31 首都観光(意地と思いやり)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
目の前に出てきたグロウを見て、二人がニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべる。
グロウは親指で肩越しにエルフのペアーを指した。
「他所へ行けだってよ」
「あ? 誰に言ってんだ?」
ドスを効かせる巨漢。小太りの方はニヤつきながら後ろに退いた。
巨漢の体つきや争いに慣れた雰囲気、身構え方から、戦闘のため何らかの鍛錬を日頃から行っている事をグロウは見抜く。
(なるほど。腕に自信がお有りのようだ)
貴族と言えど、武家の子息なら戦闘訓練は行っていて当然。食事や教官に恵まれていれば、駆け出し冒険者や戦を未経験の兵士なぞよりよほど手練れになる者も珍しくない。
グロウは……ゆっくりと巨漢へ前進した。
巨漢は相手にやる気ありと判断し、強面の顔に剣呑な表情を浮かべると、己も前進する。
一触即発、殴り合いのケンカが始まる寸前の雰囲気に、周囲が恐々と見守っていた。
互いの距離がつまり――胸が触れ合うぐらいの距離に接近、いや密着する。
町中のケンカなら割と見る光景だ。
わざと肩だの胸だのをぶつけ、互いに睨みあい……品の無い言い方をすれば「ガンつけあって」「メンチをきって」、それから胸倉つかんで殴り合うのだ。
周囲はそうなると思って固唾をのんだ。
一人、小太りの青年だけはグロウが殴られる瞬間を期待してほくそ笑んでいた。
だが――
「……!」
巨漢は驚きに目を見張っていた。グロウに掴みかかろうとしない。
そんな巨漢を胸元で見上げ、グロウは飄々と聞く。
「レディの頼みを貴族の紳士が聞けないのかい?」
何が起こっているのか、わかっているのはグロウと巨漢だけだろう。
巨漢はグロウの襟元を掴もうとしたのだ。
だが腕が動く瞬間、機先を制してグロウは懐に踏み込んできた。明らかに男の初動を見極めた反応だった。
動きの起こりを捉えて先手を打つ、いわゆる「後の先」――知識としてはこの世界でも広く知られている。武芸を嗜む者には特に。
だが理屈は知られていようと、実行するには相応の技量が必要になる……それも相手の実力に比例した高度な技術が。
グロウはそれを、いとも容易く巨漢にやってみせた。
そして巨漢は見た。
グロウの右手が握っているのは、懐中に隠された短刀の柄――!
なまじ力量があったせいで、巨漢にはわかってしまった。
グロウとの技量差と、その気なら自分が既に殺されている事を。
そしてグロウは、ニヤリと悪戯っぽく笑っているではないか。
遊び……児戯なのだ。この男にとっては、この程度。
首筋を大量の汗が流れた。巨漢は後ろに、よろめくように離れる。
離れる事ができた。グロウは笑っているだけで、何もしてこなかったからだ。
「え? どうした?」
小太りの男が不思議に思って訊く。
彼から見れば、殴り合い寸前で急に勘弁してやったようにしか見えない。
「……行くぞ」
巨漢は掠れた声でそういうと、もうグロウとは視線を合わせず、早足で公園の外へ向かった。
面食らいながら小太りもそれを追う。
2人を見送りながら、グロウは溜息をついた。
(我ながらつまらん事をした。だが嫁さんの悪口を言われっぱなしじゃ、賢くてもしょうがねぇしな)
貴族の青年達は去ったが屋台周辺の雰囲気はよろしくない。
そこでグロウは陽気な声をあげた。
「さあさ皆さん、気を取り直してお買いください! これよりサービス、3個以上買ってくだされば1個オマケしますよ!」
騒ぎ自体は収まった事もあり、グロウの呼びかけで屋台に客が戻って来る。
再び商売が始まったのを見届け、グロウはペアーに軽く頭を下げた。
「勝手して悪い。オマケ分の代金は後で俺が払う」
母親に連れられた幼い少女が、円盤焼きを作るエレナへ訊く。
「お姉さん、お姫様なの?」
「あ、うん、まぁね」
「どして働いているの?」
「お友達と一緒にがんばりたくて、ね」
エレナがそう言うと、女の子はグロウを指さした。
「あの人は?」
「私の旦那さんよ」
くすりと笑うエレナ。女の子に円盤焼きが4つ入った包みを渡す。
女の子も楽しそうに笑っていた。
――しばらく後――
材料が大体なくなった時点で、ペアーは店じまいする事を二人に告げた。
グロウは財布から金貨を出す。
「約束だ。客にオマケした分の代金を……」
しかしペアーは受け取らなかった。
「それは働いてくれた給金で相殺しとく」
「お、そうか」
特に言い争わず、グロウは金をしまった。
彼にペアーは背を向け、袋に何個も円盤焼きを詰めてエレナへ渡す。
「で、これはエレナへのお土産」
「あら、ありがとう」
それを前に、ペアーは何やら意を決した様子で告げる。
「もし辛かったらいっそ帰って来なよ。留学という形でエルフの里に来て、ウチの実家にホームステイすればいい。貴族の生活は無理だけど……」
「うん、覚えておくわ。でも今の所、その心配はなさそうよ」
笑顔でそう答え、エレナは友人に手を振って別れ、グロウとともに出店を去った。
少し歩いた所でグロウがそれとなく話し出す。
「まぁ良い子である事はわかった」
「本当? そう思ってくれるなら嬉しいけど、グロウに強い誤解があるみたいよね」
懸念するエレナにグロウは微笑みかけた。
「嫌いな相手でも友人のためなら抑えるあたりは、できない奴も多いからな。まぁ太鼓饅頭を円盤焼きと呼ぶのはいただけないがね」
「……大判焼きをこの世界でどう呼ぶかはこの世界の住人の自由だと思うわ」
「そこら辺はお土産を美味しくいただきながら考えるか。とりあえず俺が持とう」
そう言ってグロウはエレナから円盤焼きの袋を受け取ると、一つ取り出し、エリューの口に押し込んだ。
宙でもしゃもしゃと咀嚼する小さな飛竜は、すぐに飲み込むと「ケケー」と鳴いた。
なぜ懐中に当然みたいに短剣を持っているかというと、それが当然の生活を長くしていたからである。
武器を落とす・壊れる・部位ダメージ等がある世界だと予備の武器が無いだけで事実上完封に近い状況になったりする。した。




