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20 グロウ出撃(手伝い有)

登場人物

グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。

エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。

エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。

オニクス:元魔王軍のダークエルフ。グロウに敗れて従者となる。

 ――スロウ村・領主邸――



 窓の側で飛竜(ワイバーン)のエリュトロスが「ンゲー」と鳴く。

 外を眺め、顔を(しか)めるグロウ。彼は森の上空に浮かんだ『SOS』の文字を見つけたのだ。


「どうやら面倒な相手のようだな」

「あれが決めてたサインなんだ」


 やはり窓から『SOS』を見るエレナ。

 否定しているわけではないが、この世界でまでこのサインを使う理由がわからないのだ。

 グロウの考えは――


「少ない文字数ですぐ作れるし、見た瞬間にパッと意味がわかるからな……地球の知識があれば、だが」


 色や記号などでも救助要請のサインには事足りるだろう。狼煙(のろし)を始め、この世界ではよく使われる通信手段でもある。

 しかしグロウはあえて地球のサインをオニクスに使わせた。その理由が自分へのわかり易さなのである。

 別にこの世界の「普通」に合わせても良かったのだが、決めたサインは今後も使うだろう。後々「空に赤色の三角形が浮かんだが、あれは何だっけ?」となってしまったら緊急の時には役に立たない。


「じゃあひとっ走り行ってくるぜ」


 グロウがそう言うと、エレナは小さく首をかしげた。


「飛行の呪文なんかは使えないの? 今のグロウならすぐ習得できると思うけど」


 言われたグロウはばつが悪い顔で頭を掻く。


「そうすりゃ良かったな……時間が無かったわけじゃないのによ」


 魔法戦士は専門の魔術師に比べ、習得できる呪文の数が少ない。中堅レベル止まりだったグロウは、戦闘用の呪文を習得するのに手一杯だった。

 とはいえそれは過去の話。今のグロウなら確かに学びさえすれば大量の呪文を習得する事ができるだろう。それだけの能力は既にある。

 しかし魔法の呪文は知識が土台で、学ばねば使う事はできない。習得済みだった電撃の呪文は魔剣のおかげもあって数段進化はしたが、それは前から使えた物が強化されたという事でしかない。全く知らず使えない呪文では進化も強化も起こりようがないのだ。


 だが様々な場所に出かけ、探索し、戦う冒険者稼業から身を引き、田舎村に定住して領主に就く事になったグロウである。

 長距離を高速で飛んで行く技を新たに身につけようとしなかったが、それはさほどおかしな事ではないのだ――「今日は天気がいいから頑張って空を飛ぶぞ」などと、普通の領主は考えないのである。


 それぐらいはわかっているので、エレナはグロウを責めるような事はしなかった。

 だが何か良いアイデアは無いかと考えはするし――やがて思いついて「あ!」と声をあげる。


「湖に行くのよね? じゃあ川を遡れば森の中の道を行くより速くない?」

「あそこまで船で行くのはちと無理があるんだ」


 グロウは残念な顔で否定した。

 船で川を遡る事は不可能ではないが……平地の、大きく流れの緩やかな川で、帆で風を受けての話だ。そうして上流・下流を行き来する水運船は存在する。

 しかし山地の狭く流れの速い川ではそれは不可能。船を上流へ移動させる時には、陸地から牽引するのが一般的な方法となる。


 無論、この世界には魔法があるのでこうしたセオリーを破る事はできる。

 だが強力な魔術師は数が少ないし、船の運航を魔法で助けるのは自分が乗っている時ぐらいの物だ。よって水運を激変させる要素にはなっていなかった。


 しかしエレナは自信ありげに微笑む。


「うん、だから行けるようにするの」

「ほう?」


 戸惑うグロウ。

 エリュトロスがエレナの肩に停まり、なぜか偉そうに胸を張った。



 ――村の川岸――



 鎧を纏って剣を帯び、武装したグロウは川面(かわも)に浮かぶ小舟に乗り込む。

 係留するロープをほどく彼の側、岸の上で、エレナは魔法の呪文を行使するために精神を集中していた。


 そう、船の運航を魔法で助ける事のできるほど強力な魔術師が、まさにここにいるのだ。ならばセオリーを破る事はできる。


(俺よりエレナの方が使える呪文は多いんだよな……)


 小舟から妻を見上げるグロウ。

 セレス国の聖女は聖獣を連れて戦場や災害現場に行く事がある。よって貴族の女子は聖女になれた時のため、様々な魔法を学ぶ――それがセレス貴族令嬢の教養なのだ。

 エレナは公爵家の長女であり、受けた教育のレベルはかなり高い。習った呪文の数も多かった。今までは「使えるかどうかは別にして」であったが……それはもはや過去の話。


 【重量軽減(ウェイトリダクション)】の呪文に集中するエレナ。

 荷物の運搬に使う呪文だが、その魔術を容易く完成させ、威力をどんどんと上げていく。

 彼女は実感していた。


(うん、以前とは段違いの魔力が自分にある事がわかるわ)


 グロウがよろめいた。船底が持ち上がったのだ。

 エレナが呪文をかけたのは船。これからしばらく、紙で作ったかのような軽さしかないだろう。

 そしてエレナはもう一つ呪文を使う。こちらも威力をとことんまで上げて――


「いっけー!」


 気合の声と共に【水流操作(カレントコトロール)】の呪文を発動させた。

 水の精霊達の腕が川面(かわも)から出て、船を全力で押す。この船の接水面のみ、水の流れが全く反対――上流へと、湖の方へと向かう方向になった。

 エレナが今の全力をこめた結果、その流れは……


「おお!!」


 感嘆の声をあげるグロウを乗せた船が上流へ向けて疾走し、あっという間にエレナの視界から消えた。



 操船用の(さお)で必死に川底を突くグロウ。

 エレナが同乗しているわけではないので、水の精霊達は細かい操作をしてくれない。ただひたすら、効果時間の続く限り全力で船を前進させるだけだ。

 極限まで軽くなった船は水の精霊達の力で、モーターボートの全速力もかくやという速度で水面を走っていた。

 田舎の小さな川には無視できない大きさの石や岩もごろごろしている。それを避けるのはグロウの(さお)捌き、本人の反射神経頼りだ。


「ははっ、こりゃあスリルのある事で!」


 大きな岩を次々と避けながら笑うグロウ。

 そうしながらエレナの魔力を実感していた。


(おんぶに抱っこされてんなぁ、俺)



 グロウの船が視界から消えて少し経つと、エレナは自分の魔力が大きく減少するのを感じた。

 魔剣【エレクトラー】がグロウの生み出した物であり、彼の分身であり、家族の一員になった自分の能力を大きく補正してくれている……それは共に生活する中で既に聞いた事だ。

 与えられる補正に、彼からの感情が大きく関わっている事も。


(おんぶに抱っこされてるわね、私)


 その肩でエリュトロスが「ンゲー」と鳴いた。

ま、お互いがお互いの仕事してりゃいいんでないかね。

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