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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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010.これが家族との楽しい食卓?

 カチャカチャと、城の食堂に食器がぶつかる音が響く。

 アーシェにとっては慣れ親しんだ料理だが、茜にとっては未知なる生物の摂取。中々に度胸のいる行為であるのだが、一口、また一口と食べている間にそんな心配も吹き飛び、今ではすっかり吟味するにまで至っていた。


 アーシェの後ろにメリッサとレオノーラの姿はない。

 側近も食事を取らなくては午後の業務に支障が出るため、別室で食を取っているのだ。そのため、今いる側近はセリアのみで、同席しているミリアシルの側近もごくわずかだ。


 わずかといってもまだ幼いアーシェとは異なり、そもそもの護衛の数が違うため、ここにいる人数も近衛と右筆が二人ずつで、計四人がついている。


「…………」

「…………」


 ──この料理、美味しいね。

 ──そうね。

 

「…………」

「…………」


 この家の規則として、子どもの通過儀礼である奉納式を迎えた後の家族は、できるだけ揃って食べるという慣例がある。しかし、朝食や昼食は両親が王城務めということもあり、別々に取ることが多い。


 では何故王城務めであるミリアシルと食事をしているのか。

 王城のある王都は、このセルヴ領から決して近くはない。馬車で安全に行こうものなら四日はかかるだろう。

 しかしアーシェの両親が、こうして毎日自宅に帰っていられるのは、転移魔法陣なる特定の陣同士を自由に行き来できる魔法があるからだ。


 これを聞いた瞬間、茜の脳には数十もの利用方法が思い浮かんだのだが、王都と領地を往復するとなれば莫大な魔力を必要とするので、物資の輸送としてはよほどの緊急時でなければ使われないらしい。


 しかし茜は恐れを知らず、聞くだけなら時間はかからないという勢いで、ミリアシルに質問をしようとし、その気配を察知したのかアーシェが全力で阻止してきた。


 ──お父様は忙しいのだから、わたくしとお話ししている時間なんてないの。今だって黙々とお料理を食べているじゃない。お父様の少ない自由な時間を侵す事なんてあってはならないわ。

 ──別に少し魔法陣を見せてもらうだけだし、そんな時間取らせるつもりないんだけど。それにこんな会話の一切ない食事なんて一緒に食べる意味あるの?


 そして茜の力説により、取り敢えず聞くだけなら大丈夫だろう、しかしお父様に不快心が見られるようなら、即刻やめにしよう、という事になった。


「あ、あの……お父様」

「む、どうした」

「城内の魔法陣の閲覧許可を頂きたいのです。今わたくしは魔法陣の基礎を学んでおりまして、許可が下りる中で、できるだけ多くの魔法陣を実際に拝見したいのです」

「ほう」


 ミリアシルは手を止めて暫く考える。

 別に魔法陣を見せる事には問題はない。公爵家の一族として城内の魔法陣を把握させておく事は今後必須案件となり、いつしか教えるべきだと思っていたからだ。

 それに、既に二年近く余裕を残して、七歳までの教育課程を修了しているアーシェには、可能な限り早い段階で新しい事を学んで欲しいとも思っていた。


「問題ないが、許可を与える上で一つだけ条件がある」

「いかようにも」


 その条件とは、決して魔法陣に触れてはならないという内容だった。もちろん万が一にでも壊してしまったり、発動させてしまったりしたら危険なことこの上ないのは理解しているし、そんな危険を冒すつもりもない。

 アーシェと茜はその条件に快諾し、ミリアシルの右筆を一人引き受ける。


 いつの間にか食べ終わっていたミリアシルは、アーシェに右筆を預けて中央へ向かい、午後の執務に取り掛かった。父を見送ったアーシェは追うようにして、いそいそと食事を終えて臨時の部下に案内を命じる。


「では、お願い致します」

「承りました。アーシェリット姫様」


 レオノーラとメリッサを回収し、セリアに暇を与える。魔法陣の見学は、アーシェの足取りを軽くした。




「これは何かしら」

「その魔法陣は接続された魔法陣の上に物体があるかどうかを検知する魔法陣です」


 高等な魔法陣になるほど、魔法陣の中に幾つもの魔法陣が組み込まれており、転移魔法にもなると三重四重にも重ねられているものだ。


 興味を抱いたアーシェの集中力は素晴らしいもので、昼食後から六の鐘まで、一切休憩を挟まずに魔法陣の研究をしていた。何よりすごいのは、その行為を全く苦に思わないところだろう。


 結論から言うと、独学での魔法陣の解析は不可能というわけではないようだ。

 ひたすら黒板に小さな魔法陣を書き写し、覚えては消して、覚えては消してを繰り返す。そして完全に覚えたものは精神世界へ映し出し、アーシェと茜でより詳しい観察を行った。


 ――これは制御の魔法陣。

 ――ほお。

 ――これは特定の魔法陣と接続するための魔法陣。

 ――へえ。


 学院で学ぶ魔法陣学なるものは、小さな魔法陣を覚えて大きな魔法陣を組み立てるものらしい。つまりは魔法陣学における最小単位は基本的な魔法陣であり、そこに書かれているアルテスセルモの解読は、魔法語学で学ぶ内容だとのこと。


 ――やっぱり語学から学ぶ必要があるみたいだね。

 ――貴女の国のことをもっと教えて頂けるのならわたくしが教えて差し上げても良いわよ。

 ──そうだね。近いうちに教えてもらおうかな。


「姫様。じきに日が落ち足下が暗くなって参ります。夏とはいえ夜は冷えますので、もうお部屋に戻りましょう」

「そうですね。シュミット様、本日はわたくしの為にお時間頂き誠にありがとう存じます」


 側近でもないのに、研究の間、ずっとアーシェの傍らについて、魔法陣の知識を授けてくれた文官に祝福を与え、感謝の意を伝える。


 その後一行はゆっくりとアーシェの歩幅で部屋へと向かった。




 七の鐘がなり、アーシェが食堂についた頃には、両親と夫人たちは既に席についていた。


「アーシェが最後とは珍しい」


 アーシェが座る席の向かいに座っている女性が声をかける。その声にピクリと反応し、急いで自分の非を謝罪した。


「大変申し訳ございません。以後この様な事がないよう細心の配慮を心掛けますので、どうかお許し下さい」


 アーシェの正面に座るは内務卿近衛が一人、エルミニクである。

 しかし、普段であれば主の前では決して武装を解かない、職務に忠実な姿は、今の彼女に持ち合わせていなかった。それはここに呼ばれた理由が近衛としての参加では無いからだ。


「いえ、構いません。寧ろアーシェが気負わずに、わたくしたちに迷惑を掛けてくださる方こそ、嬉しく存じます」

「お心遣い、感謝致します。お母様」


 エルミニクは領主の近衛でありながら第一夫人である。

 この国では配偶者が主人の近衛や右筆を務めることも珍しくはなく、側近を連れて行くことができない集まりで、護衛や助言に長けた夫人を連れて向かうことは、暗黙の常識であった。


 アーシェが席につくと早速食事が運ばれてくる。一通り並べられたところでミリアシルが食前の祈りを唱えた。


「合掌」


 祈りは賓客以外の、最も地位が高い者が行う慣わしであり、この場合は家長であるミリアシルが担当する。


「天高く浩々たる三輪国に御座し給うは穣神」


 ミリアシルの低く渋い声とその場の空気に押され、茜も精神世界で共に祈りを捧げていた。


「下賜せられた神の恵みは我らの血と肉と、魔力となり天上へ還御させ給う」

「廻りを与え給うた神々に、感謝と祈りを捧げん」

「神に祈りを」


 ──神に祈りを。


 茜も試しにアーシェと同じように魔力を乗せて祈ってみる。するとアーシェの体からはいつもの一・五倍ほどの大きさの光が放たれ、それに気づいたミリアシルはアーシェを窘めた。


「奉納する魔力は周りに合わせなさい」

「も、申し訳ございません」


 ――茜ぇー!

 ――いやぁ、面目ない。


 精神世界でアーシェに平謝りする茜は、自身が祈りでの魔法も扱えるのだと冷静に分析していた。

 魔力の制御が精神的なものに依存している分、魔法陣での魔法よりも扱いが難しいが、慣れればこちらの方が融通が利くだろう。


「アーシェ、魔法の研究は順調か?」


 何の肉だろうと味わって食べていると、ミリアシルが研究の進捗を尋ねてくる。茜にとっては同居人と実父の和やかな団欒だったのだが、アーシェにとっては一大イベントだった。


 アーシェが両親たちと食事にするようになったのは、つい四日前のことだ。食事中にミリアシルの方から話しかけてくることなんて、初めての出来事であり、小さな少女は内心慌てふためいていた。


 ──ど、どうしましょう茜、まだお父様が納得されるほどの成果を出せていないわ。

 ──経過報告をしてほしいんじゃないの?


「ミリアシル様はアーシェに魔法を教えているのですか?」

「いや、残念ながらそんな時間はないからな。今は書庫の鍵を与えているだけだ」

「そうですか……あの書庫の」


 エルミニクは嫌忌するように呟いた。

 あの書庫に何かあったのか、思い当たる節がない茜は疑問に思っていたが、アーシェには心当たりがあったようだ。


「そう言えば、あの書庫で奇妙な四人に会いました」


 それを聞いた直後、二人の表情が凍りつく。


「……何か言っていたか?」

「魔法を教えて頂きました」

「……どのような魔法を教わったのですか?」

「《体力回復》や《浄化》などです」


 先の実験で分かったことだが、魔法は意志がなければ詠唱しても発動しないらしい。しかし例外もあるようで、その例外が起こる条件は今のところはっきりしていなかった。


「どれも実用的な中級魔法じゃないか」

「然様でございますか?」


 ──中級ってすごいの?

 ──知らないわ。


「アーシェの将来が楽しみですね」


 ──どうやら凄いみたいだね。

 ──転移魔法ももう使えるわよね。何故言わないの?

 ──物を飛ばしたりはしたけれど、自分自身はまだだから。取り敢えず生物の転移に成功したらね。

 ──慎重すぎないかしら。

 ──報告書に願望を書く訳にはいかないよ。


 未知の技術である魔法は何が起こるか予想がつかない。魔法陣を少し弄れば世界を火で包んでしまう可能性だって否定できないのだ。


 実験中、アーシェには茜が死んでからの事をある程度話した。

 と言っても伝えられる事はあまり多くなく、過去に天才と呼ばれた者達がこの世を開発しに来ているということ、その中には私の知人もいるということ。この程度だった。


 ──……本当に貴女たちはこの世界を侵略したりしないのでしょうね。

 ──少なくとも私はしないよ。侵略したところでもう日本には帰れないのだからね。


 両親が我が子の才能について話し合っているのを他所に、私とアーシェは談話をしながらせっせと食事を済ます。

 まだミリアシルに報告できるような成果を上げていないのだ。もっと精進して、少しでも父の助けになりたいと思う少女に、休んでいる暇なんてない。


「神に祈りを」

「あぁ、少し待て」


 ミリアシルが少し思いつめた表情でアーシェを呼び止める。

 そんな時に、普段は無表情を崩さない父の素顔を新鮮に思ったアーシェは、家族以外には見せない表情を伺えた優越感と、そんなくだらない事を考えてしまった罪悪感で板挟みになっていた。


「明後日から二週間、女王陛下が各地を巡幸されるので、私の仕事はしばらく安定する。私が直接携われるわけではないが、その間にお前の魔法の適性を検査してみようと思ってな」

「適性、ですか?」

「簡単に言うと得意な魔法と不得意な魔法の選分だ」


 ミリアシル曰く魔法の適性を調べるにはある程度魔力の扱いに長けている必要があり、普通の貴族は七歳の奉納式にて適性を調べられる。

 アーシェは既に幾つかの魔法を習得しており、それらが自在に扱えるのであれば魔力の扱いについては心配はいらない。


 本来ならば、どのような魔法を習得するかの目安にするための検査であり、アーシェの場合は目を離した隙に順序が逆になってしまったとのことであった。


「精密に測るには多少の準備期間が必要になるが簡易な物であれば手持ちの素材で事足りる。其方が既にその領域まで進んでいるのならば早急に検査をしたい」

「畏まりました。それまでにわたくしが備えておくべき事項はございますか?」

「これといってはないが、できるだけ健康な状態で検査がしたい。今まで通り健康的な生活を心がけなさい」

「格別のご配慮、痛み入ります」


 ミリアシルはアーシェが魔法陣の前で日課の昼寝も忘れて魔法陣の勉強につきっきりだったことを右筆からの報告により知っていた。検査のためという口実もあり、ここぞとばかりに遠回りにアーシェの身を案じていたのだが、当の本人には全く伝わっていなかった。


 ──適性検査だって。

 ──良い結果が出れば良いのだけれど……。


 一抹の不安を抱えながら、アーシェはセリアを連れて自室へと戻った。



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