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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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011.予兆

 アーシェの夜は早い。

 数日前までは、夏は日が沈む前に夕食を食べ、地平線に沈み切る前に入浴を済ませ、辺りが闇に包まれるのと共に床に就くのが日常だった。


 五年間続けてきた習慣がたったの数日で廃れるはずもなく、今日も例に漏れず、食後の読書を済ませ、胃を落ち着かせたアーシェは側近を連れて湯殿へと向かった。


「姫様、先はどの様な本を読んでいらしたのですか?」


 セリアはアーシェの身体を丁寧に洗いながら、そんな言葉を投げかける。


「風の魔導書よ」


 魔法は神々の御力により発現する正真正銘の神の御業である。そんな神は神として生まれた時から六つの属性に分けられるらしい。

 属性はそれぞれ風・火・水・土、そして光と闇である。前四つはそれぞれが季節に対応しており、後ろ二つは昼夜を意味する。


 火は風を消し去り、水は火を食らい、土は水を飲み干し、風は土を劣化させる。光と闇も同様に互いを循環させる事によって自らを永遠に高めるのだとか。


「かの属性の魔法は習得者こそ多くないものの、使い勝手は良い物ばかりと聞きます」


 直感的に水は生きるために必要で、火は攻めを、土は守りを、そして風は速さである。しかし悲しい事に、現代軍用魔法の重きは攻撃と防御に置かれており、いくら速かろうと圧倒的な暴力の前では為す術もなく倒れるというのが通説である。


 ――とりあえず全部頑張ってみようね。

 ――貴女頭良く見えて実のところお馬鹿よね。

 ――失礼な。考えるだけの知識がまだ足りないだけだよ。


 このセルヴ領がある国、パール王国は人間の国家でたった三つの、()()()()()()()()がいる国だ。西のアクアマリン、東のカーネリアン、そして北のパールである。その三国以外の小国には魔力を持つ者がおらず、貴族階級はいるが本当の意味での貴族はいない。


 三つの古国では貴族とは魔力を扱える一族のことを言い、魔力がなければ等しく平民である。大国の貴族は、小国の貴族が魔力も持たずに特権を振りかざし、我々と同じ地位に立つことを快く思っていない者が多い。


 ――そもそも魔力で国土を治める義務を負う代わりに、一部の特権を与えられるのが貴族だというのに、何の力も持たない平民がどうして貴族になれると思っているのかしら。


 というのが大国貴族の所感である。


 アーシェ曰く三国の農業や工業、あらゆる分野に魔法が関わっているらしい。

 季節の境目に奉納式と言う式典があり、その中の一つに奉還の儀という神々に魔力を奏上する儀式がある。城内にある聖泉に領内の貴族の全員が魔力を送り、その魔力量によって、農作物や鉱物などの収穫量も左右されるそうだ。


 茜がそれを聞いたときは耳を疑ったが、魔法というものがあるのだから、きっとそうなのだろうと考えるのをやめた。


 ――茜。あのね。

 ――なに?


「ねぇセリア。もしもわたくしがお城を出ると言ったらどうしますか?」

「お買い物ですか? 閣下に許しを貰わねばなりませんが、得られたのなら、わたくしたちも付いて参りますよ」

「そう」


 ──先ほどのお話、覚えているかしら?

 ──あー、派遣組織の話?

 ──冒険者組合のお話よ。


 この世界には魔物なる生き物が存在する。魔物は魔力を多く持った知性なき生き物であり、動植物と明確な区別はない。しかし一般に、魔物は保有する魔力によって、動植物よりも強い攻撃力を発揮するとされている。

 多くの魔物は魔力を持つ者を捕食するが、少しとはいえ魔力を持つ平民も対象となる。


 加えて小国は、魔力による安定した生産を行うことができず、少しでも豊かな土地を巡り奪い合っている。

 そこで魔物の恐怖に立ち向かった小国の平民たちは、冒険者組合という名の傭兵組織を設立した。

 各冒険者は特定の地方支部に所属し、平民や貴族からの依頼を受けて魔物討伐や紛争介入と言った戦力を提供したり、貴族の力が届かない下町の整備や、治安維持に務めたりすることもあるそうだ。


 ──ふむ、それで?

 ──わたくしも冒険者になれば自立できるのではないかしら。

 ──うーん、難しいんじゃないかな。


 就職というものは自立した人間でないと出来ない事だ。

 アーシェの場合は順序が逆で、自立するために親元を離れることは、不可能とは言わないが非常に難しい。

 また、聞いた限りでは冒険者と言うのは非政府組織の武装集団である。そんな集団にアーシェを加えることを両親が許すはずがないだろう。


 そんな理詰めの説得をしたら、アーシェの精神は塩をかけたナメクジのように萎んでいった。


 ──まあ、この評価は私の常識を元に言っているから、この世界と私たちの世界とでは常識が違うかもしれないけどね。


 いくら茜でも、無条件に幼子の夢を壊すほど冷徹にはなれなかった。


「姫様、終わりましたよ」

「ん」


 隅々まできれいに洗われたアーシェは、新しい湯で身体を流し、泡を落とした。




 風呂を出たら後は寝るだけだ。

 この国の貴族淑女は、騎士となる者以外、滅多に髪を切らないらしい。

 切るとしても現状維持以上は切らずに、決して以前より大胆に短くするようなことはしない。


 騎士は髪を切る。すなわち、美を捨ててでも主に仕えると言うことに美徳を感じる文化があり、騎士以外が散髪をすることは、はしたない行為とされている。


 そのためアーシェの髪は身長以上の長さがあり、普段は三分の一あたりで一度上に折り返し、髪留めで止めて再び髪を垂らしている。

 そんな長い長いアーシェの髪を魔法で丁寧に乾かすこと十数分、ようやくきれいさっぱり乾いた髪を再び結って寝室に戻った。


 アーシェが寝室に付く頃には既におねむの状態に入っており、セリアに手を引かれながらノロノロと部屋に入る。


「こちらです」

「ん……」


 寝台に潜り込み、セリアに掛け布団を整えてもらう。枕の位置を微調整し、力の抜けたアーシェの身体を正し、ほぼ寝ている状態で全ての行動をセリアに任せる。


「皆々様に明日も神々のご加護がありますように」

「神に祈りを。お休みなさいませ、姫様」


 夢現にも祈りを残してアーシェの意識は深きに沈む。乱れた髪を分けて整えたセリアの手は優しく頬から離れ、そのまま音もなく退室をした。




 アーシェが寝付いてから数分が過ぎたところで茜の支配下となった肉体は動き出す。


「ふむ」


 昼と同じく軽く運動し、加えて寝台の上で柔軟をして、つま先から髪の先までとことん調べる。


「私が操作し辛いのは二つの意思による反発作用だと思っていたけど、やはりダメか。まあお昼の精神分離の時点で分かっていたことだけど」


 わざわざ口に出す事によって仮説の間違いを自分に強く再認識させる。

 鈴のように透き通った声はとても自分の声とは思えない。過去の私は声変わり前からどちらかというと低めの声だったので、音楽の時間は常にアルトのパートで参加していた情景が朧気に浮かび上がった。


 脳や身体の構造が違うのか、急激な身体の変化で思考の制御が順応していないのか。後者ならまだしも前者となるとお手上げだなぁ。


 後者であることを願いつつ、ベッドの横にある棚から読みかけの本を手に取り、アーシェが望んでいたものとは別の魔法の習得を試みた。

 過去に子供が頑張って組み立てていたものを横取りして完成させてしまったことがある。その時の子供は一時的にとはいえやる気をかなり削がれてしまい、更生に苦労した覚えがあった。


 茜が本気でアーシェの身体を乗っ取ろうと思えば、方法はいくらでもある。身内の命、家の名、アーシェの精神など人質に出来るものも多い。

 しかし茜はそれを望まない。相手が社会不適合者や悪人なら話は違っただろうが、アーシェはまだ一桁前半の幼子だ。排除するなんて論外だし、もしも計画の邪魔になるようなら茜色に教育すれば良い。

 良くも悪くも今後のアーシェは私という存在に大きく左右されるだろう。


「あーちゃんにも、そのご家族にも、迷惑はかけたくないし、今後の言動には気を付けないと」


 そう思い、数冊を読み終わった後これ以上の夜更かしはアーシェの健康上よろしくないと判断し、床へ就いた。



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