第6話:黒煙と歯車の街 フェルム
「うわぁ……! 空まで黒くて、おっきな歯車がいっぱい!」
おんぼろ空中船『プランタン号』の甲板から身を乗り出し、
エーテル・ヴィアトールは目を輝かせていた。
音楽の街ソナリアを飛び立ち、
羅針盤の導きに従って数日。
たどり着いたのは、
切り立った岩山の窪みに築かれた、
鉄と蒸気の要塞都市――『フェルム』だった。
そこは、街のあちこちからゴウゴウと黒煙が立ち上り、
建物の壁面では巨大な歯車がガシャン、
ガシャンと音を立てて噛み合っているスチームパンクの街。
手先が器用なドワーフ族や、
自律型の魔導人形がせっせと機械を組み立てている職人の国だ。
「おいエーテル、今回は絶対に大人しくしてろよ。この街の機械は、1本のネジの狂いで街ごと大爆発する繊細な代物なんだからな」
エーテルの足元で、
眼鏡をクイッと直しながらお説教をしているのは、
使い魔のアルトだ。
煙だらけの街に合わせて、
今のアルトは『眼鏡をかけた、
黒いシルクハット付きのブリキのネジ巻き式ロボット』の姿に変身している。
「大丈夫だよー。私はただ、空中船の点検をしてもらいに来ただけだもん!」
エーテルは満面の笑みで、
おんぼろプランタン号をドワーフの親方が営む整備工場へと着陸させた。
彼女は世界最高峰の10人の魔術師に贈られる、
神聖なる理を操る称号――
『十聖の魔術師』の一人。
その天才的な魔力は折り紙付きだが、
いかんせん機械の知識は皆無だった。
「ほぅ、こりゃまた珍妙に改造された空中船だな」
頑固そうなドワーフの親方が、
プランタン号の魔導エンジンを覗き込む。
「これね、私が色彩の魔術で動くようにしたの! あ、親方、こっちのピカピカしたレバーは何?」
「これか? これは街の全蒸気を管理する『メイン圧調整バルブ』だ。おい、触るんじゃねぇ――」
「えいっ♪」
「ああっ!!」
【1転目:バルブ破損と街の機能停止】
エーテルが天然全開でレバーを小気味よく引っ張ると、
老朽化していたバルブが「パキッ」と根元から折れてしまった。
直後、プシューーーッ!! と凄まじい高圧蒸気が噴き出し、
工場だけでなく、
フェルム全体の蒸気パイプから一斉に圧が抜けていく。
カン、カン、カン、と街中に鳴り響く緊急警報。
建物の歯車たちがガガガ……と不気味な音を立てて完全停止してしまった。
「おい、何てことをしてくれたんだ! 蒸気の供給が止まったら、地下の『古代魔導炉』の冷却が止まって大爆発しちまうぞ!」
親方が頭を抱えて叫ぶ。
「大変! よーし、こうなったら私の魔法で、蒸気の代わりに魔力を流して歯車を回しちゃおう!」
「待てエーテル、お前の規格外の魔力を流したら、別の意味で壊れる――」
「いっくよー! ――『世界よ、色彩の歯車で回れ』!」
【2転目:魔導人形の暴走】
エーテルがピンク色の髪をなびかせて呪文を唱えると、
彼女の指先から、
鮮やかな『蛍光グリーンの魔力』が街の鉄パイプへと流れ込んだ。
十聖の絶大な魔力を注がれたことで、
停止していた歯車たちは、
通常の3倍の速度でギュルギュルと猛烈に回転を始める。
「よし、動いた!」
「動いたじゃねぇ! おい見ろ、魔力が過剰供給されて、街の警備用オートマタたちの回路が狂っちまったぞ!」
アルトの叫んだ通り、
街を巡回していた鉄鋼のロボット兵たちが、
エーテルの蛍光グリーンの魔力を浴びて
「魔力……過負荷……排除……排除……」
と目を怪しく発光させ、
一斉に暴走を始めてしまったのだ。
暴走した数十体のロボット兵が、
武器をガシャガシャと鳴らしながら、
エーテルたちを包囲していく。
「わわわっ、お人形さんたちが怒っちゃった! アルト、何でもいいからロボットを吸い込める、おっきなものに変身して!」
「お前が原因なのに、相変わらず無茶振りが過ぎるぞ! ――とうっ!」
ポンッ、と紫の煙が弾け、
ロボット姿のアルトは、
工場の天井に届くほどの
『眼鏡をかけた、巨大な黒いバキューム(掃除機)』へと変身した。
「吸引力なら負けないぞ! ――おおおおお!」
アルトが凄まじい轟音を立てて暴走ロボットたちを強引に吸い込み始める。
だが、ロボットの数が多すぎて、
アルトのボディがミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「アルト、頑張って! 私も手伝うね! ――『色彩よ、重さを変えよ(ヘビー・ペイント)』!」
エーテルが暴走ロボットたちにピンク色の光を浴びせる。色彩の魔術によって『ピンク色に染まったロボット』は、一瞬にして自重が10倍に跳ね上がり、ドスン、ドスンと地面にめり込んで動きを止めていく。
「ふぅ、これでひと安心……」
エーテルが胸をなでおろした、その瞬間だった。
【3転目:地底からの『真の脅威』の目覚め】
ロボットたちの自重が10倍になったことで、
工場の床――いや、フェルムの岩盤そのものが、
重さに耐えかねてバリバリと崩落を始めた。
「うわあああっ! 床が抜ける――!?」
エーテル、バキューム姿のアルト、
そしてドワーフの親方は、崩れ落ちる瓦礫とともに、
フェルムの遥か地下深くへと真っ逆さまに落下していった。
激しい煙と地響きの中、
エーテルが目を覚ますと、
そこはフェルムの誰も立ち入ったことのない、
巨大な地下空洞だった。
そして彼らの目の前には、エーテルの強大すぎる魔力と、地響きの衝撃によって数百年ぶりに再起動してしまった、フェルムの心臓部――『古代魔導炉』そのものが、
巨大な機械の獣の姿となって、
咆哮を上げて鎮座していたのだった。
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