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2 ジンにしてやられた!


 裏手の森からの帰り道、ベンジャミン王子は私に言った。


「お前に罪があるというのなら私も共に背負おう。お前だけの人生ではないのだからな」


 思いがけない彼の言葉にはっとしたような顔を向ける。


「何度もいっただろう」


 ベンジャミン王子の叱責しっせきにそんな意味まで込められていたとは今まで全然気がつかなかった。私は足元を向く。本当に子供だったんだ。


「私にはもうそのような資格はありません」


 「そんなことはないぞ、言い換えれば父上の命を救った。つまりはこの国の行く末をかえたのだからな」


まあ、無理にとはいわないが、とベンジャミン王子は口をつぐんだ。


「ユリアは俺と結婚したんだ。無理をいうな」


 ジンがいらつきを隠し切れない様子で口をさしはさんだ。金色の瞳がするどい眼光を放っている。胸の前で組まれた腕は彼の心理を表しているようだった。


「なんだ? あのままごとのことを言っているのか? あんな法的拘束力のない式など問題にもならないぞ。ただ着飾ってバルコニーから落ちただけだ」


 ベンジャミン王子の言葉にジンのこめかみに青筋が立つ。


ずい分と大きな口を叩けるものですね、馬鹿殿下」


 ルークの冷え冷えとした声が響きベンジャミン王子は肩を震わせた。


 一体この二人の間に何があったというのだろうか。


「あなたがしたことと言えば、部屋にこもって、地下をひきずられて、バルコニーの下でカーテンを持っていたことくらいでしょう。王太子として上に立つからにはしっかりと精進してくださいね」


 ルークの冷え冷えとした声がかかる。地下をひきずられて……?


 見れば宰相ナージルの顔面は蒼白そうはくだ。聞ける雰囲気ではなかった。


「とにかくユリアは駄目だ、ほかをあたれ」


 ジンは真顔できっぱりといいきった。


…………


 王太子妃候補としてシェリアがいいのではないかと推薦したが、シェリアは首を縦に振らなかった。真実の愛とやらは一体どこにいったのだろうか。


「お姉さまのために芝居していただけですから」


 意味のわからないことをいう。


「わたくしは修道院にでもいきますわ」

「それなら私も行こうかしら、修道院」


 姉妹仲良くみそぎだ。それもいいかもしれない。


「まて、ユリア。冒険はどうするんだ」


 ジンがなにやら不満そうにしている。


「ジンも行きますか? 修道院」

「なんでそうなる。いや、ユリアがどうしてもというのなら俺も……」


 もごもごしている。どっちなんだろうか。


「いや、待て。修道院いくのはかまわないがその前に法的拘束力とやらを取りに行くぞ」


 ん?


「まだ結婚がすんでいないだろう!」


 そんな話、してました?


「ユリアが修道院に行きたいのなら止めないが、その前に心残りは全部やっておくべきだ」


 私のっていうかジンの心残りのことですね。


「一度入ってしまえば結婚式などできないだろうからな」

「それはそうでしょう」

「ならその前にユリアの時間をくれ!」


 大胆なジンの告白に思わず目が丸くなる。それってほぼプロポーズですよね。

 

「プロポーズから準備するから!」


 プロポーズの予告だった。斬新すぎる!


「ええと」


 口がはくはくした。相変わらず突拍子もない。


「ちょっと考えさせてください……」


 それだけいうのが精いっぱいだった。

 


…………



 王城を出て私とシェリアとルークは実家の辺境伯爵邸に向かった。そこに当然かのようにジンがついてくる。もはや召喚僕だとも言い訳もできないのに堂々たるものだ。


 長距離乗り合い馬車の中でなにやらぶつぶつと予行練習している。 


 もしかして、ジン……そういうつもりなの?




「お嬢さんの時間を、私にください!」


 イシュラルド伯爵邸の応接間にて、しっかりとタキシード姿に早着替えしていたジンが床に手をついている。


 久しぶりに帰宅したお父さまもお母さまも驚きで目を丸くしている。


 私だってびっくりだ。まさか私にプロポーズする前に両親に言いに来るなんて。


「ええと、誰君だったかな」

「ジンザークです」

「そうか、ちょっといいかな」


 お父様の手の合図でお母さまがさっと私たちをその場から移動させた。


 ああ、ジン。大丈夫かしら。


「ユリア、貴方の気持ちはどうなの? 王太子の婚約者じゃないの」


 お母さまの言葉に胸が痛む。お母さまの中ではまだ私は王太子妃候補なのだろう。


「私は……ジンのことが好きです」


 言ってしまった! ぎゅうと目をつむるが、身体を包み込む感覚に思わず目を開けてしまった。


 お母さまが……私を抱きしめていた。


「そうだったのね。ごめんなさいね。あなたに、責任を押し付けていたわ。今こそ伝えるべきかもしれない。あなたは私の娘ではないのよ」


(知っていましたよ。シェリアに対するよりも他人行儀でしたから)


 私の心はきゅうと痛くなった。


「あなたの母親は、王家の血を引いているのよ。あなたとルークこそが血のつながった兄弟なの」


 どういうこと? ルークは王家の血を引いているの?

 

「イシュラルド辺境伯には王家の表に出せない血縁を匿う風習がある。あなたは、旧王家と現王家の血が混じっているわ。だから王家の打診を断れなかった。けれど、ユリア、あなたの意思がかたいのならば、あの青年と逃げなさい。私は母親らしいことはしてあげられなかったけれどせめて……」


「かけおちじゃないです」


 あぶなかった。すごい誤解がうまれるところだった。ジンが勢いにまかせるからだ。


 どこからどう見ても愛の逃避行だった。


「あら? 彼の勇み足だったのかしら」

「ええと……王太子の婚約者はわたしでなくなって」


 シェリアには、なってないから……どうなったんだっけ?


「一旦白紙になったんです」


「あら、それで彼が勇んできちゃったのね。可愛いわ」


 たしかにそう見える。っていうかそうなのか?


「ユリア、ちょっとこっちにきなさい」


 隣の部屋から聞こえるお父さまの声に肩が震える。いったいジンは何を言ったのだろう。


「想い合っているというのは本当なのかね」


 お父様の瞳が優しい。私は観念した。


「はい……そうです」


 なぜ私が逆プロポーズさせられているのだろうか。


「ならば、私からは何もいうことができんよ」


 お父様は息を吐いて肩を落とした。


「ああ、私の可愛いユリアが……」


 顔を覆っているお父様をお母さまが慰めている。


 ジンはすごくうれしそうな顔で私を見ていた。


 私は顔から火が出そうなくらい火照っていた。



 ジンにしてやられた!



「修道院など、いつでも行ける。今にしかできないことをやってきなさい」





 そう送り出されてのジンとの二人旅。どういうことなんだこれは。私ははかられたの?


「プロポーズは星の綺麗な山頂がいいな」


 そう嬉しそうにいうジンと山に登っていた。ええと、ジンそれってあなたの希望ですよね。岩属性だからでしょ。



「山の山頂で朝日の昇る瞬間にしよう!」



 嬉しそうにはしゃぐジンに私は胸を押さえた。

 


 だめだ、もうすっかりジンに弱い。


 なんだこの逆転現象は。


 胸が苦しくなってきた。


 末期だ。私が苦しくなってどうする。


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