桜舞う古都の街 シノノメ
「うわあぁ……! 綺麗……! 世界には、こんなに優しいピンク色もあるんだね!」
プランタン号の甲板から身を乗り出し、
エーテル・ヴィアトールは満面の笑みでパチパチと手を叩いた。
鉄と煙の街フェルムを無事に旅立ち
(ドワーフの親方からは「お転婆だけど、街を救ってくれた最高の魔術師だ!」と特製のスパナを笑顔で贈られた)、羅針盤に導かれて数日。
雲海の向こうに見えてきたのは、
これまでの西洋風の国々とは全く異なる、
神秘的な東洋の異郷だった。
そこは、年中美しい桜が咲き誇り、
風が吹くたびに淡い花びらが吹雪のように舞い散る郷――四季の八重桜郷『シノノメ』。
瓦屋根の美しい木造建築が並び、
どこか懐かしいお香の香りが漂う街では、
誇り高い龍の角を持つ「龍人族」や、
愛らしい「猫又族」が着物を粋にまとって暮らしている。
「本当に綺麗なところだな。おいエーテル、今回は最初から歓迎されての着陸なんだから、綺麗に格好良く降りてくれよな?」
エーテルの足元で、風に吹かれながらヒゲを整えているのは、使い魔のアルトだ。
和の風情に合わせようとしたのか、
今のアルトは『眼鏡をかけた、ちんまりとした可愛い招き猫』の姿に変身している。
「うん! 任せてアルト! ――『世界よ、桜の航路を開け(チェリー・パレット)』!」
エーテルがピンク色の髪をなびかせてタクトを振るうと、プランタン号の周囲に、街に負けないほど鮮やかな桜色の魔力光が円を描いて広がった。
それはまるで、
空中船を迎えるための優美な光の絨毯のようだ。
プランタン号は、
郷のシンボルである巨大な五重塔のふもとにある着陸場へと、一滴の衝撃もなく滑らかに滑り込んだ。
「ようこそ、遠方からの旅人さん。私はこの郷の案内人を務めるコハクです」
船を降りた二人を迎えてくれたのは、立派な角と長い尻尾を持つ、物静かな龍人族の青年、コハクだった。
「初めまして! 私はエーテル・ヴィアトール。こっちは使い魔のアルトです! 街中がとっても綺麗で、お団子のいい匂いがして、もう最高の街ですね!」
「はは、歓迎していただけて嬉しいです。ですが……実は今、郷の桜たちに異変が起きていましてね」
コハクは少し困ったように、五重塔の頂上を見上げた。
そこには、郷のすべての桜の生命力を支えているという、透き通った巨大な結晶『勾玉の御神体』が祀られているのだが、その輝きが今、どんよりと濁ってしまっているという。
「御神体の力が弱まり、このままでは郷の桜がすべて枯れてしまうかもしれないのです。腕の立つ魔術師を探していたのですが……」
「それなら、私にお任せください! 困っているなら、放っておけないもん!」
エーテルは胸をドンと叩き、元気いっぱいに微笑んだ。
彼女は世界最高峰の10人の魔術師に贈られる称号―
―『十聖の魔術師』の一人。
その優しくも強大な魔力なら、
きっとこの危機を救えるはずだ。
「ありがとう、エーテル殿。では、五重塔の最上階へ案内しましょう」
コハクに導かれ、五重塔の最上階へと登った一同。
目の前にあるのは、
元気を失って暗く沈んだ『勾玉の御神体』だ。
「よし、私の色彩の魔術で、元の綺麗な色に戻してあげるね!」
エーテルがそっと両手を御神体に触れ、
温かい魔力を注ぎ込もうとした、その瞬間だった。
ピキィィン……! と御神体が激しく共鳴し、
エーテルのピンク色の髪がまばゆい光に包まれる。
「わわっ!? なんだか、引っ張られる――!?」
「エーテル!?」
アルトが手を伸ばすよりも早く、
御神体から放たれた眩い光の渦がエーテルを包み込み、
なんと彼女の身体は、
御神体の『結晶の内部(精神世界)』へと
一瞬で吸い込まれて消えてしまったのだ。
「大変だ! 御神体が、彼女の強大すぎる魔力を『異物』と誤認して、防衛結界の中に閉じ込めてしまった!」
コハクが驚愕の声をあげる。
一方、気がつくとエーテルは、一面が淡いピンク色の光に満ちた、果てしない空間の中に立っていた。
そして彼女の目の前には、御神体の奥底で眠っていた、
この郷の守り神である『幻影の白龍』が、
主を失ったことで暴走しかけた状態で静かに
蠢いていたのだった。
「うわぁ……! すっごく綺麗な白い龍の神様! ――でも、ちょっと寂しそうな色をしてるね」
一人きりで未知の空間に取り残されたというのに、
エーテルは怖がるどころか、
その瞳をキラキラと輝かせ、
龍の神様に向かって一歩を踏み出すのだった。
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