21 救援参上(夢破れる者有)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
オニクス:元魔王軍のダークエルフ。グロウに敗れて従者となる。
レイ:グロウがかつて所属していた冒険者パーティの魔術師。
――村の側の湖――
オニクスの剣が最後のゴブリンを倒した。断末魔をあげて魔物の兵が息絶える。
これで残るは熊獣人の戦士と湖上にいるワニ、その上に乗っている人間の魔術師だけだ。
だがオニクスも多数の傷を受けていた。中には決して浅くない物もある。流血が次第に体力を奪っていく中、彼は荒い息を吐いて次の狙いを定めようとしていた。
ゴブリンもオークも既に全滅。
だが倒せる敵から順に仕留めたので、熊獣人の戦士も湖上の魔術師も無傷同然。
オニクスの視線が魔術師を忌々しげに睨む。
(本当はあそこから倒したかったのだがな……)
離れた所から飛んでくる冷気系攻撃呪文の数々。避ける事も剣で切り払う事もできずに体を傷つけるそれらを止めるため、最初に火炎の攻撃呪文を飛ばして魔術師を焼き払おうとした。
だが魔術師の乗るワニが水しぶきをあげて身を起こし、飛来する呪文から魔術師を庇ったのである。
(後衛の魔術師を守るための魔獣を連れてきたとは。俺が思っていた以上に本気の部隊だったか!)
歯がみするオニクス。
一方、魔術師……かつてグロウと同じパーティにいたレイは、実は冷や汗をかいていた。
(危なかった……! 騎獣には防衛能力の高いヤツを選ぶよう進言しておいたのは、完全に正解だった)
実はマンモスやロック鳥など、より攻撃性能の高い魔獣も魔王軍は持っていた。そのうち1匹を今回の任務のため、リーダーの熊獣人戦士に貸し与えられたのだが……その時にレイは防御能力の高さを優先するよう意見したのである。
ゴブリンもオークも、攻撃力の高い魔物なら自分達が楽できると思い、レイの意見には不満を露わにした。しかし……
「騎獣が倒されてしまったら、帰りは延々と歩きですよ」
こうレイが指摘すると、熊獣人の戦士は丸め込まれてしまったのだ。
「それは嫌だな。なるほど、騎獣は防御能力重視で選ぶか」
もちろんレイは後衛にいる自分への危険を減らしたかっただけである。
(こうやって魔王軍の資材・人材を利用すれば、私の知恵ある限り手柄を立ててゆけるだろう。今の国々を叩き潰し、私が新たな支配者層の一員に加わる……おお、優秀な者にふさわしい未来。グロウめ、風の噂で実家に戻ったと聞いたが、しょせん富裕層がお遊びで風来坊を気取っていただけか。許せん……奴がぬくぬくと暮らせるのに私が困窮するような世の中が間違っている。いずれ底辺へ落として思い知らせてやるぞ)
レイは魔獣の背で都合の良い未来を思い描き、酔いしれていた。
熊獣人の戦士と激しく斬りあうダークエルフめがけ、次の攻撃魔法を撃とうと呪文を唱える。その掌の中に凍気が渦巻いた。
彼が乗るワニめがけ、湖から流れ出る川から高速で何かが疾走してくる。
それにレイが気づいたのは、水面を走る物がワニに激突するのと同時だった。
魔法で重量を軽くしても、質量が減るわけではない。重い武器を魔法で軽くしても、その破壊力は下がらないのだ。
水面を突っ走る船の、舳先からの激突……それは巨大な杭が高速で飛んできたに近い。
魔王軍のワニはタフな魔物だったが、不意打ちでまともに食らった事もあり、一撃で内臓破裂を起こしてしまった。完全に致命傷である。
激痛にワニは激しく身を捩り、血反吐を吐いて大波を立てながら湖の底へ沈んでいった。
その背に乗っていたレイは?
声を上げる間もなく湖に投げ出され、狂ったようにもがくワニの巨体とそれが起こす波に打ちのめされてしまった。
何が起こったのかも把握できないまま意識を半ば失い、レイも湖底へ沈んでゆく。
彼の命を奪ったのが、一応は操船していたグロウなのか、船を疾走させたエレナなのか。判断の難しい所だ。
まぁ事故としか言い様が無いだろう。
さて激突した船の方はどうなったかというと……水の精霊達がついていた事もあり、転覆はしなかった。
しかしワニの巨体に跳ね飛ばされ、横滑りするような形で陸に乗り上げてしまう。乗っていたグロウもバランスを崩して船底へ倒れ、眩暈を起こして頭を振っていた。
ここにレイが来ていた事など、彼は気づきもしなかった。
そしてこの時、オニクスの戦いも決着がついていた。
船がワニに激突した瞬間、その力が急上昇したのだ。己のレベルが跳ね上がりパワーアップするのを、オニクス自身も実感した。
戦いの中で突然起こった強化だが、渾身の一打を見舞うチャンスを探している最中だった事が、その急な強化を完全に活かした。
「必殺剣【ガイザーブラスト】!」
叫んで剣を繰り出すオニクス。
魔法の横やりが無くなったのを幸いに、上がった速度で熊獣人戦士の防御を潜り、強くなった膂力でオニクスの剣が食い込む。次の瞬間、刃が激しく燃え上がった!
武器を強化する魔術を一瞬に集中する事で威力を大きく高め、打撃に合わせて発動させる――武芸と火炎の魔術を組み合わせた、魔法戦士ならではの必殺剣技である。
魔力の高まったそれは、タフな獣人をも絶命させた。
断末魔をあげ、熊獣人の戦士は傷口から火を吹きながら倒れる。
勝利し、荒い息を吐きながら、オニクスは己の掌を見た。
(この強化……魔剣【エレクトラー】の能力とはこれか。それが俺にこうして明確に作用している、という事は……)
オニクスの後ろで、完全に陸へ乗り上げた船からグロウが「いてて……」と呻きつつ身を起こす。
周囲で倒れる魔物兵の屍を見渡し、溜息をつくグロウ。
「おいおい、魔物が全部倒されてるじゃねぇか……SOS出しながら結局勝っちまったのかよ」
一瞬、逡巡はした。だがオニクスは彼の主人の側に行き、自ら片膝をついて頭を下げる。
「来てくださってありがとうございます」
「礼には及ばんよ。いや、かなり本当にな。やれやれ……カッコよく助っ人すんのも難しいもんだ」
敵と全く戦わずに事が終わり、苦笑するグロウ。
そんな主人を前に、オニクスは自分が不思議だった。
己が他人に感謝するなど、思ってもみなかった。
一番運の無い奴は多分ワニ。




