2 ユージンの大誤算
(……五日?……もう、そんなに経っているのか?……)
「まずは、少し手荒な真似をさせて頂いた非礼をお詫びいたします。そうでもしなければ、貴方は此処へ帰ることを良しといたしませんからね?」
「あっ、当たり前だッ!! 今からでも、とっとと此処から出ていきたいぐらいだっ!」
「まあまあ、ユージン様、落ち着いて下さい。契約書にあった『養成所』とはアルベール私設騎士養成所ではありません。この『ロドニア王宮』そのものです」
「……!!」
開いた口が塞がらない……確かに『養成所』としか書いてなかったものの、ユージンはすっかりアルベール私設騎士養成所だと勝手に思い込んでいたのだ。
「……モラン、お前……嵌めやがったな……」
「ユージン様……この王宮に再就職された時の最初の目的をお忘れでは?貴殿と私とでこの国の腐りきった膿を出す事……そして今回は都合のいいことに、削り取ったその余剰金を使う名目が、出来たわけです」
「……余剰金だって?」
モランは、ユージンの目の前にアステリオン公国の最新の貸借対照表を広げた。そこには生まれたばかりの国家が抱える、生々しい「赤字」の数字が並んでいた。
「……いいですか、ユージン様。今現在の我が故郷アステリオンは、生まれたての小鹿のようなものです。防衛費、インフラ設備、そして何より食料自給。……これらすべてが、これから『立ちいかなくなる可能性』という崖っぷちに立たされています」
「……分かっているさ、だから俺はあっち側で後方支援にまわろうと……!」
「いいえ。貴殿が一人でちょっと土をいじったところで、誰も褒めてはくれませぬ。国家の赤字は埋まりませんよ。……でも、ご安心ください。救世主が現れました。『ロドニアの美しき姫君』です」
モランは敢えて、名前を言わずに、その人物を示した。ユージンの顔が引き攣る……。
「姫君は、『ハンスが書かれた報告書』を一読され、こう仰いました」
『ハンス』とは……ユージンが事務長官として、例のあのハイエナと共に全滅したという報告書を書いたときに使った名前だ。
「この『ハンス』とかいう男は事務能力が異常に高いわね。この男にならアステリオンを支えるだけの出資をしてあげてもよくってよ。但し、我がロドニアは、担保としてこの男を『レンタル』しようと思うの」
……戦慄を覚える。眼鏡をかけ、髪形を変えても、あの執着姫にはもう既に正体がバレている。
ユージンの顔から、さぁーっと血の気が引いていった。
「……つまり、何だ。アステリオンの存続と引き換えに……俺は『売られた』のか……?」
「売られただなんてそんな……本当に言葉が悪いですね、ユージン様。それを『渡りに船』と言うのです。姫様は、貴殿の『事務能力』に惚れ込み、貴方は故郷を救うための軍資金を手に入れる……これほど論理的で、美しい等価交換があるでしょうか。うむ、素晴らしい……実に見事な契約だとは思いませんか?」
「何が素晴らしいだっ!! ふざけるなぁッ!」
ユージンは机を叩いて立ち上がった。
「俺は商品じゃねえぞ。自分の意思はどこにあるんだ!大体、その出資金の運用計画を立てて、ロドニアの金を毟り取って、アステリオンに送る『実務』をやるのは、結局俺じゃねえかっ!!」
「……左様でございます。ユージン様がロドニアで有能であればあるほど、こちらからアステリオンへ流れる金が増えるということ……。システムは全て整いました。良かったではありませんか」
「……っ、……ううっ!!」
怒りで顔を真っ赤にするユージンだったが、握りしめた拳は空を打つことしか出来ない。
もしここで「嫌だ」と言えば、小国アステリオンのおよそ4000人の兵士たち、そして家族が路頭に迷ってしまう。それを誰よりも理解しているのが「事務屋」のユージン自身だということが最大の悲劇だった。
「……全て計算済みなんだな……俺が断ればどうなるか……」
「あれ?……おやおやユージン様自身が私に教えて下さったのでは?『感情で動くのは二流、数字で動くのが最良だ』ということを」
ユージンに反論の隙を与えないモラン。流石はゼノスが重用していた男。……ユージンの思惑は脆くも崩れ去ったのである。
「さあ、ユージン様。後に続くアステリオンの未来ある子供たちの笑顔の為に、この山のような汚職調査報告書に目を通してくださいませ。参りましょう」
モランは微笑を浮かべていた。ユージンはガックリと椅子に座り込み、溜息を吐くしかなかったのだった。
さあ、どうなる、ユージン(笑)




