22 男爵再び(さらば?)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
オニクス:元魔王軍のダークエルフ。グロウに敗れて従者となる。
キャスタル男爵:グロウの父。
船で川を下り、グロウとオニクスは村へ戻る。
棹で操船するのはオニクスだ。
「何もしていないからそれぐらいは俺がやろう」
グロウがそう言っても、オニクスは自ら棹を手にした。
「従者と主人である以上、線引きは大切でしょう」
そう言って船尾に立つので、やむなくグロウはただ運ばれているのである。
川を下る途中でグロウはふと気づいた。
「そういや魔物どもはなぜ湖をうろついていたんだ?」
「新魔王軍の兵です。俺の部隊がごっそり消えて砦建設の作業員だけが逃げ帰ってきたので、何があったのか調べに来たのでしょう」
川底を突きながらオニクスが答えると、グロウは腕を組んで唸る。
「そりゃ困った……また来るかもしれないな?」
「どうでしょうね? もっと重要な地は他にありますし、無駄な消耗は避けるかもしれません」
そうは言ったが、オニクスとて確信があるわけではない。
村に着くと二人は共に領主邸へ向かう。
「親父が着くまでさほど時間もないだろ。俺の家で待機していてくれ」
「了解です」
グロウに誘われ、オニクスは着いて行った。
――領主邸――
玄関の前には馬車が停まっており、見知った実家の御者が御者台に座っている。
彼はグロウを見ると地に降りて頭を下げた。
「お帰りなさいませ。旦那様は既に家の中です」
「おおっと、もう来ていたのか」
急ぎ家へ入るグロウ。
居間のテーブルには飛竜のエリュトロスがいて、グロウを見ると「ンゲー」と鳴く。
テーブルの席にはエレナが、その対面に父・ロック=キャスタル男爵が着いていた。
父の隣には大人しそうな、いかにも無害そうな青年が一人。貴族というより「お坊ちゃん」とでも形容した方が的確な雰囲気のその青年を見て驚くグロウ。
「兄貴も来たのか?」
青年はキャスタル男爵家の長男・スパイク=キャスタルだった……父やグロウとは似ていないが。
グロウを見て先ずエレナが立ち上がった。
「おかえりなさい! ケガしなかった?」
「俺だって回復魔法が使えるんだ、大丈夫だぜ。まぁ使う必要があったのはオニクスにだが……」
グロウの言う通り、彼がオニクスの負傷を現場で治療してから帰ってきたのだ。
頷くオニクス……そんな彼を見て、男爵は難しい顔で唸った。
「むう……本当にダークエルフを家臣にしたのか」
「まぁな。こいつは今日も村のために戦ってくれたぜ」
グロウがそう言っても、男爵の目から警戒は消えない。中級の手強い魔物として、長年、人類と敵対している魔物なのだ。
だが兄のスパイクは落ち着いて静かに言った。
「グロウの判断ならそれでいい。お前が領主だからな……今の所は」
今の所は。
何やら意味深なその言い方から、エレナは反発に近いものを感じる。
(お兄さんはグロウがこの村の領主である事を良しとしていないの? ウチも姉妹仲が良いとは言えなかったけど、グロウの家も兄弟の仲は悪いのかしら……)
エレナが考えていると、男爵はグロウへ改めて質問した。
「新たな魔王が現れたようだと手紙にあったが、そのダークエルフが元手先か。この……子供の竜も関係があるのか?」
「ンゲー」
子供の竜――飛竜のエリュトロスがテーブルで鳴いた。
「まぁそこら辺も今から詳しく話す。先に言っておくが、その小竜はセレス国の聖獣らしい。エレナは聖女の力に覚醒したんでな」
グロウが言うと、男爵親子は目を丸くした。
――数刻後――
グロウとオニクスは武装を解き、テーブルに着いて皆と話す。
オニクスはグロウに促されるまま、新魔王軍について、主人に教えた事を男爵親子の前で繰り返した。
「なるほど。中央に伝えねばな。私自身が首都に赴いて話せば、国王かその側近に伝わるだろう」
厳めしい顔で言う男爵。
グロウは頷いた。
「頼むぜオヤジ。俺はセレス国に……エルシオ公爵に伝えに行く」
「お父様へ?」
困惑するエレナ。
そんな彼女にグロウは笑顔を見せる。
「俺はエレナのご両親と会った事もないから、顔見世に行くためでもある。それに聖女へ覚醒した事も黙ってはおけないだろう」
「でも飛竜を……聖獣を召喚したとわかったら、私は実家に連れ戻されるかもしれないわよ」
エレナの顔が曇った。
セレス国108の聖獣、その頂点に立つ3頭。それを召喚できる者を国外へ手放すだろうか。聖獣はセレスにとって神聖な権威であり、強大な軍事力でもある。
セレスとブライダの関係が現在は良好で、大きな戦争をやったのは遠い昔の事と言っても、やはり「他所の国」に違いはないのだ。
その言い分にグロウは頷く。
「……それはもう仕方ないだろう」
「ちょっと! 私を置いて帰るわけ?」
「むう。黙っていればいずれ大きな問題になる以上、他に道は無いのかもしれんが……」
エレナが批難の声をあげ、男爵は顔を顰めて唸る。
二人とも、エレナをセレス国へ置いてグロウだけ帰って来る話だと思い込んでいた。
だがグロウは困った顔で頭を掻いた。
「おいおい、勘違いしたか? 出るなというならセレス国へ夫婦で引っ越すだけだ。せっかく領地を貰っておいて親父には悪いが」
グロウは聖獣の存在が大きい事を認めながらも、まだ妻と別れる気はなかったのだ。
ほっと安堵するエレナ。
「ああ……そういう事ね」
「そうに決まってるだろ」
「決まってるんだ?」
「当然じゃねぇか」
何を言っているのかといわんばかりの旦那に、エレナは嬉しそうに、少々照れくさそうに頷く。
「うん、まぁ、そうかもね」
そのやりとりに男爵は呆れていた。だが妻の都合で引っ越すと言う息子を批難はしない。
この婚姻、最初に提案したのは男爵本人だからだ。爵位が上で提案を受け入れてくれたエルシオ公爵家に不義理を働いて許される立場ではなかった。
好き合ってくっついた夫婦ではないが、流石にこの時点では借りて来た猫よりは互いに情がわいている。




