔を隠しながら口だけにんまりと笑う。


「あら」

「まあ」


 ――?

 ――この保護者たちは……。


 実際にはアーシェが嬉しかった理由は、彼がロベルティーネの部下だからだ。そもそも男女の機敏なんてものを、五歳児が理解できるはずもない。

 恋愛脳な保護者たちの笑みに男性陣と茜が苦笑いし、気を取り直して防衛魔法の練習をする。


 次の魔法は祝詞を用いた魔法だ。祝詞や呪文を用いた魔法は、神に直接願いを届ける魔法とは違い、融通が利かない。

 しかし、予め定めておいた魔法の効能を、魔力のままに使うことができるのだ。


「天高く浩々たる三輪国に御座し給ふは癒神 畏み畏み申し賜く かけまくも畏き光神の配神よ 身共の祈ぎ事聞こえ返し給へ 御身に祈り捧ぎし弊竇となる創痍残痕を 御業の極みで照らし給へ《大治癒/大いなる癒やしを》」


 ロベルティーネに手本を見せられ、見よう見まねでアーシェも続ける。

 気分的に両手を合わせて祝詞を捧げる。やはり魔法を使うときは、祈りの姿勢である合掌の方がしっくりくるのだ。魔力の通りが良くなるというか、気持ちが籠もる分、神の存在を身近に感じることが出来る。


 初めて祈りを捧げた日から常に同じ姿勢で繰り返してきた。その習性は、しっかりと心身ともに刻み込まれており、祈りと聞いたらまずは合掌と思うほど染みついていた。


「天高く浩々たる三輪国に御座し給ふは癒神」


 癒やし神は、それこそ毎日祈りを捧げているアーシェのにとって、主神に次ぐ有名な神様である。光神の配神にして健康長寿を司り、比較的加護を与えることが少ないと言われている神だ。


「畏み畏み申し賜く かけまくも畏き光神の配神よ」


 神々には、戦神や豊穣神のように多くの者に加護を与える神や、主神のように滅多に加護を授けない神もいる。

 加護を受けられるかどうかは神の気まぐれではあるが、胎児の時から寵愛を受けている者もいるということは、親がどれだけ祈ったかに関係しているのでは無いかという説もある。


 親からの引き継ぎ、そして本人の努力によって加護を受けられるというのなら、神に祈らない手は無いだろう。


「身共の祈ぎ事聞こえ返し給へ」


 神への感謝を胸に抱いているうちに、自然と言葉が紡がれる。

 まるでそれを口にすることが当然であるかのように、淀みなく発せられる祝詞からは、確かに神の気配が感じ取れた。


「御身に祈り捧ぐ弊竇となる創痍残痕を 御業の極みで照らし給へ」


 頭の中に魔法の呪文が浮かび上がる。その魔法は癒神が齎した外傷治癒の魔法。傷があれば瞬く間に再生し、注ぐ魔力によっては欠損すらも元通りになる神の偉業。


「《大治癒/大いなる癒やしを》」


 全身から光の粒子があふれ出し、一つの柱となって天に向かう。その途中、飛散した一部の光が周囲の人々に降り注ぎ、淡い白色光に包まれた。


「やはり……」


 アーシェの祈る姿を観察しながら呟かれたその声は、他の誰にも届かなく虚空へ消える。

 アーシェと茜、二人分の魔力により通常よりも長く発光していたが、魔力が途絶え徐々に光も収まると、幻想的な空間も元の華やかな部屋へと戻った。



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