17 陰で蠢く軍勢(含む知人)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
シグルド:グロウがかつて所属していた冒険者パーティの戦士。
ディエン:グロウがかつて所属していた冒険者パーティの盗賊。
レイ:グロウがかつて所属していた冒険者パーティの魔術師。
かつてグロウが在籍し、追い出された冒険者パーティ【ユグドラシル】。彼らは仕事が失敗した後に声をかけてきた女に連れられ、山中へと入っていた。
街道の途中から道を逸れて入る、無人の山の中。その獣道を、露出の多い赤いドレスを着た女は草を分けながら進んでいる。夜の商売をしていそうな色気を強調した格好でありながら、野外を歩く足取りは冒険者や猟師も顔負けだ。
しかしどこへ行くのか。この先に村があるようには思えない。
(多分まともな仕事じゃねぇな。山賊団がメンバーの補充でもしようってのか?)
女のすぐ後ろをついて歩きながら、戦士のシグルドは薄々予感していた。
だがついて行くのをやめようとはしなかった。気に入らないグロウを追い出し女神官を仲間にして気分は最高だったのに、直後の失敗。女神官に愛想つかされて去られ、他のパーティに叩きのめされ、怒りと鬱憤が胸の内に溢れかえっていた。それをぶちまけ、叩きつけてやれるなら、法もクソも知った事ではなかった。
「ここよ」
女が唐突に言う。
指さした先にあるのは洞窟だった。
――洞窟の中――
洞窟は天然の物だったが、中に進むとほどなく柱や梁で補強され、人の手が入った地下の住居になっていた。
広い場所には武具や樽、木箱等の物資が保管され、ならず者の吹き溜まりというより軍の拠点らしくさえある。
実際、武装した者達が何人も歩きまわっていた。人間もいるが、ゴブリンやオーク等の下級の魔物の方が多い。
「魔物!? 魔物がいるぞ!」
流石にこの光景は予想外で、盗賊のディエンが慌てふためいた。他の二人も慄き狼狽える。
しかし武器は抜かない。この数では戦っても勝ち目は無いので、刺激する事を避けようとしたのだ。
そんな三人を、魔物達は横目で見ても興味無さそうに通り過ぎていくだけだった。
女が【ユグドラシル】の三人へと振り返る。
「ようこそ。新魔王軍の砦の一つへ」
――地下砦の一室――
女は小部屋へ三人を誘うと、そこで説明した。
新たな魔王が旗揚げの準備をしており、人類への攻撃ももう間近なのだと。
「その手下になって人類社会を攻めろって事ですか」
魔術師のレイが呻く。
「あら、嫌かしら?」
女は妖艶に微笑んだ。
この女が人間なのかどうか、三人にはわからない。確かなのは魔物側の工作員で、魔王軍に入りそうなならず者をスカウトして回っているという事だ。
そんな者に【ユグドラシル】の三人は脈有りと見込まれてしまったのである。
しかし仮にも冒険者であり、犯罪に手を染めている無法者ではない。
だからシグルドは露骨に不満を顔に出した。
「俺達だって人間だぜ」
「魔王軍に組する人間なんて昔からいくらでもいるけど?」
さらりと言い返す女。
それはこの世界の事実だ。この砦にも、何人もの人間がいた。
いつの時代のどんな社会にでも、悪事を働いて利益を求める者はいる。裏社会の犯罪組織で違法に手を染めるのも、侵略者の尖兵になるのも、どれほどの違いがあろうか。
「今の人類国家はいくつも崩壊するでしょうね。その後には新しい国が造られる事になるわ。魔王を帝王とする、配下の国々が」
女の言う事は、この世界で幾度も事実になってきた事だ。魔物の軍勢に滅ぼされた国など歴史の中に数えきれないほどある。
そして女は誘惑を口にする。
人生が上手く行っていない者や追い詰められた者がいる事もまた、どの時代も常に同じだった。
そんな者達が求めるのは「一発逆転」。
それは社会に激動があると実現し易くなる。
「成り上がるとても大きなチャンスよね。今の貴族どもを叩き潰して、そいつらが謳歌している物を全部自分がもらってやる……そんな機会、これを逃したら貴方達が生きているうちにあるかしら?」
「貴族を……!」
シグルドが目を見開いた。
己がパーティから追放した魔法戦士・グロウの姿が脳裏に浮かぶ。
その顔は嘲笑っているようでもあった――失敗して躓いたグロウにはそう思えたのだ。
(あのクソッタレの実家も貴族だったな)
シグルドの感情は憎しみの域にまで達していた。それが自分勝手な、一方的な八つ当たりであっても。
その後ろでディエンが恐る恐る他の二人の様子を窺いながら訊く。
「悪い話じゃない、よな?」
「それにこんな話を聞いて、ここで断ったら、果たして生かして帰してもらえるでしょうかね?」
そう言うレイの方は既に肚が決まっているようで、落ち着きがあった。
頷くシグルド。
「確かに。テメェが死んでも正義のために生きろなんて、正義のために生きてくたばった奴にしか言う資格はねぇよな」
冒険者からは度々英雄が生まれてきたが、犯罪者に落ちぶれる者も多かった。単純な数で言えば落ちる物の方が遥かに多い。
魔物の討伐というのは、要するに武力……暴力で敵を排除する事である。そういう者が精神性を捨てれば略奪する側に落ちるのは容易な事だ。
上手くいっていない、行き詰っている者は特に捨て易い。
無論、女はそれをわかって声をかける相手を捜し歩いているのだ。
女の顔に笑みが浮かぶ。
「決まったわね?」
「ああ、仕方がねぇ。仕方がねぇから新魔王軍に賭ける事にするぜ。戦はいつ始まるんだ?」
シグルドも笑っていた。
後ろの二人も。
「せっかちさんね。大きな戦の前に、小さな仕事を前準備として積み重ねておかないと。まずはそこで腕を発揮してちょうだい」
女そう言うと三人に近づき、一人一人の顔を間近で覗きこんでゆく。
三人は女の、甘ったるい香水の匂いを嗅いだ。
真っ赤な唇から女の囁くような声が漏れる。
「貴方たち、見所ありそうよ。期待しているわ」
ある意味転落真っ逆さま。




