16 復帰
週1の飲みに出掛けるお店は、いつもの居酒屋は店長と鉢合わせして気を使わせてしまうのもなんだかなぁと思うし、カラオケがないのは時間潰しが必要な私には痛恨の極みなので選択肢に入ってこない。
そこで思い出したのが、未成年の時にバイトさせてもらっていたスナック。
ママが優しくてアットホームな雰囲気で、お店に入ってすぐに出てくるお通しのママ仕込みの小鉢は本当に美味しい。お客様も常連さんが多く、カラオケで歌うとお店の中にいるみんなから拍手をもらえるくらいの和やかさは今の私にはとても欲する場所なんだけど、あの事件で突然辞めさせてもらってからこの数年間、一度も顔を出したこともないからちょっとだけ敷居が高く感じる。
そんなことを気にするのは私だけで、あのママなら優しく迎え入れてくれるんじゃないかな?そんな期待しちゃダメかな?今さら何もなかったかのように普通に行くのは厚かましいよねぇ…。
でもちゃんとお客として売り上げにちょっとだけだけど貢献できるのなら、迷惑にはならないよね?
よし 行ってみよう!
チリリ~ン♪
スナックのドアを開けた途端、ドアベルの音が鳴りやまないくらいに
「いらっしゃいませ~ あらぁー!皐ちゃんじゃないの~久しぶり~よく来てくれたわねぇ~」
と言いながらドアから少し入ったところで固まっている私の方へママが来てくれた。
やっぱりママは優しくて温かい。私の取り越し苦労でママはそんなに気にしていないようで、とてもホッとした。
「ん~?どれくらい前になるかしら?皐ちゃんがここで働いてくれたの。」
「2年以上前になります。あの時は本当にご迷惑をおかけしました。」
「そぉ~んな迷惑なんて掛けられてないわよー。でももう2年前になるの?あ、じゃあもうお酒も飲めるわね!」
「はい。飲めますよ!ガンガン飲めて底なしとかザルだとか言われるくらいになってます。」
「ちょっと伊藤さん!皐ちゃん覚えてるよね~」
「覚えてるよ~ 皐ちゃんは俺の事 忘れたか?」
「覚えてますよ!いつも他のお客との会話に困ったら しれっと俺の前に来ればいいって助けてもらいましたもん。」
伊藤さんはそんなに大きくはないけれど地域では有名な建設会社の社長さんを隠居して会長さんになられた優しいおじいちゃんで、週に2、3回ご来店されていた常連さん。私が他のお客様との話のネタが切れて手持無沙汰になっているのに気が付くと
「皐ちゃ~ん じいちゃんのグラスのお酒なくなってるから作りに来ておくれ~」と助け船をいつも出してくれていた方。
でもお店の女の子たちに失礼な言葉を浴びせる無作法な男性に向ける視線がとても重く鋭いことがあり、漂う威圧感を察知する人が黙り込む様を見ると、優しさの奥にある威厳というものをとても感じさせられたのを思い出す。
「飲めるようになってしかもザルなのかぁそれは頼もしいけど、じいちゃんはちょい複雑だなぁ」
「そんなザルというか、あんまり酔わないのでそう言われてるだけですよ。」
「そんなに酔わないの?だったらここの仕事は天職なんじゃない?」
「ママ、今は飲食店でバイトリーダーしてるので、お酒は飲まないでちゃんと働いてるんです。」
「ほぉ~ あの皐ちゃんがバイトリーダーとは成長してるなぁ。じいちゃんは嬉しいぞぉ」
「ほんとそーですよねぇ、でもうちにスカウトしたかったからちょっと残念だけどぉ~」
「スカウトってそんなぁ~ 飲みながら時給もらえるって私にはめっちゃ嬉しい仕事ですけどねぇ~」
「バイトの掛け持ち許されてるの?」
「えっ?まじのスカウトなんですか?」
「そう!木曜日の子が足りなくて週1だけのバイトさん探してるの。週1だけってなかなか誰も来てくれなくて。」
「週1だけでいいのなら全然問題ないですよ。」
「ほんとに?」
「はい。週1だったら大丈夫なんです。」
「決定だな!じゃあじいちゃんは木曜日は出動日にしなきゃあかんな。」
金曜日と土曜日は本業のバイトがあるのでこちらのスナックへ出勤は私には無理だけど、木曜日なら空いている。なんならいつもの木曜日はフラフラとバーか居酒屋に立ち寄ってから帰っていた曜日だった。
スナックも金曜日と土曜日に働いてくれる女の子は確保しているけれど木曜日はその女の子達の休みにしたかったようで、需要と供給のバランスが完全に一致した。
木曜日は時間潰しが絶対に出来る上に、心の栄養をたっぷりもらえるうえに優しくて温かくてほんわかとした居場所が出来た。




