16 燃えろ前世知識(本当に)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
オニクス:元魔王軍のダークエルフ。グロウに敗れて従者となる。
――領主邸――
ダークエルフのオニクスを従者にした経緯を聞き、エレナは驚き、呆れた。
「グロウが決めたならそれでいいけど。ちゃんと仕事するかしら」
「そこら辺はまぁ、ダメで元々な所はあるな」
そう言いながらグロウはテーブルで書状を書いている。重要な情報を入手したので直に会いたいという内容だ。
書き終えると筒に入れ、蝋で封をし、家紋の刻印を押す。
そして次の書状にとりかかった。
「2通出すのね?」
「ああ。親父の所と、君の父上の所……多少突飛な話でも、身内なら頭から否定したりしないだろうと期待してな」
エレナの問いに頷くグロウ。
新魔王軍胎動の情報を伝えるにも、誰に……という問題がある。大事なので国王にでも聞いて欲しいが、会いに行くツテは無い。
そこで己と妻、両家の親にまず伝え、そこからさらに上へ……と考えたのだ。
2通目を筒に入れたグロウにエレナが訊く。
「その手紙を出したら手が空くかしら?」
「ああ、何をすればいいんだ? ぜひ言ってくれ。俺は君に尽くすために息をしているんだ」
いけしゃあしゃあと言うグロウに、エレナが小さく肩をすくめた。
「ホント、そういう冗談好きね」
だがそう言うと自分も必要以上に胸を張り、大げさな口調で言う。
「前世知識、第2弾。目指せエネルギー革命よ」
一転、目を丸くするグロウ。
「おやおや、まだ挑戦する気だったのか」
「そこはほら、ダメで元々な所はあるわね」
そう言いながら、エレナは茶目っ気を見せて笑った。
――裏庭――
ダークエルフの従者・オニクスも呼び出し、エレナは自分のアイデアを説明する。
共通の知識を持つグロウには何をするつもりなのか、すぐにわかった。
「ふむ、練炭か。確かにこの世界では見た事が無いな」
炭の破片に粘着剤をまぜ、大きさと形を整える。それで原始的な練炭ができる筈だ。
この世界にも木炭は普通にあるし、山地のこの村では行商人へ売る生産品の一つでもある。それを見て思いついたアイデアだった。
だがそのアイデアを聞いてオニクスは首をかしげた。
「レンタン? 炭を加工するのか……そのまま燃やすのとどう違うんです?」
「燃焼効率がいい、だったかしら? 私も原理に詳しいわけじゃないの。むしろ私としては、砕けた炭やその粉を上手く利用できないか考えての事なんだけど……ワガママに付き合わせてゴメンね?」
両手を合わせて申し訳なさそうな顔を見せるエレナ。
主人の奥方に詫びられオニクスは慌てた。上の者の機嫌を損ねればその場で処刑も珍しくない魔王軍にいたが故に。
「いえいえ! 命令に逆らう気は毛頭ありません。全力でやらせていただきます」
「よし、なら始めるか」
やる気満々で掌に拳を打ちつけるグロウ。その服は冒険者時代に着ていた、平民の人足が愛用する安く丈夫な物である。
彼はオニクスとともに、炭クズが入っている袋を納屋から出した。そこへエレナが粘着剤の入った壺を持ってきた。
この世界の粘着剤にも数種類あるが、今回使う物は芋のデンプンから作った物……この地方には地球のジャガイモとほぼ同じ物が昔から流通しているのだ。
まぁ芋はともかく、グロウはエレナが作業用の手袋を3人分持って来た事に驚いた。
「おいおい、エレナも作業するのか? 汚れるぜ?」
「これ、野良作業で使う服なんだって。だから汚れていいわ」
そう言って麻のスカートをつまんでヒラヒラさせるエレナ。髪は手ぬぐいを頭巾にして、その中に押し込んである。
この世界でも農家のおかみさんやお婆さんが畑仕事を手伝う事はままある。エレナは今までそうした作業に縁は無かったが、今回、わざわざ用意したのだ。
そんなエレナを見て、オニクスはまた驚いた顔を見せる。
「命令する側がこんな労働をするとは……」
魔王軍どころかダークエルフ社会でも、生活のための労働は身分の低い者や奴隷にやらせるのが普通だ。また彼がもつ人間社会の知識では、貴族は基本的に肉体労働などしない者であった。
しかしエレナは軽く微笑んで一言。
「あれこれ口だけで言うより、やりたい事が伝わるでしょ」
そうして自ら炭クズに手を伸ばした。
炭クズを集め、砕き、粘着剤を混ぜ、しばしこねて押し固める三人と1匹。暇だったのか、なぜか飛竜のエリュトロスも参加していた。
服も手も、顔さえ黒く汚しながら、炭で円盤を作り穴をいくつか設ける。
粘着剤の乾燥を、エリュトロスが息を吹き付けて早めた。さすが竜の一種というべきか、小さな体ながら人間よりも遥かに長時間、息を吹き続ける事ができるのだ。
「よし、練炭の試作品完成だ。燃やしてみるぜ」
実際にはその前身である成型炭とでもいうべき物だが、グロウは乾燥した練炭を1つ選び、少し離れた所で着火する。
火が穴から昇り、ほどなく上辺が燃えだした。
感心するオニクス。
「おお……なるほど、思った以上に燃える。もしやこのまま燃え尽きるまで手を加えなくていいのですか?」
「そうよ。燃焼が安定するんだって」
エレナのその言葉に、オニクスはなにやら考え込んだ。
「ふうむ。形を整えるぶん、木炭のままより遥かに持ち運びもし易い。大きさで燃える時間が決まり、取り扱いや火の維持も簡単なら、利用できる場面は多そうだ。ならば加工する意味はあるか……」
「まぁ手間を考えると数を作るのは難しいかな。やっぱり手作業だとかなり面倒だもんね」
さっぱりした顔で、しかし溜息はつくエレナ。
前世の記憶だと、地球の知識を異世界に持ち込んだら周りもびっくりの大発明!……というのがライトノベルの定番だったのだが。
いざ自分がやってみると、完成品を知っているだけで専門知識は無いし、作るための道具や設備があるわけでもない。
というわけで結果の予想も薄々ついていた。始める前に言った通り、ダメ元でも念のため……という所である。
そんな彼女に、グロウは黒く汚れた顔で笑いかけた。
「だけどまぁ、これもいくらか作っておけばちょくちょく役には立つだろうさ。無いよりは確実にいい」
後日、練炭の作り方を教えてもらった村人達は「とても便利な炭の加工品」として思った以上に評価し、炭焼き達は売り物にならない小さな破片が材料になる事をとても喜んでくれた。
村の商店に何個か常に置かれるようになり、エレナは「意外と上手くいったかな」となかなかの満足感を得た。
後年、行商人の目にとまって外に広まり、運搬しやすさと燃焼の安定・持続時間が喜ばれて流通が拡大してゆき、それに伴って道具や設備が後追いでできて製造工房まで建つようになり、価格調節や税収への意見具申のために村に練炭ギルドの本部が建つほどの産業になるのだが……まぁやはりこの時点では誰にもわからない事だ。
練炭の原型もさかのぼれば江戸時代にはあったそうだが、まぁこの世界はその手前ぐらいだったという事で。




