021.義母と義娘のお勉強会
昼食を食べ終えたら、アーシェはロベルティーネと共に部屋へと向かった。
記憶にある中では、アーシェが彼女の部屋に来るのはこれで二回目。しかもこの数日でという大躍進である。
「神の寵愛と魔法適性の関係性については存じておりまして?」
「はい」
魔法書によると、神の寵愛が、必ずしも魔法の得手不得手に繋がるとは限らないらしい。寵愛は魔法を扱うことに対し必要条件であり、そこからさらなる適性や心理的状態から得意魔法が決まる。
「火に恐怖心を抱いている者は、たとえ寵愛があろうとも炎にまつわる魔法が扱えない場合があります。貴女はせっかく生まれながらに多くの神に愛されているのですから、物事を正しく理解し、可能な限り多くの魔法を修めなさい」
「承知致しました」
扇で右筆に指示を出し、アーシェの前に光り輝く宝石を出す。宝石は全部で緑、赤、黄、青、黒、そして白の六種類あった。
「アーシェリット様は魔石を見たことはありませんか」
「はい。それが魔石ですか」
それぞれの属性の祭神たる六柱の寵愛を得られたのなら、その属性の配神の加護全てを得られる。祭神一柱の寵愛は絶対的な力となるため、祭神の加護を得た子どもは、家の中でも特に大切にされることが多い。
加護から得られる魔法適性を調べるためには、それぞれの属性に染まった魔石を用いる。それが今アーシェの目の前にある魔石だ。
ロベルティーネに促されて、白い魔石を手に取った。そして魔力を込めると魔石の輝きが増し、より美しい宝石へと姿を変える。
そして全ての魔石を輝かせたら、再び魔石をロベルティーネに渡して検査にかけてもらう。
「見事に六柱全ての加護が得られているようですね」
次に魔法が込められた魔石を七種渡され、解説を聞いた。
この魔法は、配神に頼ることなく、祭神のみの力で発動する魔法と、全ての属性を備えた全属性の魔法である。祭神に祈りを捧げる魔法は配神のものより強力になる事が多く、祭神同士の混合属性や全属性は言わずもがなだ。
各魔石に同じ量の魔力を込めると、どれも等しく魔法が発動する。
その魔法は魔法陣の中に、わざと不要な魔法陣を組み込んで、抵抗を計ることで適性値を計算する魔法だ。話によると過去の賢者が開発したものらしく、今までは感覚に頼っていたものを、数値化できるようになった優れ物らしい。
尤もこの魔法のせいで、貴族社会に完全な優劣が付けられる事になったのだから、当時直階貴族と判断された者たちからしてみれば、堪ったものではないだろうが。
アーシェの出した数値は全属性百点満点。実際はこれ以上の数値もあるのだが、より精密に計測するためには高価な魔石を必要とするため、今すぐには用意できない。
現物がないのではなく、使用するには手続きが必要なのだ。
「貴女の才能は領地に役立つ日が必ず訪れます。それまでに慢心せずに魔法を知り、理を覚えて自身を磨き続けなさい」
全属性を持つ公族は珍しくない。それどころか伯爵家以上の公室の中に、属性を欠いた者が生まれたら、後ろ指を指されるか、そもそも生まれていなかったことにする家もある。
しかし全属性最高適性というのは、一世代に数人程度であり、とある三家以外がその数値を叩き出したら、確実に王家に名を連ねる事となるだろう。
その三家とはロスラー公爵家、リップマン公爵家、そしてセルヴ公爵家の、パール御三家と呼ばれる、王位継承権を持たない三大領主である。
その御三家当主は代々外務卿、軍務卿、内務卿を世襲しており、宰相がいないこの国では、王を除けば国の全てをこの三人が担っていると言っても過言ではない。
この御三家以外の公爵二家は配公と呼ばれ、侯爵家から成り上がった領地である。
元々御三家は、この国とは別の国家だったのだが、ある時代に訪れた幾度もの政変により、国内の魔力が少なくなった事で、数多の王位の存続が危ぶまれた世代があった。
そこで当時の王は尤も信頼できる同盟国を改名し、既存の侯爵家からは上位二家を公爵家として迎え入れた。しかし独立領地当主は三人揃って継承紛争を危惧し、王位継承権を永久に放棄したのだ。
その結果、他二家が王族の血筋を継承する役目を負い、そんな歴史があるが故に配公の一族は魔力の質と量に執着する傾向があった。
「アーシェリット様」
アーシェが歴史の授業で習った内容を茜に教えていると、ロベルティーネが話題を出してきた。
実は二人とも未だに距離感を測りかねており、二人のそわそわとした雰囲気は、古参従者たちから微笑ましく見られているのだが、当の本人はそんなことを気にしていられるような心情ではない。
「昨晩お尋ねそびれてしまいまして、あの白い魔法陣はどのようなものなのでしょうか」
ざっくりとした説明はしたが、アーシェも未だに良く分かっていなかったため、保護者たちの方には上手く伝わっていなかったようだ。
「あれは『エナカの書』に書かれていた内容なのですが」
エナカの書。それは茜を指す暗号である。
ただアルファベットを逆に読んだだけの、茜の世界の者なら簡単に察することのできる暗号なのだが、この世界の住人には、何故茜がエナカになるのか理解できないので、安直な案をそのまま受け入れることになった。
保護者たちは、賢者を本呼ばわりすることに対して不興を買わないか心配していたが、本に載るくらい有名になれたら良いねという茜の思考を伝えた途端、どうでも良くなったとか。
「まあ」
ロベルティーネが扇子を取り出し口元に置く。その様子を見てアーシェも同様に扇子を開き、二人に限定した消音魔法を使って密談をする。
「小母様」
茜はロベルティーネを小母様と呼ぶ。そしてミリアシルをご尊父様と呼び、エルミニクをご母堂様と呼ぶ。そうしてアーシェと呼称の差別化を図ることで、現在喋っているのが、アーシェなのか、茜なのかを瞬時に判断させる意図があった。
「魔法陣を書く際に魔石を用いる場合、魔石に魔力を通して飽和状態にさせ、融解させて陣を描くのですよね」
「その通りです」
「私が行ったのはそれと同じ事です」
しかし、魔石は魔導率が高い物質だからこそできる芸当で、陶磁器のようなものでは飽和状態にする前に破損してしまうと指摘する。そこで茜は異嚢の性質を利用して、精神空間に一度取り込んでから加工する事を伝えた。
するとロベルティーネは目を伏せてしばらく考え込み、やがて再び口を開いた。
「その事は後ほど閣下のお耳にも入れておきたく存じます」
「会議の時に実演した方がよろしいでしょうか」
「そうして下さるなら」
会議は本日の夕食を終えた後に時間を取って下さったらしい。
アーシェは三人とじっくりお話ができることを何より喜んでいたし、茜もこの世界の常識をアーシェ以外から学ぶ良い機会だと胸を躍らせていた。
扇子を机に起き、魔法を解いて普通の雑談をする。
普通の雑談と言っても、片や領主の懐刀たる第二夫人、片や賢者の依り代となった公爵の姫君だ。
二人、いや三人の共通意識として、できるだけ早く質の高い英才教育をアーシェに施したいと言う思惑があり、それ故会話の内容も教育的なものとなっていった。
「上層での通貨は習いましたか?」
「主に使われているものが魔力で、二次通貨として三国共通の貨幣があると聞いております」
魔石は、魔力の受け渡し媒介となる容器としても使われる。
魔力の保存には大して純度を必要としないが故に、実験的価値のない屑魔石がよく用いられ、低純度の魔石ならば公爵領だけでなく、男爵領でも取れるし、受け取った魔力を消費しきれば、再び容器として使用できるので、余程のことがない限り不足することはない。
三国共通の貨幣はモネ硬貨と呼ばれ、単位はモネだ。小国からは正硬貨や大国貨幣と呼ばれている。硬貨には銅貨、銀貨、小金貨、大金貨の四種類あり、銅貨を基準にその価値は十倍ずつ上昇していく。
貴族社会では、重要な取り引きはアルテという単位の魔力で決済され、硬貨を使う事はほとんどない。ではどのような場面で硬貨が使われるのか、それは平民との取り引きで利用される。
貴族の多くは平民を抱え込み、商売やら生産やらをさせて資金を稼ぐ。
その資金で平民から食料や装飾品を買い取り、上層の生活に活かしているのだ。原則一次通貨を魔力としている貴族社会では、必要以上の硬貨を持っていても意味がないため、貴族は貨幣財産を惜しみなく使い、下層にいるお抱え商人を通じて経済を回す。
「これがモネ硬貨と呼ばれるものです。アーシェリット様はあまり見る機会はないかと存じますが、後学のために覚えていて損はないでしょう」
魔石の隣に五枚の貨幣が置かれる。銅貨は一モネ、隣には銀、小さな金、大きな金が置かれていた。しかし紹介されたのは以上の四種類だ。
最後のへこみ汚れたみすぼらしい硬貨を指して、アーシェは質問した。
「これは?」
「センカ硬貨、もしくは単に銭貨と呼ばれ、単位も同じ発音のセンカと呼ばれる硬貨です。三国が造幣しているものではなく、小国が造り、魔法による劣化偽造対策が為されていない低品質なもので、目にしたことがない者も多いと存じます。わたくしも教材として入手はしましたが、それ以前は使用することはもちろん、見たこともありませんでした」
銭貨は一〇〇から一一〇枚ほどで、正貨幣一枚に相当する。
一割の誤差があるのは大都市の正規両替所に持って行けば百枚で手数料が〇から五枚ほどかかり、正貨幣を主な決済方法としている店に直接持ち込めば一割ほどの手数料を取られることもあるからだ。
銭貨一枚得るのに、銅貨一枚使ってしまいましたわとクスクス笑う姿につられて、アーシェも微笑みを返した。
二人は貨幣を片付けて、手袋を新しいものへと付け替えると、それぞれ従者へと手渡した。
「ソフィーア」
「畏まりました」
ロベルティーネの右筆が運んできたお盆を見ると、そこには選り取り見取りな焼き菓子が盛り付けられていた。
――あら。
――クッキーね。
アーシェが二つの菓子を摘まみ、それぞれの小皿に乗せる。
右筆は小皿をそのまま運び、ロベルティーネがそれを口にする。もう一方はセリアが魔法をかけて食べ、笑みを浮かべるのを確認すると、ようやくアーシェも一口食べた。
「とても美味しく存じます」
毒味は双方で行われ、まずは提供者の主人が自ら証明する。
その後、従者が毒解析の魔法をかけた後、一口食べることで毒が入っていないことが保証される。これはある種の挨拶のような者で、たとえ肉親であろうと、親友であろうと、確認するのが常識である。
会食などの大勢の場では、出された食事をいちいち確認する時間はないので、主人が代表して出された食事を最初に食べ、無造作に選んだ食べ物を従者が食べて毒味を完了する。
「セルヴ商会から取り寄せた焼き菓子はやはり素晴らしい味ですね」
「セルヴ商会?」
「あら、ご存じありませんか?」
おかしいわねと呟いて、ロベルティーネは説明する。
セルヴ商会とはその名の通りセルヴ家お抱えの大規模商会だ。その手は貿易商から産業まで幅広く伸ばしており、パール王国主要都市はもちろん、他国にも多く進出している。
会長はセルヴの血筋が直々に務め、現在の商会はミリアシルの姉であるエリザベートが統括している。
主力商品は魔法を操る道具、魔具であり、主に貴族向けの商会だ。また、平民でも操れるような低燃費魔具の開発も進めており、頻繁に戦争を起こしている小国へ輸出することもあると言う。
「貴女は将来公爵を継ぐか会長を継ぐか迫られるのですから、知っているものだとばかり存じておりました」
「公爵か会長か、ですか」
――公爵は弟が継ぐのでは。
――ジルヴェスター君だっけ。
パール王国の領主は、今代の当主が次代を指名し、王が任命する。
世襲の継承権に年功序列は関係なく、あるのは実力と才能のみである。統計的には男子が選ばれることが多いが、女系が好ましくないと言うことはなく、才能があるなら喜んで迎え入れる。
万が一次代を指名する前に高見へ上った場合は、また異なってくるのだが、法律で定められてはいるものの、前例はあまりにも少ない。
「次期当主はジルが望ましいのでは?」
「確かに多くの子をなせる男子がいるのであれば、ある程度実力が劣っていてもそちらを選ばれる傾向が強いです」
曇った表情でアーシェに微笑みかけ、ロベルティーネは言葉を紡いだ。
「貴女は当主にはなりたくありませんか?」
「公妃殿下!」
メリッサが険しい顔で声を荒らげる。
当主の居ないこの部屋で、次期当主の話を持ちかけることは、最悪反逆罪に問われかねない。
無論両者ともにそんな気は無く、この話を聞いたミリアシルも厳罰に処することは無いと思われるが、少しでも主の身に危険が迫ろうとするのなら、排除せんとするのが従者の務めだ。
――ロベルティーネ様はきっと試されているのよ。
――ならこういう時は無難にはぐらかすのが良いのかな。
「わたくしの望みは閣下の御意志と陛下の詔のみでございます」
「模範的ですこと」
アーシェの答えに満足して微笑みを返す。
しかし茜はその笑みの裏側に寂しさに似た何かを感じ取り、根拠はないが、今の問いがただの作法練習だとは思えなかった。
「その……ロベルティーネ様。わたくしは今魔法を学習しているのですが、修めるべきことはございますか?」
急な話題転換。それも堂々としているのならいざ知らず、口籠もっていては触れたくない内容であると相手に伝えてしまう。それは貴族の社交では悪手であり、弱みを知られ、つけ込まれる危険がある。
しかしロベルティーネはそれを咎めること無く、話に乗った。




