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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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012.なれた朝、はじめての朝

 この世に生まれついてから、正確には少女の同居人になってから二日目。魔法という技術や、この世界の仕様について色々と解ったことがある。


 件の同居人が起きる前に目覚めた茜は、暇を持て余した結果再び書庫へ行くと、全てが英語で書かれた本を発見してしまったのだ。

 この世界の原住民は日本語が主流で、日本語に対して英語は言語体系があまりにも違う。それはつまり、茜たちの中でのみ共有できる暗号を意味していた。


 アーシェが起きる前に全て読み切ってしまおうと思ったが、四分の一程度のところでお姫様が目覚めてしまったので、さり気なくその本を他の魔導書と共に隠して彼女に報告をする。


 ――お祈りするから少し待ちなさい。


 宗教に関しては素直に従っておくのが吉である。茜は人生経験からそれを重く受け止めているので、報告を中断し、アーシェと共に合掌をして神に祈った。


「家族に癒やしと祝福を」


 アーシェには毎朝神に祈る日課があった。物心ついたときから神に祈っているので、その習慣がいつから始まったのかは定かでは無いが、彼女にとって何かつらく寂しいことがあったのだと言うことは、朧気に覚えていた。

 しかし起源が分からずとも、家族が少しでも幸せになればと願いを込めてアーシェは誠心誠意神に祈る。


 ──お昼の報告の続きだけれど、魔法には結構種類があるようです。


 魔法の分類法でよく知られている方法は三種類あり、一つは魔法の施行方法に着目した分類法である。

 直接神に祈りと魔力を捧げるもの、呪文や祝詞で魔力を送るもの、魔法陣を使用するものの三つに分類する方法だ。


 次は魔力の消費の仕方に焦点を当てた分類法。魔力を瞬時に消費するもの、継続的に消費するもの、ほとんど消費しないものの三種類。


 最後に属性で判断する分類法である。春夏秋冬の風火水土に昼夜を象徴する光と闇、計六つに分けるものだ。


 ――魔力を使わない魔法って魔法なのかしら。

 ――例を見せるために一つ覚えてみたよ。

 ――準備の良いこと。


 茜が夜のうちに覚えた魔法は《異嚢》という便利魔法だ。早速片手を前に出し、魔導書へと向ける。


「《異嚢/仕舞え》」


 一瞬のうちに魔導書が消え、アーシェと茜の精神世界に全く同じものが出現した。急に現れた魔導書を指でつつくアーシェは、初めて見るものに怯えながら興味本位で匂いを嗅ぐ小動物を彷彿とさせた。


 ──これは?

 ──この魔法で消したものは精神世界で全く同じ通りに復元できるんだよ。


 著作権なんてあったものではないが、これは暇つぶしにはずいぶん便利な魔法だ。


 ――消したものはどうなるの?

 ――ちゃんと出てくるよ。


 茜が念じると消えた魔導書が現実の手元に現れる。精神世界から消えた魔導書は茜が少しだけ魔力を消費すると同じものが出現するが、その複製物を現実世界に出すことはできなかった。


 ――推測だけど。


 一言添えて茜は続ける。

 取り込んだ物体は、その質量を魔力に変換されて、精神世界に構成情報と相応の魔力が保管される。そして精神世界から現実に再構築されるときに、使用者に預けられていた質量分の魔力を用いて再び現実に戻される。

 取り込んだときにほんの少しだけ魔力を消費するのは、構成情報を保存するために必要な魔力なのかもしれない。


 この仮説が正しい場合、裏を返すと質量に相当する魔力と、正確な構成情報があれば、魔力から物質を生み出すことも可能になるはずである。


 ――でも少しの質量を発生させるには莫大なエネルギーが必要になるから、私の許可なく実験しちゃだめだよ。最悪精神世界のあーちゃんが消えちゃうかもしれないから。

 ――貴女に主導権を握られるのは癪だけれど、承知したわ。


 ちょうどそのとき、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。そしてアーシェの返事を待たずして扉は開かれ、セリア率いる扈従部隊が寝室になだれ込んできた。


「ほ……」


 入り頭にアーシェを見てその姿に凍りつく。

 セリアたちの目に入ったものとは、飛行魔法で動くことに慣れる為に、自身とその周辺の家具に魔法をかけ、宙に浮かしている主人の姿だった。

 一見無重力空間での浮遊体験に見えなくもないが、実際重力は存在し、アーシェの長い髪の毛も寝台の上に垂れている。


「本日も神の祝福を授かり、ご尊顔を拝せられた謝恩と共に神々に祈りを捧げることをお許し下さい」

「許します」


 一瞬詰まったセリアだが、目を伏せ何事もなかったように挨拶をする。それに対してアーシェも平然と挨拶を交わして周囲の人間を置き去りにした。


「姫様、お召し物をご用意致しましたので、寝台にお降りくださいませ」


 セリアに言われて魔法を解く。周囲の浮遊物は次々と元の場所へと戻り、アーシェの寝室は以前と何も変わらない姿へと巻き戻る。


 次いでセリアは寝台の上に立つアーシェの服を瞬く間に脱がし、一瞬にして主人の裸体を露わにさせる。

 外気に触れるアーシェの身体が冷えないうちに、新しい衣服を着させられ、あっという間に手首から足首まで一切露出のない姿に変わった。

 最後に純白の薄手袋を着け、長靴のように長い白足袋を履いたら、公姫殿下の完成である。


 ――ずいぶん軽い衣服だけど、何の素材でできているの?

 ――聞けば良いのではなくて。


「姫様はお身体もお肌も丈夫ではございませんから、下着と間着はハクランで上着はタプルルでしょう」


 聞いたことのない単語にアーシェと茜は内心眉をひそめる。


 タプルルとは魔物の樹木、魔樹の名称らしい。タプルルの実を魔法で加工してできる繊維は着色し難い代わりに汚れが付き難く、伸ばしたり破いたりすると周囲の魔力を吸い取り徐々に元の形に復元する性質がある。


 その上一週間ほど使用者の魔力に晒しておくと使用者にとっては羽のように軽くなり、パールでは貴族の召し物として一般的なのだとか。

 ただし通気性と吸水性はあまり期待できないので、普通は別に下着を用意するのだそうだ。


 一方ハクランはシュシュという鳥が産む卵の殻らしい。その卵の殻は極細の繊維でできており、卵を産んでから三日以内に人の魔力で満たすことで、純白の糸が取れるようになる。


「過去に姫様も魔力をなじませるためにハクランを抱いてお休みになった事があるのですが、覚えておりませんか?」

「まったく」

「まだ二つの時でしたから」


 ハクランから作られる被服は使用者の魔力を放つものを取り込んで分解しようとする性質がある。つまり汗や垢、匂いからシミまであらゆる汚れを吸収し、消し去ってしまう。主婦にとっては夢のような生地である。

 夢のような生地ではあるのだが、魔法を馴染ませた者以外の汚れに対しては通気性も吸水性も最悪な生地であり、少しきれいな生地でしかない。


「お召し物に関心をお持ちになったのですか?」


 目を輝かせて主人の嗜みを開拓しようと試みるメリッサ。彼女は城内で悪名高き「綺麗好き」だった。潔癖という意味の方ではなく、可愛さを愛で、美しさに恋する無類の流行家だ。

 自分が右筆という身の上のため、着飾ることを許されないメリッサは、日々自身の主人を如何に可愛く着飾るか試行錯誤をしているのだった。


「そのお話はまた後日致しましょう」


 過去に一度だけメリッサの話に付き合った事があるのだが、如何にアーシェが規格外の儚さと可愛さを持っているのか、延々と垂れ流された記憶は、アーシェの中では比較的新しい。

 今回はきっぱりと断って、過去からの成長を示すアーシェだった。




 二の鐘が鳴り響き、アーシェは読んでいた魔導書をしまって食堂へと向かう。

 アーシェの側近たちの順応力は凄まじいもので、昨日まで見せなかった魔法の数々を披露しても、大いに褒めはすれど驚きはしなかった。


 アーシェは努力家である。

 これは側近たちの共通認識であり、紛れもない事実だ。歴史、算術、神事に識字。本来であれば貴族の子どもが学院の低学年で覚える内容を歳五つにして制覇した裏には並々ならぬ努力があった。


 近衛は知っている。夜な夜な音を立てずにこっそり起きて、勉強に励んでいたことを。

 右筆は知っている。自分たちが話す言葉一つ一つを吟味し、文字に書き起こして覚えていたことを。

 扈従は知っている。普段の動作一つ取っても作法に注意を払い、決して失礼のないように努めていることを。


「しかし姫様。夜ふかしはいけませんよ」

「き、気をつけますわ」


 ──茜のせいで怒られてしまったじゃない。

 ──ごめんなさい。一応健康に悪いと思って早めに寝たつもりだったんだけど。


 大変不本意であると言ったむくれ顔になりながら、アーシェは食堂に到着した。しかし食堂を見渡すと、昨夜は仕事の都合上在籍していなかった第二夫人が、席に着いているだけだった。


 ――今朝はお二人もいないみたいだね。

 ――おかしいわね。


御御扇(おみおうぎ)麗しゅう存じます、ロベルティーネ様」

「アーシェリット様もご機嫌麗しゅう存じます」


 ロベルティーネと軽い挨拶を交わし、アーシェは父の不在を尋ねる。

 ミリアシルの寝室はアーシェの部屋よりも食堂に近く、歩く速度も速い。普段であればこの時間は既に着席していることが多く、アーシェよりも遅く来ることなんてここ数日なかったことだ。


「ミリアシル様はエルミニク様とともに賓客と饗筵(きょうえん)に着かれていると聞いております」


 どうやらその賓客とは随分なお国の重鎮で、ミリアシルといえど急な訪問でも断れなかったらしい。内務卿自らが接待するとは、よほどのやんごとなき身分の方が来られたのだろう。

 そう解釈したアーシェは義母とともに食事を取る。


 アーシェとロベルティーネの関係は悪くない。特別良いというわけではないが、少なくとも嫌悪し合う仲ではない。

 そもそもロベルティーネと出会ってからまだ数日である。互いに相手のことなんて知らないし、嫌いになる要素も好きになる要素も持ち合わせていない。少なくともアーシェはそう思っていた。


 アーシェがリスクを冒して歩み寄るべきか、このまま不干渉を貫くかを考えていると、先にロベルティーネが接触を図る。


「アーシェリット様」


 ナイフとフォークを手放して口を拭う。アーシェと茜は緊張を隠しながら義母と対峙した。


「表情が隠しきれておりませんことよ」

「も、申し訳ございません」


 お叱りを受けた恥ずかしさに唇を強く噛む。

 貴族は感情を抑え、殺し、隠さねばならない。それは魔法の施行、魔力の扱いは感情に大きく左右されるからだ。感情を高ぶらせると魔力の制御が利かず、望まぬ結果になる可能性がある。そんな危険な存在は貴族としてあってはならない。

 完全ではないとはいえ、貴族の教育を受けたアーシェにその言葉は重くのしかかった。


「聞説、魔法の智を育まれていると」

「はい」


 攻撃的な魔法はまだ覚えていないが、アーシェの魔力は魔法がなくとも人を傷つけることもできてしまう。


「力を制御できない者が力を求めるものではありません」

「……承知、しております」

「貴女は賢いですが、魔法を扱うにはまだ心も体も幼い。感情を抑えられないのであれば、魔法を覚えるべきではないと存じます」


 正しく使えない力を心身ともに未熟な子どもに持たせるわけにはいかない。それは本人だけでなく周囲の人間までも不幸にさせる。

 アーシェにそれを押し通してまで魔法を学ぶ覚悟があるか、目的があるのかと、ロベルティーネの鋭い眼差しは言外に問う。


「わたくしは一刻でも早くお父様のため、領地のため、そして御国のために成長しなくてはなりません。ロベルティーネ様が感情を捨てろと仰るのなら、わたくしは己が心を殺めます。未熟と仰るのなら、成せるところを育みます」

「……左様ですか」


 瞳を閉じて何かを考え込むロベルティーネは、不意に自らの右筆を呼び、セリアに細長い箱を渡す。


 目配せでセリアに開けるよう促し、その意を汲み取ったセリアとメリッサが慎重に梱包を解くと、彼女たちは驚きに目を細めた。

 危険物では無いことを確認すると、側近たちは丁寧に箱へ戻しアーシェに渡す。


 受け取ったアーシェの瞳に映ったのは一本の扇子だった。

 美しい装飾が施されているそれを手に取り恐る恐る広げると、肌色の扇面には儚くも暖かく、それでいて中央に居座り決して引かない勇ましさを感じさせる桃色のとても美しい華が彩られていた。


 親骨には伸びゆく蔓を彷彿とさせる柄があり、要には小石を囲むように小さく精密な魔法陣が描かれていた。


「感情を殺せないのなら、まずは隠すところから始めなさい。扇の扱いは存じていらして?」

「いえ、まだ習っておりません」

「では後ほど私の部屋へお出でなさい。嗜みを示して差し上げますわ」


 その後二人は何事もなかったかのように食事を再開する。一言も交わさずに終えたその食事は、いつもの味よりはっきりと感じられた。



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