17 出会い
店長には内緒で木曜日だけスナックでのバイト契約が決まり、他の日に飲みに行くのは控えて、優しい空間で癒されながら、それなのに時給が発生するという夢のような20時~25時までの5時間を過ごせるようになった。
渡りに船って本当にあるんだぁ
なぜかあのお店に行きたいなぁと思ったその時に合わせたかのような求人があったという偶然。
ママが発していた週1求人募集シグナルを、私の時間潰し場所欲するアンテナが受信したのかな?
不思議だけど人は考えていることが関わりある人や、関りがない人にも共感して同時に思いつくことがあるってテレビでやっていたような気がする。きっとそれなんだろう。受信できたのはとてもありがたい。それともママが私のシグナルを受信してくれたのかも?
毎週木曜日の本業バイトは開店時間~17時のシフト希望にして、スナックへ20時前に到着する。
お店はママが18時から開店させているのだけど、お客様が集中するのは20時頃からだから従業員全員が揃うのはその時間になる。
平日のお店はそんなに忙しくはない。だから木曜日はママと私だけでも十分だけど、朱音さんという、女性が憧れるスタイルが良くて綺麗な女優の篠ひろ子さん似のおねえさんがいた。
朱音さんは所作が上品で美しくて、とても優しい笑顔でお客様を癒す人なのに、時々だけど物憂い表情をする時がある。
そのミステリアスな影を含んだ雰囲気が同性の私でも目が離せなくなっているくらいだから、朱音さん目当てのお客様が大半だからレギュラーメンバーなのだと納得する。
木曜日のこのお客様が少ない日を選んで来店されるお客様方は、ママの人柄と朱音さんの魅力に引き寄せられている。
常連の伊藤さんはお店の女の子たちを孫のようなつもりで分け隔てなく接してくれるので、朱音さんだけに引き寄せられているお客様から疎まれる私を、こっちへおいで~と呼び寄せてくれる。
そしてこの木曜日に決まって来店される男性四人組メンバーのお客様が私の居場所となっている。
この四人組メンバーの彼等は私より少しだけ年齢が上かな?と感じる人達で、カラオケをガンガン入れまくるのだ。明らかに朱音さんはまったく眼中になくカラオケ目当て。
この時代はカラオケボックスは復旧していなかったから、カラオケしたいならカラオケが設置してある飲食店へ行くしかなかった。だから来店してすぐにカラオケ本を要求される。
このカラオケ本も今では絶滅危惧種というかもう絶滅しているのかもしれないけど…。
だから私の仕事はカラオケ機器を操作するのが主な仕事となる。ま、同世代なので歌われる曲は耳障りではないからとても居心地が良いから嬉しい。伊藤さんと四人組メンバーと過ごしているうちに閉店時間の24時がやってくる。
お店の閉店作業は、キープボトルの棚をはたきで埃を落とし、テーブルや合皮のソファーや椅子を徹底的に吹き上げ、敷き込みカーペットは掃除機を掛けてから更に固く絞ったモップで吹き上げるので1時間は掛かる。開店作業はママ一人だけでしているので、閉店作業の時にこれだけ行わないと大変なんだと思う。
このお店の居心地の良さはこの清潔感も大きな要因だと思う。本業の飲食店も店長がピカピカにしたがっていて、そこに情熱を掛けている所が私が好きになるお店の共通点なのかな?と思った。
でも、ちょっとだけネバついた床の中華料理店も好きである。ネバネバやツルツルする床のお店は嫌いだけど…。
毎週このお店でのバイトは本当に楽しい時間ではあるけれど、お酒の席という特殊な空間での接客だからこそである体験をした。
若い女性を連れた中年男性のお客様。お店側の者としては男性だけをもてなすのではなく、女性を退屈させず楽しませないといけないと思い、女性に話を振ることが多かった。同世代のため話が盛り上がったので私と女性は和やかな雰囲気になったのだけど、どうにも中年男性の機嫌が思わしくない。
女性が男性と一緒に来店されて、お店側の女性にベタベタされて機嫌が悪くなるのはある事かもしれないけど、女性同士が意気投合して男性が不機嫌になるってのはなんでかな?と思っていたが、そこまで気にすることもないよね?とも思った。そして二人はチェックして帰られた。
翌週、その男性は20時過ぎに一人で来店されてすぐに私を叱責してきた。
「おいお前!男がな、可愛がってる子を連れて飲みに来るのはその子の機嫌を取りたい時なんだ!それをお前が奪ったんだ!ふざけるな!接客を分かってない奴なんて置いておくな!ママはそれわかってんのか?」
ママに火の粉が飛んで行った。
「まぁ~そんな事あったの?いくさん ごめんなさいね、皐ちゃんはまだ新しい子で私の教育が行き届いてなかったからだから、これからちゃんと教えていくから、そんなに厳しく怒らないであげて。」
ママがいくさんに見えないように手で伊藤さんの方へ行くようサインを出してくれた。
伊藤さんの前に行ったら、伊藤さんがいくさんに聞こえないように小さな声で
「モテないおっさんの嫉妬だから気に病むな。ママに任せておけばいいから心配しなくていいぞ。」
それからいくさんはママにグチグチと文句を言うだけ言ったら落ち着いたようで私の方を向いて
「おい皐!同じ世代としか共通しない話じゃなく、色んな世代が話せる時事ネタを新聞でも読んで勉強しろ!」
「はい。すみませんでした。勉強します!」
深々と頭を下げた。それを見たいくさんは気がおさまった様で、事なきを得た。
良かれと思って行動したのに、それが逆に相手を不快にさせたなんて初めての事だったからすぐに理解できず、いくさんが帰られるまではぎこちない会話を伊藤さんとしていた。
いくさんをドアの外で見えなくなるまで見送った後にママが塩を持って外に行って戻ってきた。
「あの人ね、頼りにされたがりのいい男ぶりたがりで、会社のいろんな子を良く連れてくるの。皐ちゃんに良いとこを持ってかれたのがよっぽど気に入らなかったのね。今度いくさんが女の子を連れてきたら奉るように持ち上げてあげればいいから。ただそれだけだから気にしなくていいのよ。それと一緒に来たその子はここが楽しかったって証拠なのよ。」
「そーなんですか… でも、これからは気を付けます。」
「だから言ったろ、モテないおっさんの嫉妬だって。話題に入れない方が悪いのになぁ。」
「そうですけど、孤立させちゃったのは私が悪いので…」
「いつも一緒の子と馴染められてないからいいのよ。」
「ママ、そこまで言っちゃあかんぞ。」
「だってうちのお店であんな怒鳴るなんて!だから久しぶりに塩をまいちゃったわ。」
ほんの数十分の出来事なんだけど、とても疲れた。
それからすぐにいつもの四人組メンバーが来店されてカラオケで盛り上がり、先程のひりついた空気を一蹴してくれた。
このメンバーは
健くん、私の三つ上で、飲むし、とにかく歌いまくる。
清二くん、四つ上で、ちょっと飲みながら歌う。
広司くん、五つ上で、お酒は飲まなくて歌うのがメイン。
正春くん、広司くんの同級生で、たま~に歌うだけで、めっちゃ飲むけど、びくともしない酒豪。
バイクのツーリング仲間らしい。
この四人組メンバーの中に私のこれからをもっと変えてくれる人がいるなんて思ってもいなかった。




