水と育む街 アクア・ルミナ
「わあああ……っ! すごい、アルト見て! 街中が、水の色でキラキラしてる!」
おんぼろ空中船『プランタン号』の甲板から
身を乗り出し、
エーテル・ヴィアトールは目を輝かせて歓声をあげた。
始まりの街ハルモニアを飛び立って数日。
雲海を抜けたプランタン号の眼前に現れたのは、
巨大な滝に抱かれた世界一の水の都
――『アクア・ルミナ』だった。
そこは、
プロローグの書物にも記されていた「水と育む街」。
大滝から流れ落ちる豊かな水が、
街中に張り巡らされた網の目のカナル(運河)を
サラサラと満たし、
白壁の建物の間を無数の魔導舟が行き交っている。
太陽の光を浴びて乱反射する水面は、
まるで敷き詰められたサファイアのように鮮やかだった。
「おいエーテル、はしゃぐのはいいが、早く船のブレーキをかけろ! このままだと中央大運河に墜落するぞ!」
エーテルの足元で、
不機嫌そうに尻尾をピコピコと揺らしているのは、
眼鏡をかけた『二足歩行の黒猫』――使い魔のアルトだ。
「はーい! ブレーキね、任せて!」
エーテルは元気よく返事をすると、
コックピットの操縦盤へ飛びついた。
彼女は世界に数ある魔術師の頂点、
最高峰の称号――『十聖の魔術師』の一人。
触れたものすべてを己の色彩で染め上げる、
歴史的な天才少女。
――なのだが、その本質は圧倒的な「天然」であった。
「えっと、ブレーキのレバーは……これ、かな?」
「待てエーテル! それは船のレバーじゃなくて、お前がさっき勝手に街の魔導電波からハッキングして繋いだ、『街の中央水門・緊急閉鎖レバー』――」
「えいっ♪」
「ああっ!!」
ガコン、と小気味いい音が響いた。
その瞬間、アクア・ルミナの街全体に、
ズズズ……と地響きが走った。
大滝からの水の流入がピタリと止まり、
街中の運河のゲートが一斉に閉じる。
カナルを満たしていた水が、
みるみるうちに排水溝へと吸い込まれ、
行き交っていた魔導舟たちが一斉に干上がった
泥の上にゴロゴロと横転していった。
「……あ。お水、なくなっちゃった」
「なくなっちゃった、じゃない!! 街の全水門を一斉閉鎖する奴があるか! ほら見ろ、あっちから街の衛兵たちが血相変えて走ってきてるぞ!」
「わわわっ、不審者だと思われちゃう! 逃げなきゃ!」
「お前が原因だよ!!」
プランタン号をどうにか路地裏の不時着スペースに
突っ込ませると、
エーテルはアルトを小脇に抱えて飛び降りた。
背後からは「水門を勝手に閉めた犯人を捕まえろー!」という衛兵たちの怒号が響いてくる。
「アルト、何でもいいから水に浮いて、めちゃくちゃ速く動けるものに変身して!」
「人間以外なら何でもなれるが、水がないのにどうやって浮くんだよ! ああもう、こうなったら!」
ポンッ、と紫色の煙が弾ける。
次の瞬間、アルトは全長3メートルほどの『車輪がついた巨大な黄色いアヒルボート』へと変身を遂げた。しかも、眼鏡をかけたシュールな顔立ちのアヒルだ。
「わあ、可愛い! さすがアルト!」
「いいから乗れ! 漕ぐのはお前だからな!」
エーテルがアヒルの背中に飛び乗り、
全力でペダルを漕ぎ出す。
アヒルボートは、
水が干上がってすっからかんになった
迷路のような運河の底を、
キュルキュルとタイヤを鳴らしながら
猛スピードで爆走し始めた。
「止まりなさーい!」
追ってくる衛兵たちの魔術攻撃(水鉄砲の強化版)が、
アヒルの周囲で炸裂する。
「冷たーい! よーし、お返しだよ!
―『色彩よ、視界を奪え(ブラインド・ペイント)』!」
エーテルがパチンと指を鳴らす。
すると、彼女のピンク色の髪がふわりと輝き、
迫り来る水流の色が、
一瞬にしてベタッとした『不透明なド派手な蛍光ピンク』へと塗り替えられた。
「うわああっ!?
水がピンク色になって前が見えない!?」
「目がチカチカするー! 捕まえ……あ、足が滑る!」
色彩を奪われ、文字通り視界を「ピンク一色」に
染められた衛兵たちは、
干上がった川底で次々とすっ転んでいく。
「ふぅ、やったね!」
「やったね、じゃない! おいエーテル、前を見ろ! 運河の突き当たり、中央広場の大湖だ。水が引いたせいで、何かが地面から競り上がってきてるぞ!」
アルトの叫びにエーテルが顔を上げると、
アクア・ルミナの中心にある巨大な湖の底から、
ゴゴゴゴゴ……と、
見たこともない漆黒の石造りの建造物が姿を現していた。
それは、水門が閉じて水位が限界まで下がったことで、
数百年ぶりに日の目を見た
『古代魔術の海底遺跡』だった。
壁面には、古代の失われた文字がびっしりと刻まれ、
神秘的な青い魔力の光を放っている。
街の住人も、衛兵たちも、
あまりの光景に呆然と足を止め、
その巨大な遺跡を見上げていた。
「……ねぇ、アルト」
アヒルボートを止め、エーテルは目をきらきらと
輝かせながら遺跡を見つめた。
「あそこから、すっごくワクワクする『空の匂い』がする。あの本に書いてあった、神様の島に繋がる色だわ!」
「はぁ……。お前のその、トラブルを奇跡に引っくり返す天才的な悪運には、一生勝てる気がしないよ」
アヒルの姿のまま、アルトは深いため息をついた。
たった一つの押し間違いから、
世界から消されたはずの古代遺跡を
引っ張り出してしまった『十葬の魔術師』。
エーテル・ヴィアトールは不敵に、
そして満面の笑みを浮かべ、
桜色の髪をなびかせて
遺跡の入り口へと歩き出すのだった。
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