14 妻の真実(そして前世知識)
登場人物
グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。
エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。
エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。
魔物の大群を蹴散らして2~3日。
グロウはテーブルにつき、朝食の支度をするエレナを眺めていた。エプロン姿の妻はほいほいと手際よく料理を済ませてゆく。
包丁が宙を舞い、茹でた腸詰と刻まれた野菜が皿に盛られ、ご飯が茶碗によそわれる。その傍らではおにぎりが俵状に固められていた。
その全てが文字通りの同時進行である。
そんな事ができるわけがない。だが今のエレナにはできるのだ。魔法の念動力が透明な腕と化し、手が5本も6本もあるかのように作業ができるのだから。
グロウは魔物の軍を蹴散らした後、己の急激なパワーアップの原因が魔剣【エレクトラー】によるエレナの力の増強にありそうな事を、ユゼスから教えられた。
それをエレナ本人にも話した所、エレナは事実を確認するために己の魔術をいろいろと試してみた。
結果。
どんな系統の魔術も45点ほどだった筈が、別人のように使いこなせる事に気づいたのである。
「念動系魔法に第三の腕を作るという呪文があるのは知っているし、それに習熟した魔法戦士は両手武器と盾を同時に使うとか、三刀流とかで戦うが……それだけ腕を増やしまくれる術者なんて噂レベルでも聞いた事ねぇよ」
呆れと感心の混ざったグロウの呟き。
エレナは振り向いて茶目っ気たっぷりに笑顔を見せる。
「戦いの事はわからないけど、奥さんとしては格段に向上した気がするわ」
そんな軽口を言っている間に、グロウの前に皿が一式並べられた。
サラダと腸詰、汁物、そして……ご飯。ここブライダ国も地球から見れば洋風文明であり、主食はパンである。だが今日も領主邸の朝食は米だった。
それには理由がある。
「はいエリュー、ご飯よ」
エレナが俵おむすびを一皿差し出すと、肩乗りサイズの飛竜・エリュトロスが「ンゲー」と鳴いてからモシャモシャと食べだした。
この聖獣への朝食でご飯を炊くので、無駄と手間を少なくするため、夫婦の朝食も米食なのである。
(おにぎりが好物なんだよな、こいつ。見た目は超合金玩具みたいなのに。あちこち引っ張ったり捻じったりしたらロボットに変形するんじゃねぇか?)
そう思いつつ、グロウはご飯を食べるエレナへ話しかける。
「まぁ帰らせなきゃ再召喚の必要は無いか……こういう場合はあれか、『まさかそんな発想があるなんて! 君は天才だッ君は天才だッ!』と驚けばいいのかな」
「で、私は『何かやっちゃいました?』て訊くの? 異界人の頭が悪いなんて風潮は感心しないわね……」
夫と同じメニューを食べつつ言うエレナ。
その言葉に、二人は同時に首を傾げた。
「「ん?」」
しばしの沈黙。小さな飛竜が黙々と握り飯を頬張る。
エレナはおずおずときり出した。
「……ねぇ、前にチキュウがどうとか言ってなかった? なんか結婚式以来、よく夢で見るんだけど」
グロウは衝撃を受けた。なんとか平静を保ちながらエレナへ訊く。
「もしその夢が、見る度に鮮明になっていろいろ思い出してくるというなら……内容を聞かせてもらいたいな」
「地球という世界の日本という国で、何十年か人生を送るんだけど。前世という奴なのかしら?」
妻の言葉に再び衝撃。
少しだけ逡巡したが、グロウは正直に言った。
「夫婦の間で隠し事を減らすために告白するが、俺にも同じ世界の記憶がある」
「ええっ!?」
それからしばらく。
少々急いで朝食を片付けると、テーブルに寝そべる飛竜を前に、二人で地球の記憶を語り合った。
驚いた事に住んでいた国は同じ日本、時代も多少ズレはあるがほぼ同じ。流石に住んでいたのは別々の地方だったようだが、それでも相当な衝撃である。
「……私達、同じ世界から生まれ変わった者同士というわけ? そんな事ってあるのかしら」
「逆に考えて、そんな者同士だから今生で縁があったのかもな……」
グロウがそう言うのを聞いて、エレナはくすりと笑う。
「でも、お互い変な妄想にとり憑かれているだけなのかも?」
グロウは……ニヤリと笑った。
「もしそうなら、お似合いの夫婦になれないかね?」
「うん、悪くないかも? 他の人には言えない秘密ができちゃったわね」
そう答えるエレナもおかしそうに、楽しそうに笑っていて、どこか喜んでいるようでもあった。
顎に指をあて、上機嫌で考え出す。
「さてさて、そうなると前世知識を皆様のお役にたてて『さすが領主の若奥様!』と喜ばれたい所だけど……」
「お、何かの革命を起こせそうな専門知識がありますかね?」
身を乗り出すグロウ。
エレナは「たはは」と苦笑い。
「小・中・高校で普通に習う事しか知らないわ」
「何を隠そう、実は俺もさ」
グロウはニヤリと笑ってそう言った。
それを聞いて呆れるエレナに、しかしグロウは提案する。
「まぁあれだ、この世界でもシチューは定番中の定番料理だし。例の固形ルウ……あれの作り方でも村人に教えてやればどうだ?」
「そうね。私は手間を省いて時短するため魔法も使って作るけど、無しでもやろうと思えば作れるわね……そこそこ保存はきくようになるけど、どの程度需要があるかしら?」
そう言いつつも、エレナは村人達に作り方を教えてあげる気にはなっていた。
テーブルの上でエリュトロスが「ンゲー」と鳴く。
後日、固形ルウの作り方を教えてもらった村人達は「1つ2つ作っておけば便利な、生活の知恵」として好意的に教わり、エレナは「まぁその程度のもんよね」とささやかな満足感を得るに留まる。
後年、行商人の目にとまって外に広まり、旅の途中でも簡単に食べられるシチューとして流通し、乾パンや干し肉を蹴落として近隣諸国を含めた周辺一帯の保存食業界で猛威をふるい、製造のための道具や設備が後追いで造られ、価格調節や税収への意見具申のために村に固形ルウギルドの本部が建つほどの産業になるのだが……まぁこの時点では誰にもわからない事だ。
未開な場所ならどんな便利な物を作っても普及には時間がかかるだろうし、かからないほど進んだ世界では地球の知識で活躍する場も無いだろう……と考えた展開。




