3 まっすぐなプロポーズ
ジンはさくっと山をのぼり、私の足がつかれるとひょいと横抱きしてさらにのぼる。あれ、ジン……人間になったんだよね。
姫抱きにしつつも私を空中に放り上げては抱きとめる。飽きずに投げてはキャッチしてくれる。すごく機嫌がいい。この筋力って魔神だからとかそういうわけじゃないんだ……。
私の眼下には身震いするほどのいい景色が広がっている。雲の上といっても過言ではない。もうすっかり小さく見える山麓と、徐々に高山植物になる植生をまじまじと眺めた。
山の頂上付近に着くころにはすっかり夕暮れだ。細くたなびく雲が本当に近くに見える。
徐々にオレンジからピンクに変わっていく空の下で野営だ。持ってきたリュックの中身を出して炎魔術で焚火の火をつける。だんだん暗くなっていく空に夜風が冷たい。ぼんやりと赤に染まる焚火を囲んでジンの顔も赤く見える。
「ユリア、寒くないか」
ジンが包み込むように後ろから毛布を背負って抱き留めてくる。
夜の山でジンに後ろを包まれながら出始めた星座を観察する。
ほらあの星が……というとジンが「俺が屠ったやつかもしれない」といってわらった。
魔神ジョークというものだろうか。本当にそんなことしてそうだから笑えない。
「俺の星はユリアの薬指で煌めく予定だから」
ぎゅうと強く抱きしめて耳元でかすれた声で囁いてきた。もう辺りもすっかり暗い。
(なにいっているのジン……)
指輪贈ってくれるってさりげなく遠回しに言っているのだろうか。いわれるこっちまで恥ずかしくなってしまう。
「ユリア」
ジンにずいとのぞきこまれてジンの瞳の奥の星に思わず見惚れる。ほのかな明かりさえとらえて煌めく金の瞳には熱がこもっていた。
ジンの顔がどんどん近づいてきてあたたかくやわらかいものが唇に押し付けられる。
キス?
ここで……?
と言いかけそうになりはっとする。見上げれば満点の星空に、ここは夜の山頂。
これ以上ないくらいムードは満点だった。
木の黒い影が周囲にぼんやりと浮かび、空にはときおり流れ星。月がほんのり雲にかかって隠れている。
…………
…………
…………
ジン……長いよ。二人の初めてのキスにしては長すぎるよ。
私は抗議をしようとしてわずかに口を開く。
その隙間をこじあけるようにジンの舌が入ってきた。
逃げる私の舌を追いかけるようにして這わされる。
肺の空気を奪われそうだった。
「むー、むむー」
ジン、ストップ、ジン。
私がジンの背中をタップする。
私の無言の抗議を無視してジンはそのままの体勢で夜の山に押し倒してきた。
背中に小石が痛い。
ちょっと待った! ジン!
私が背中に爪を立てると、ジンは身体を離した。
「だめか? ユリア」
その瞳は揺らいでいる。声も掠れている。
朝日を見ながらプロポーズするとかいう話はいったいどこにいったのだろうか。
「プロポーズ前に交渉しようとか無理です……」
苦しい言い訳だ。流されてもおかしくない状況だった。
私がまだ心の準備ができていないだけで……。
「そうだな、いままでさんざん待ったんだ、あと五時間ぐらい平気だ」
ジンは床ドンしたままの状態で苦しげにつぶやいた。
うとうとしているとジンの声がかかる。
ユリア、おきろ
朝日だ!
ジンに揺り起こされてぼんやり目を開けると輝かしい朝日が山の谷間から世界を染め上げた。
「ユリア……」
後ろに包んでいたジンがぎゅうと抱きしめてぐいと私の顔を向けかみつくような激しいキスをした。
「俺と、人生を生きてくれ! ユリア!」
ジン……ジンらしいプロポーズのしかたね。
私は涙をぬぐった。
「そうだね……同じ時を生きよう!」
ふたりの心はいくつもの並行世界をすれ違ってようやく通じ合ったのだ!




