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8 不審(竜のせい)

登場人物

グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。

エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。

 結婚式も終わり、新婚夫婦は新居に戻った。


 その日の夕食は結婚式の残り物である。村の女衆が初めから村人達の夕食にも回すつもりで沢山作っていたのだが、何やらずいぶんはりきったようで、翌朝食にも使えそうな量があった。

 酒も同様。グロウもエレナもこの国の法律では飲酒のできる年齢だし、グロウは冒険者時代から好きでよく飲んでいたが、この日持ち帰らされた量は明らかに一晩ぶんではない。



 領主の結婚式では、食事の代金は領主かその実家が負担する。この国の田舎村全般の慣習である。

 その食事が村人達にふるまわれるのも、残り物を持ち帰って良いのもまた慣習である。

 村の女衆がヤケクソのような量を作ったのも、それもまた田舎村全般の慣習なのである。


 領主の結婚式では村中が良い物を食えた――その記憶が支配者と村人達との関係を良くするための、ささやかな一助となるのだ。



「まぁ要らないなら残せばいい。無理して食わなくていいぜ」


 妻にそう言いながら、グロウの前はテーブル狭しと皿が並んでいる。

 昨晩の夕食からして、ここまで大食漢ではない筈だ。エレナは困惑していた。


「それを言うならあなたも同じだけど。残しても誰も怒らないわよ?」


 しかしグロウは軽く笑った。


「だけど日持ちのしない物も多いしな。この料理は実家が金出した物で俺の懐は痛まないんだが、やっぱり気分はよろしくない。これも冒険者なんてやってたせいなのかね」


 この世界に冷蔵庫は無いので、保存の効かない料理は今日中に食べないなら捨てる事になるのだ。

 自分の食費を自分が出す生活では、食べ物を捨てるのは単純に損である。冒険者から貴族に戻ったばかりのグロウにとって、料理を捨てるぐらいなら食べてしまいたいという心理があった。


「ま、騎士で領主となれば体が資本。たまにこのぐらい食って精をつけるのもいいもんだ。それに何より、滅多に無い祝いのために村の人が一生懸命作った物だぜ」


 そう言うと手前の皿にあった茹で鶏の切り身を一気に食べる。


「……こりゃあ美味い。我が胃袋もがんばりたがっているようだ」


 実際に美味しかったのだが、それはそれとして冗談を飛ばすグロウ。

 エレナは……ちょっと呆れたような顔を見せたが、すぐにクスクスと笑った。


「なら私もがんばろうかしら。夫婦は苦楽を共にするもんでしょ」


 そう言ってグロウの前の皿を一つ取りながら付け加える。


「それに、知ってるわよ。この国では夫も妻も結婚式の日はいつもの倍ぐらい食べるんですってね。私達が持ち帰らされた量も、そういう風習あっての事なら……この国で暮らす私も従うのが当然て物よ」

「お、おう……」


 微笑みながら、少しぎこちなく頷くグロウ。


(その風習、初夜の子作りのため栄養つけろという事に由来があるんだが……そこまでご理解いただけているのかね?)



 ――就寝前――



 昨日決めた通り、寝室の隣に二人してせっせと藁を運ぶ。寝ころべる大きさにし、形を整えて固め、シーツをかけてベッドを完成させた。


「さあて完成。どれどれ……」


 藁ベッドに寝ころぶエレナ。大の字に転がり感触を満喫する。


「うん、いい寝心地ね。お腹いっぱいだし、ちょっと動きたくないかも。いっそ今日は寝床を交換する?」

「新妻からベッドを取り上げたら、親戚の飛竜(ワイバーン)さんに怒られないか心配だぜ」


 笑いながら答えるグロウ。

 エレナはくすくすと笑った後、眉間に皺を寄せて考えた。


「……あれ、何なのかしら。私、今まで聖獣召喚なんてできなかったわ。長年魔術の修行を積んで遅咲きで覚醒した例ならあるけど……結婚祝いのごちそうに魔力を上げる料理が混ざってたとか? そんな都合のいい食べ物があるわけないよね……」

「つっても出てきたからなぁ」


 グロウも首を傾げる。

 エレナは身を起こすと自分の背中を肩越しに見ようとした。ウエディングドレスからは着替えているが、背中の見えるワンピースである。

 その背には光こそ収まっているが、飛竜(ワイバーン)の姿が浮き出た魔法陣が残ったままだった。


 聖獣召喚の魔法陣なら、故郷にいる時に妹の左手にある物を自慢げに散々見せてもらったのだ。あちらは虹色の蝶の魔法陣ではあったが、あれと同種の物だと確信できた。

 ただ、確信はできたが背中である。正直見にくい。


「自分じゃちゃんと見えない魔法陣なんて、害があるわけじゃないけどなんか不便ね」

「どれどれ」


 エレナに代わりグロウが顔を近づける。

 召喚魔法は未修得という事もあり、見た目だけではよくわからない。指先で触れてみると――


(魔力は感じるが……どうにも底が見えん。やはりこれは途方も無い物だ)


 魔法陣の気になった所に数カ所、指で触れながらグロウはそう思った。

 そうしているとエレナが首筋をほんのり赤く染めて訴える。


「あの、ちょっと……そうつつかれると、なんというか。そりゃ夫婦だけど、ね」


 女性の背中を触っている事を、グロウはハッと思い出した。

 指を離し、慌てててニヤリと笑顔を作る。


「おっと悪ぃ。君の色気にやられてしまいましたかね」

「もう、えっち!」


 拗ねたようにそう言うと、エレナは寝室へ引き上げていった。

 笑いながらそれを見送るグロウ……だが、胸中には気になる事もあった。


(小競り合い程度とはいえ、ブライダ国とセレス国で揉め事が無いわけじゃない。セレス国にとって、聖獣は立場に直結する権威であり、貴重な戦力だ。エレナがそんな物を召喚できるようになったというなら……)


 めでたい筈の日なのに不安がわく。


(他所の国にいる事を、彼女の故郷が許さないかもしれん)

飲酒描写がありますが、舞台になっている国では16歳で成人となりますので合法です。

あしからず。

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