6 結婚式(幸福のち不穏)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
翌朝。夫婦二人は村の中央広場へ向かった。
グロウ自ら駆る小さな馬車。昨日、共に村へ来て、ここに残された物である。馬一頭で牽く物だが、最低限の貴族らしさには気を遣っている。グロウの実家から連れてきたレベルの高い馬で、馬用の鎧を装備させれば魔物と戦う戦馬にもなる一頭なのだ。
市販の馬のレベルはせいぜい1~20。だがこの馬のレベルは40に達する。
数を揃えられない時は個体のレベルで箔をつけるのがこの世界の貴族の馬車なのである。
村の中央には教会がある。このブライダ国で最も盛んな信仰は剣の神だが、この村の教会は天の神を祭っていた。天の神は天候をも司るので、これは農村によくある事。セレス国で最も信仰されてはいるが、天空の神自体はセレス国の所有物ではない。
中央広場には椅子とテーブルが並べられ、教会の前には村の神官が待っていた。三角頭巾で顔の隠れた年齢不詳の人物だが、衣服と体格で男性だとわかる。
「初めまして。このスロウ村で神職を勤めるユゼスです。村人達もじきに来ますので、どうぞ、中でお着換えを」
――小一時間後――
老若男女、村人達が椅子に座り、テーブルに料理が並べられる。それを村人達がちょっとずつ摘まんでいると、教会の扉が開いて、新郎新婦が出てきた。
グロウは騎士としての正装、黒と赤の軍服。
エレナはオーソドックスな白いウエディングドレスだ。
「へえ、領主さん男前じゃねぇか」
「あらら、綺麗な花嫁さんねぇ」
村のおじさんおばさん達が初めて見る領主夫妻を前に浮かれた声をあげる。
神官が新婚夫婦を先導し、広場の中央で祝福の言葉を贈る。天空の神へ、二人の人生を祝福するよう祈った。
そして二人へ告げる。
「では夫は花嫁へ、誓いの指輪を」
天空神にも複数の宗派があるが、ここでは夫が式の中で自ら指輪を花嫁に贈る。
グロウは村に来るまでに急いで購入した、ターコイズの飾られた指輪をエレナの指にはめた。
「正直、公爵家のお嬢さんに贈るには安物なんだが……俺が冒険者でやってきた稼ぎでの精一杯だ」
実は実家がまずまずの指輪を用意もしてくれたのだが、グロウはあくまで自腹での購入にこだわったのだ。
これで嫌がる相手とは難しいだろう、と思いながらも。
さてエレナの反応は――
「あらら、私も精一杯応えないといけないわね」
グロウの嵌めた指輪の輝きを見て、嬉しそうに頬を染めていた。
村人達から歓声と拍手があがる。
貴族だというのに従者もいない、列席するのは現地の村人だけの質素な式だが……二人はささやかながら暖かい幸せの中にあった。
そんな二人に試練が迫る。
「では契りの口づけを」
厳かに告げる神官。天空神にも複数の宗派があるが、ここではそういう形式なのだ。
新婚夫婦は向き合って……グロウが厳しい顔で「ぬう……」と唸った。
互いに多少の好感を持ちつつあるとはいえ、出会ってすぐ。しかも衆人環視の中。まぁまぁ難易度は高い。
そんなグロウにエレナが要求する。
「いいから思いきりやっちゃって」
「そんな威勢よくするみたいにな……」
戸惑うグロウ。
だがエレナは軽く微笑んだ。
「あんまり子供扱いしないで。キスの一つも経験無しだと思ってるのかしら。婚約者だっていたのよ? まぁ要らなくなったらお別れだったけど」
どこかやるせない微笑みだった。
意味をはかりかねて村人達が顔を見合わせるが、彼らも何か不穏な物は感じた。
「なのに貰ってくれたグロウが遠慮する事はないわ。村の人を待たせるのも悪いし」
そう言ってエレナは目を瞑り、唇を突き出す。
グロウは彼女の肩を、そっと包むように掴んだ。
「わかった。遠慮はもうしない。これからは俺がする」
そう囁くと妻へ唇を重ねた。ぎこちなく不器用に、できるだけ優しく。
村人達から歓声と拍手が盛大にあがった。「おめでとうございます!」があちこちから叫ばれる。
新妻から唇を離すと、グロウは少し照れて頭を掻き……くるりと背を向けると、村人へ陽気に叫び返した。
「それじゃあ皆さん、どんどん食ってくれ!」
あちこちで乾杯の声があがる。
旦那になった男の背を眺めながら、エレナは頬を染めて唇を抑えていた。
(まぁ初めては全部結婚する日までとっておこう、と、元婚約者のリュカと二人してロマンチスト気取って酔っぱらいみたいに決めてたから、何の経験も無いんだけどね。いやはや、今となってはケガの功名というか)
エレナは貰った結婚指輪を改めて眺めた。恥ずかしさの中、それを上回る嬉しさが溢れてくる。
(夫婦になったとはいえ、一昨日、初めて会った人なのに。雰囲気に流されてるのかしら? うーん……我ながら単純だなぁ)
自分に呆れながらも、くすぐったいような幸せな気持ちに浸った。
と、にわかに眩暈に襲われて体がぐらりと揺れる。足から力が抜けた……と思いきや、何か大きな物にぶつかり、体が持ち上げられた。
「どうしたエレナ!? 大丈夫か?」
グロウの焦る声。
倒れかけて彼が咄嗟に抱きかかえたのだ……と、一瞬遅れて理解した。
「あ、ごめん。なんか急に立ち眩みが……うふっ!?」
喋っている途中で体の中から何かこみ上げる物が溢れそうになり、思わず口を抑える。
村人達が「え、なんだ、なんだ?」「奥様ぐあいが悪い?」「あ、もしかしてつわり……」と思い思いに騒ぐのが聞こえた。その声もなんだか妙に近く感じる。
「すまんユゼス殿、何か治療の魔術を!」
グロウが叫んだ、その途端。
頭上で……遥か天空で雷鳴が鳴り響いた。
「雲もロクにない晴れた日に?」
誰かが呟き、村人達が不安げに空を見上げる。
そんな彼らが度肝を抜かれて悲鳴をあげた。
空に走る雷が交差する中、巨大な黒い影が降下してきたのだ。
交際相手がいたけど何もしてませんでした~というのも白々しいが、まぁあざとい設定も必要だろう。




