30 首都観光(ちょい面倒)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
フィリス:エレナの妹。聖獣フェアリーパピヨンを召喚できる聖女。
リュカ:元エレナの婚約者、ルヴェル侯爵家の跡取り。
――エルシオ公爵邸の談話室――
邸宅の一室は談話室として解放されており、エレナの妹フィリスと親しい者達が、婚約者のリュカを筆頭によく集まっている。
グロウ達とエレナが博物館を見物しているの同じ頃、フィリスとリュカは友達を集め、昨日エレナが見せた「聖獣」の事を話題にしていた。
話を聞いて男子の一人がせせら笑う。
「エレナは痛ましいな……ドラゴンの幼獣なんて、なまじ貴重な物を手に入れたから、それを自分の聖獣だなんて妄想しているのか」
「ある意味、私のせいなのかしら。上位の聖獣を召喚できる聖女が身内にいる事で、自分に自信が無くなり過ぎたのね。悲しいわ」
そう言いながらフィリスが目を伏せて俯くと、彼女をリュカが抱き締める。
「君は優しいね、フィリス。でも大丈夫、君という聖女がいる事を国の皆が喜んでいるよ」
(そうよね。魔物や他国との争いで、この国は常に聖獣という大きな力に頼ってきたもの。この国に高位の聖獣ほど貴重な物は無いわ。それこそ王様よりも、ね。なのに下位どころか何も召喚できない聖女の成り損ない……姉様の無様なこと)
姉より小柄で華奢、儚げで弱々しそうに見えるフィリスだが、その内心は自分への自信で満ち溢れている。姉への同情や哀れみなど一片も無く、その無能を嘲笑するだけだ。
元より、歳下で弱そうな自分は姉より保護欲を掻き立てる存在である事に、幼い頃から気づいていた。また魔術の素養が高く、聖女への覚醒が姉より期待されている事も。
それを利用して幼い頃から随分と我儘を通してもらった。
しかし反面、恐れもずっと抱いていた。聖女に覚醒できる率そのものは低いのだ。いつか両親や周囲から「期待外れ」と評される時が来る未来の方が、来る可能性は高かった。
だが……フィリスは聖女に覚醒した。それも現代の最高位だ。
(私は人生に勝ったのよ)
リュカの胸に抱かれながら、フィリスは周囲にフェアリーパピヨンを召喚する。
虹色の翅を持つ異界の蝶が数羽、部屋の中を舞った。それを見て友人達が感嘆の声を漏らす。それはフィリスの自尊心を大いに満足させた。
(なんて美しいの。私の栄光の色だわ。この高位の聖獣……その力を私が奮えば、半端な軍の一つや二つは消し飛ばす力を秘めている。この国の騎士達も同盟者のエルフ達も、しょせんは聖獣の添え物に過ぎないわ)
傲慢。だが半ば事実だ。セレス軍の切札は、聖女達の召喚する聖獣なのである。確かに現時点では、セレス最強の存在はこのフィリスなのだ。
(魔剣使いなどと言って刃物なんかを有難がる野蛮なブライダ国の、男爵家の村領主……ほんと、姉様にお似合いな嫁ぎ先だこと)
武装して旅の風来坊戦士と言えば誰もが納得するグロウの容姿を思い浮かべ、フィリスは線の細い容姿端麗な婚約者の胸で、友人達の羨望の視線を浴びながら、声を出さず笑っていた。
――雲海公園――
足元に雲海が広がる事で有名な国立公園も、都が誇る観光地の一つだ。とはいえ実は雲海を見る事ができるのは限られた季節だけで、大概はただ広くて端から眼下の眺めが良いという公園なのだが。
まぁどこまでも下に広がる景色とそれを貫く街道は絶景ではある。グロウとエレナはその公園にも訪れた。
地の果てまで見渡せそうな景色の中を散歩していると――
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。ごっつく美味しいよー」
いくつか出ている屋台や出店の一つに昨日聞いた声があった。
エルフの魔法戦士ペアーが「円盤焼き」と書かれたのぼりを立てて、アンコを入れた円盤状の饅頭を鉄板で焼いている。
グロウは思わず足を止めた。
「……留学生ってある程度の富裕層だと思ってたぜ」
「ペアーは自活したくてやってるの。本当に美味しいわよ」
説明するエレナ。
二人が話しているとペアーの方も気づいた。
「いらっしゃ……ダークエルフの親玉!」
「いや、君の友人の旦那だが」
急ぎ訂正するグロウ。
だがペアーはコテを剣のごとく構える。
「ブライダ人め……よくもいけしゃあしゃあと。元からドワーフどもと馴れ合っているような奴らだったが、ついにダークエルフまで! そんな奴らがエレナを……くうっ! 私がなんとかしてあげられればこんな事には……」
歯軋りして悔やむペアー。
なおこの状況と特に関係は無いが、ブライダ国は魔剣を特別視する風潮があるので、鍛冶が得意で高品質な魔剣を造るドワーフ族とは長年友好関係にある。
「えと、あの、ペアー? 焦げそうよ?」
怯みながらエレナが注意を促すと、ペアーはいくつかの円盤焼きが嫌な煙をあげている事に気づいた。
「アッー!」
慌ててコテをふるうペアー。
おずおずとエレナが声をかける。
「久しぶりに手伝おうか?」
「うう、ありがとう」
べそをかくペアーにグロウもきり出した。
「俺も何か……」
「敵の情けは受けない!」
そちらには敵意を露わにするペアーだが、エレナが悲し気に伝える。
「そんな事言わないで。私の夫なのよ?」
「うう……ごめん」
すぐにべそかいてそう謝ったが。
それから1,2時間ほど。
ペアーの横でエレナが念動の多腕を自在に操り、次々と円盤焼きを作っていく。
友人の魔術の向上に驚くペアーを尻目に、グロウと飛竜のエリューは客の呼び込みに努めた。
待ち時間ほぼゼロで渡される円盤焼きは好調な売れ行きでさばかれてゆく。
しかし……
「へえ、田舎村領主の奥方は自分から額に汗して働くんだな」
「ブライダの貴族は妻を食べさせるのもままならないってか」
嘲りの声が聞こえた。
見れば木陰に貴族の青年が2人いる。一人は小太りで、もう一人はがっしりした巨漢だ。共に意地の悪い陰湿な笑みを浮かべていた。
「あれ、誰だ?」
「あー……妹の友達ね。見た事あるわ」
グロウが尋ねるとエレナは困り顔でそう答える。
2人の青年も午前中はフィリスとリュカと共にいたが、その後別れて帰宅する所だった。
その途中でたまたまグロウとエレナがいる露店を見つけ、面白半部に嫌がらせしに来たのである。
見下していい相手だと決めつけたらわざわざ余計な事をする人間は、世の中に実在するのだ。
そんな2人にペアーが詰め寄った。
「商売の邪魔だ。他へ行ってくれるか」
巨漢の方がわざとらしく肩をすくめる。
「おー怖。こんな用心棒に守ってもらうとは、さすが剣の国の男」
「嫁は平民相手の商売に精を出してる情けない貴族だしな」
小太りの方が嘲笑した。
グロウは溜息をつき……ペアーの横を通り、二人の前に出た。
地球だと世界各国あちこちで「貴族が一部の仕事以外で働くのは恥」という事が珍しくなかったようだな。
まぁ働かずに税収で食っていくのが貴族ならそうもなるのか。




