24 湧きだせ前世知識(憩いと不安)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
――村の側の森の中――
グロウは藪や芝を鎌で切り裂きながら、馬の手綱を引いて先導していた。
馬上にいるのは飛竜のエリュトロスを肩に乗せたエレナだ。彼女は小さな水晶玉を手にしており、その中には小さな光が瞬いていた。
「前世知識第三弾は、今までと毛色を変えてきたな」
「日本の記憶を取り戻すまでは気にした事なんか無かったんだけどね……」
二人の言う通り、前世の知識を役立てようと今回もチャレンジしている。
エレナの言う、今まで気にしなかった事。それは……
お風呂。
入浴である。
セレス国にもブライダ国にも、毎日湯に浸かるという習慣は無い。数日に一度は体を洗うが、冬以外は水で済ませる事も多い。既に石鹸が存在しており、それを使えばその程度で十分な気候と風土なのだ。
しかし前世・日本での暮らしを思い出してから、エレナはお風呂にもっとゆっくり入りたいという思いにかられていた。
そしてついに先日閃いたのである。
魔法を使えば温泉を掘り当てる事ができるのではないか、と。
探知系の魔法には、水を探す呪文がある。野外での旅に重宝されるものの一つだ。
また高熱を感知する呪文もある。本来は火を灯して近づく物を警戒するための呪文だ。
さらに土属性の呪文には、土や石に穴をあける呪文もある。迷宮や城の壁を通り抜けるのが本来の使い方だが。
これらを使えば、土中の熱水を探して掘り出す事ができるのでは? 駄目で元々、やってみよう……その案をグロウに話し、今、協力してもらっているのである。
協力はしながら、しかしグロウは懐疑的だった。
「しかし温泉なんてどこにでもある物じゃないと思うが」
いくら調べても無い所には無いのでは? それが彼の考えだ。
彼にも地球の前世知識があるので、温泉といえば火山帯だのプレートの重なり目だのと先入観がある。
「うん。けど探知できたなら有るって事だし」
そう言ってエレナは水晶玉を手に、その中で瞬く光を見つめていた。
水と高熱。その両方が存在する地点が、土中にあるのだ。
やがて着いたのは森の中の窪地だった。
木は生えておらず、キノコが「妖精の輪」を作っている。
「ここね」
「へえ、この下に湯の水脈がね……」
グロウは手綱を離すと窪地へ降りていく。
エレナも馬から降りた。
「水脈かどうかはわからないわ。ある程度以上の熱をもつ水がこの下に有る――そこまでしか探知できないもの。温水が何かの理由で閉じ込められているだけなら、一度掘ったら尽きてしまうかもしれない」
そこら辺は確かめてみるしかないのだ。
しかしその前にグロウは真剣に訊く。
「念のためだが、溶岩が噴き出したりはしないよな?」
「さすがに溶岩が水探知の呪文にひっかかりはしないでしょ」
そう言ってエレナは次の魔法を行使した。
大地に穴を開ける魔法を。
エレナの放つ魔力に土の精霊が呼応し、地面に丸い輪が刻まれる。その輪の中央から、渦を巻くように穴が広がった。
しばらくすると穴から湯気が出る。続いて水……いやお湯が湧き、窪地にどんどん溜まりだした。
「おお! こりゃあ大したもんだ!」
感嘆しながら窪地から退避するグロウ。それに続くエレナ。
二人の見ている前で窪地は湯で満たされ……そして止まった。
見れば穴が塞がり、消えている。
「おや、閉じたぜ?」
「持続時間がきれれば閉じるわよ。永続的に穴をあけるのは大地系のもっと高度な呪文になるわね」
グロウに答えるエレナ。
土や石に覗き穴を数分間開ける呪文が初級。人間が通過できるほどの穴を開けるのが中級。その効果が永続するのが上級なのだ。
「不思議なもんだなぁ……」
「魔法だもの」
そんなやりとりをしつつ、グロウが屈んで湯に触れた。
「しかしほどよく溜まってくれたもんだ。このまま一風呂浴びていけそうだな」
するとエリュトロスがエレナの肩から羽ばたいて湯の中に降りる。ぽちゃりと首まで浸り、一声「ンゲー」と鳴くと、そのままじっと動かなくなった。
ご満悦の様子である。
呆れて溜息をついてから、グロウはエレナへニヤリと笑いかけた。
「俺達も一緒に入るか?」
エレナは……うつむいて目を逸らす。
そして小さく一言。
「……いいけど」
グロウ、瞬きする事数回。驚いて「え!?」と声をあげる。
その目の前で、エレナは服のボタンに手をかけ、一つずつ外し始めた。
――数分後――
エリュトロスを真ん中に、グロウとエレナは湯に肩まで浸かる。
互いに反対側へ視線を逸らし、無言だ。
森の中を風が吹き抜ける音が妙に響いて聞こえる。
「ちと……ぬるいかな」
グロウがそう漏らし、ようやく沈黙が破れた。
こくんと頷き、エレナがぽつぽつと喋る。
「一度出たお湯を溜めただけだもの。ちゃんと穴を掘って常に供給されるようになれば、結構熱めの温泉になりそうね」
そして二人、また沈黙。
そしてまたグロウが漏らすように呟く。
「道を作れば村からすぐ来れる距離だし、村民の皆さんにも喜んでもらえるかね」
「入浴の習慣が根付くかしら?」
エレナが答えて、また沈黙。
そして……今度はエレナが呟いた。
「……私、もしかしたらこの村とお別れかもしれないのよね」
「まぁな」
そう答えながら、恐らくその通りになるだろう――とグロウは予想していた。
エレナを……彼女が召喚できる聖獣を、セレス国は手放さないだろう。
「グロウともね」
「……場合によってはな」
エレナにそう答えるグロウにも、二人がどうなるかは予想できない。
貴族の結婚は家同士の契約にも近い。グロウに落ち度があるわけではないので、エルシオ公爵が一方的に離婚させるのは道理に反する。
しかし国防が関わる一面もある。離婚させられるとして、セレス国側には批難する者などいないだろう。対してグロウの側にはブライダ国から何ら支持があるわけではない。
別れろと言われたら、反抗しても勝ち目は無いのだ。
完全に。
とはいえ別に燃えるような恋情で愛し合って結ばれた結婚ではない。互いの家が、デキの悪い息子と娘を落ち着かせようとしただけだ。
状況が変わったならお別れでいい筈だ。
その筈なのだ。
二人とも。お互いに。
エレナがグロウの方を見た。
視線を感じてグロウもエレナを見た。
「楽しかったわよ。本当、感謝してるわ」
羞恥に頬を染めて、それでもどこか切なげに、訴えるようなエレナを、グロウは「綺麗だ」と思った。
「そこら辺はお互い様だ」
いつものように冗談めかして言おうとしたのに、なぜかそれができず……グロウの言葉も真剣になっていた。
次に何を言ったものか。
二人言葉を探し、また沈黙してしまう。
視線は互いの瞳に向け合ったままで。
森の中を涼しい風が吹き抜けた。
「だいぶ冷めてきたな。あがるか」
「うん」
グロウが言うとエレナは頷く。
グロウが立ち上がった。エレナに手を差し伸べる。
エレナは立ち上がった。グロウの手を取る。
グロウが先に窪地から出て、エレナをそっと引き上げた。エレナはその手を頼りに窪地から出る。
当然、二人とも、一糸纏わず全てさらけ出していたが……もう、恥ずかしがってはいなかった。
酒と風呂は人の本音が出やすいと昔どこかで読んだ気がする。信憑性は知らん。




