4 新居(小さい)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
「……というわけで、グロウさんだっけ? あなたには貧乏くじを引かせたわね。今までのお仕事をやめて残り物の処理係をやっていただくわけだから、暴力と無駄遣いをしなければ口うるさい事は言わないつもりよ」
互いの経緯を話すと、エレナは冗談とやるせなさが半々混じりでそう言った。
だがグロウは顎に手を当てて考え込む。
「お互いの話だと、むしろ俺の実家が持ちかけた件みたいだが。まさか親父がこんな事するタマとはなぁ」
グロウの父・ロック=キャスタル男爵は、元々キャスタル男爵家に仕える騎士だった。それが戦や魔物の討伐で手柄を立て、先代男爵に見込まれて婿入りした、現場叩き上げの男である。
グロウの記憶でも、頭の固い父で厳しい武術の師なのだ。
それが隣国貴族家との政略結婚に手を回すとは、内心驚いていた。
とはいえ今回の父の動きには、思い当たる動機も無いではない。
そんな事を考えていると、部屋の戸がノックされる。
グロウが「入りな」と声をかけると、メイドが一人入ってきた。
「夕食の支度ができましたので、食堂へお越しください」
――食堂――
長めのテーブルが一つあるが、貴族家にしては小さな食堂だ。席に10人つく事はできないだろう。
配膳されたそのテーブルに、この日、ついたのは4人。
ロック=キャスタル男爵夫妻と、グロウ、エレナである。
物静かな乾杯の後、柔和な笑みを浮かべたキャスタル男爵夫人が柔らかな口調でエレナへ語りかけた。
「エレナさん、息子をよろしくお願いしますね」
「あ、いえ、こちらこそ……」
軽く頭を下げるエレナ。
胸の内では、いかにも温和な年配のご婦人といった義理の母と、いつも澄ました顔で滅多に表情を崩さない実母を比べてしまっていた。
一方、義理の父となるキャスタル男爵本人は、いかにも武人といった屈強な髭面の男で、日に焼けた色黒の顔は顰めているかのように厳めしい。エレナの実父は生まれも育ちも高位の貴族で、剣など形ばかりの修練しか積んでいない筈だが、なぜか雰囲気の固さには共通する物があった。
そんなキャスタル男爵は、己の息子・グロウへ言ってきかせるように語りかけている。
「お前にはスロウ村を領地として割譲する。キャスタル男爵の分家として治めるのだ。キャスタル家の跡取りではないが、男爵位は王から許可を得てある」
「僅かとはいえ土地を分けちまうのか? あんまり良い手じゃないようだが」
疑問を口にするグロウ。
兄弟がいても跡取りが全てを譲り受けるのが、この近隣諸国では普通だ。
兄弟に土地を分配していけば、代を経るごとに一人あたりの領地は縮小してゆき、貧乏貴族の群れができてしまう。一族の存続という点では不利なのだ。
それは男爵本人も承知の筈だが……彼は厳めしい顔のまま息子に言ってきかせた。
「スパイクも了承済みだ。今後は腰を落ち着けて生きよ」
スパイクとはグロウの兄、キャスタル男爵家の長男である。
その名を聞き、また父の言葉から、グロウは今回の結婚話がなぜキャスタル男爵家側から出たのか理解した。
(俺に冒険者をやめさせるため……それがウチの家の一番の目的だな、こりゃ)
テーブルについているのが4人しかいない事を改めて確認し、グロウは父に訊く。
「で、その兄貴は?」
「町に用事があるそうなので明日まで戻らん」
そう答えるキャスタル男爵の厳めしい顔に、僅かに苦い感情が浮かんだ……エレナにはそう見えた。
(兄弟仲、あまり良くないのかしら?)
自分達姉妹の事を思い浮かべながらそう勘ぐってしまうエレナ。
そんな彼女に、キャスタル夫人が笑顔で、しかしどこか申し訳なさそうに話しかけた。
「村一つでごめんなさい。でもエレナさんの故郷のすぐ側なのよ」
そこでエレナはピンと来る。
現在は比較的良好な関係だが、隣国同士は利益も食い合う物。いつ敵対するかわからないし、両国の歴史の中では直接の武力衝突だってある。
だが隣国の格の高い貴族出身者が国境の側に住んでいれば、当然、隣国にとっては攻め難くもなるだろう。
(そっか。私、バリアなんだ)
だがそれでキャスタル男爵家に反発を覚えたかといえば、そうではない。国境に領地が接する以上、防人の役目もあるだろう。国防を真面目に考えているのだと、ただ納得しただけだ。
貴族の成婚は多かれ少なかれ打算があるもの。それがわからないほどエレナは幼くはない。
――翌朝――
領地が小さいと言ってもスロウ村はほとんど端だ。新婚生活のために用意された荷物も多い。となると行き着くにも時間がかかる。
グロウとエレナは早くから馬車に乗せられ、長男と顔を会わせる事もなくキャスタル男爵城から出発した。
街道を国境へ。昼には宿場町に着く。
国境最寄りの宿場町は流通の要所でもあり、男爵領の稼ぎ頭でもある。お膝元の城下町より賑わっているぐらいだ。
しかし若夫婦の馬車はそこを通り過ぎ、大きな街道を外れて森の中の道を進む。木と山しか見えない道を、奥へ、奥へ。
「スロウ村ってどんな所なの?」
単調な景色が続く道中、馬車の中でエレナがグロウに訊くと、彼は顎に手を当てて大真面目に考えるポーズをとった。
「そうだな……一番の特徴は、俺も初めて行く所って事か」
「的確な情報、ありがとう」
エレナは小さく溜息をついた。
本当に何の特徴も無い、山と森しかない地の小さな村に着くのは、それからしばらく馬車が走ってからの事だ。
――新居――
真新しい家に荷物を運び込むと、御者は馬車を走らせて帰っていった。
その家の中でグロウは新居を見回す。
「ウチより遥かに格上からお嬢さんを貰うのにこれか……まぁウチにしては頑張ったか」
新築だけに綺麗ではあるが、とても貴族の住居には見えない田舎の一軒家を。
「君の実家の物置の方が大きいんじゃないか? 心配だぜ」
グロウは横目でエレナを見ながら呟いた。
横目でグロウを見ながら、エレナは小さく肩をすくめる。
「安心して。同じぐらいだから」
「そうか。それならいいんだ。多分な」
呟きながら、グロウは窓の外に夜の帳が降りつつある事に気づいた。
この日この時から、否応なしに夫婦二人の生活が始まるのだ。
親に買ってもらった新築一軒家なんて贅沢極まりない話だ(現代日本人目線)。




