29 首都観光(歴史の主張)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
オニクス:元魔王軍のダークエルフ。グロウに敗れて従者となる。
ホテルの部屋に入り、グロウとエレナは荷物を置く。
冒険者時代のグロウなら馬小屋や簡易寝台で寝ていたが、貴族に戻ったし妻もいるしで、複数の部屋があるスイートルームに泊まる事にした。
オニクスには1ランク下の別部屋をとって休むよう指示してある。
上着を脱ぎながら、グロウはエレナに話しかけた。
「さて、明日からどうしますかね。さっさと帰るというテもあるが、一度来てみたかったファディスの都だ。せっかくだからどこか寄ってみるか……上品で奇麗な街だしな」
「まぁね。代々の王族が住むし、歴史は長いから」
そう言いつつも、エレナは浮かない顔だった。
不思議に思うグロウ。
「里帰り、嬉しくないか? まぁ離れてまださほど経っちゃいなかったが」
エレナは……しばらくの間、何か悩んでいるようだった。
しかしやがておずおずと躊躇いがちに切り出す。
「……行ってみたい所があるけど、いい?」
「そりゃもちろん」
懐かしい街へ帰れば、そりゃそういう場所もあるだろう……としかグロウは思わなかった。
だがエレナはとても言い難そうに、躊躇いがちに告げる。
「……色々と、観光したり遊んだりする所の定番巡り」
「お、嬉しいね」
街の観光案内をしてくれるのだと思い、グロウは喜んで笑った。
そんな夫に、エレナは……小さな声を絞り出す。
「……元婚約者と行った所ばかりなの」
「ふむ? まぁそうもなるか」
大都市とはいえ若者が遊びに行く場所ならば、定番の場所も絞られるだろう……グロウはそう考えた。
それはあながち外れてもいないのだが、エレナはしばし沈黙する。
そして俯き、ぽつぽつと話した。
「そうじゃなくて……結局私から離れていった奴とあちこち遊んでたのに、グロウとはそういう事がまだ無いから。その、この機会に上書きもして貰えたらなって」
そこでまた沈黙。
俯き加減に上目遣いで夫を窺いながら、自嘲気味に微笑んだ。
「ちょっとヒくよね?」
「いや、全然」
間髪いれず、あっさりと。事も無げに。
グロウは眉一つ動かさずにそう言った。
「本当?」
「俺が嘘をつくのは手柄自慢をする時だけだぜ」
なおも訊くエレナに、グロウは冗談めかして言いながらニヤリと笑った。
エレナはそんな茶化した笑顔を見て、ほっと安心してからくすくすと笑う。
二人してしばらく笑った後……恥ずかしそうに目を逸らしながらエレナが訊いた。
「これからはオレがする、と言ったのも、本当という事よね?」
結婚式での口づけの時である。
「!?」
いきなりの事に硬直するグロウ。
冷汗を流しながら必死に考える。
(何がなにやら、なんでこうなるのやら……だが四の五の言ってちゃいけない場面なんだな、きっと)
ごくりと唾を飲んでから、グロウはエレナの肩をそっと掴んだ。
真っ赤な顔で目を見開くエレナだったが、グロウが顔を近づけると慌てて目を瞑る。
必死に、不器用に。夫は妻へ唇を重ねた。
柔らかな感触に頭が熱くなりつつ、しばらくして唇を離すグロウ。
エレナは目を開け、両手で唇を抑えて呟く。
「今すぐここで、という意味じゃなかったんだけど」
それを聞いたグロウは「えっ!?」と驚き固まった。
視線を上へ向け、エレナの瞳が夫の目を見つめる。
「おやすみなさい」
そう言うやくるりと振り向くと部屋の一つへ入り、扉を閉めてしまった。
残されたグロウは腰が砕けそうになる。脳味噌も心臓も熱くなっていてなかなか冷めそうにない。
そんなグロウの目がテーブルの上に寝そべっている飛竜のエリューとかち合った。
「レディの気持ちを汲み取るってのは、俺みたいなヤロウには難しいもんですなぁ……」
溜息混じりに言うと、エリューは「ンゲー」と鳴いた。
――翌朝――
グロウとエレナはファディスの都が誇る歴史博物館を訪れた。
朝から大勢の訪問客が訪れ、様々な展示物や歴史の説明文に目を輝かせている。その半分以上は仕事や旅で外から訪れた人々だった。
ここは特に都が力を入れている施設の一人で、展示物や歴史の紹介の過半数は聖獣に関わる物であり、国家の威信や過去に起こった対外的な事件への正当性を内外へアピールする目的もあった。
その一角に大きく描かれた飛竜の壁画。その側の石碑に記された数々の記述。
それの前でエレナはグロウを見上げる。
「ほら、これがエリューの記録よ」
説明文をざっと飛ばし読みしていき、グロウは「ぬう」と唸った。
「ボリュームの割に根拠つきの記録はほとんど無いな。神話の類を列記してあるというか……まぁヘタな神様より強いと主張している事はよくわかる」
「現れる頻度がレア過ぎるからね……」
溜息をつき、エレナは側に浮くエリュトロスをつんつんつつく。
反対側をグロウも軽くつついた。
「ま、ブライダ国と戦った事が無いのは良い事だ。今度も仲良くしてくれよ」
エリュトロスは「ンゲー」と鳴くだけだった。
次は同じく聖獣資料の少し離れた区画。そこでグロウは知っている名前をいくつか見つけ、足を止めた。
リュカオン、ゴーレム、ビッグビートル、etc……過去、セレス国とブライダ国の間で起きた戦に参戦した事のある聖獣達の紹介だ。対ブライダ国での戦にそこまで大規模な物は無いので、最も格の高い物でもせいぜい中級といった所だが。
「ウチのライバルとしてはここら辺かね。ほほう……」
興味深そうに説明書きを読むグロウに、エレナは少々居心地の悪さを感じる。
「ブライダ国から見れば疫病神達よね。彼らのせいで苦渋をなめてきたわけだし」
ところがグロウはニヤッとおかしそうに笑った。
「いやいや、面白いぜ。何せブライダ国の歴史では、彼らは強力な魔剣を生み出した英雄達の引き立て役みたいになってるからな」
「え!? ここの記録が嘘なわけ? 歴史書にも載ってるんだけど」
びっくりするエレナに、記述へ目を向けながらグロウは思わせぶりに言う。
「さあて、どっちかが嘘をついている……という話なのかどうか。戦場で戦いながら書き記したわけでもなし、あくまで報告をまとめた物がここの記録だろうからな。現場の連中の報告なんて、被害は小さく手柄は大きく……てのもよくある話さ」
「グロウから見たら、ここの戦史は腹が立ったりする?」
「ブライダ国人としては納得できん部分は多いね。だが俺も戦いを生業としていたからな。俺が戦の報告をしても、逆の立場で同じ事をするかもしれないぜ」
そう答えながら、この国視点の戦史にグロウの興味は尽きないようだった。
エレナは昔を思い出す。
元婚約者のリュカともここへ何度か来た事がある。その時、元婚約者は自国の偉大さに酔いしれ、他国を蔑むような意見を口にしていた。
それにエレナは何の疑問も感じなかったものだ。
だが今、ここでグロウと話していると……何か新しい場所に一歩踏み出したような気がしたし、それは心地よい衝撃だった。
先に答え有りきのストーリー作成を「歴史」とは言わないのだ。




