1 ユリア、自覚する
感極まっているジンをなだめるのは至難の業だった。ベッド前での攻防戦に私は震える声でいったのだ。
「クラリスさんのドレスを着た状態でなんて無理……」
ジンははっとした顔をして身を引いた。
「わるい……」
ごめん、ジン。ジンの気持ちは痛いほどわかるけれど私の気持ちがまだ追いついていないからごめん。私は心の中で弁解した。
「そうだな、手順ってものがあるよな」
ぽつりとつぶやくジンの言葉に私の首は傾げられた。
「……水浴びてくる」
ジンの姿が浴室に消え、私は一人ベッドに腰かけて頭を抱えた。
もしかして初めて会ったときも水を浴びていたのだろうか。
長いシャワー音に私の罪悪感が高まった。
そういえばあのときやけにシャワー長いなとか思っていましたよ。
なんてかわいそうなのジン!
私の呼び起こされた魂の記憶では、いくつもの並行世界で数えきれないほどジンが私を守ってくれていた。
私の心ももうすっかりジンに傾いているのだ。
シャワーから上がったジンはいつもの顔つきだった。
「あがったぞ」
そのまますたすたと歩いてごろんとベッドに横になる。ふてくされているようだった。
私は室内に用意されていた着替えを手に、入れ替わりで浴室に向かった。
白い菫のついたウェディングドレスを脱ぐ。
(白い菫か……)
花言葉『あどけない恋』
このドレスに染みついた想いが強すぎる。
わずかに残った砂を洗い流し、バスタブにお湯をはり夜の砂漠で冷え切っていた身体を温める。このまま気を抜くと湯船で寝てしまいそうなくらいには心身ともに疲れ切っていた。
私はしばらく湯船につかりながら考えていた。このあとベッドに向かった後のことが容易に想像できるようだった。ジンがあわよくば疲れて先に眠っていてはくれないだろうか。
うとうととしてはっとする。あぶない。あれだけ命の危機を脱してきたのに風呂場で溺死するところだった。指の皮がふやけるまで長風呂していたのに気づいて愕然とする。
タオルで水気を拭き、念入りにドライヤーで乾かした。おそらく一時間くらいはずっとお風呂に入っていた。もうきっとジンも寝ているだろう。
白いパイル生地のネグリジェに着替えて、そろりと寝室の中に顔をのぞかせる。
枕元の小さな明かりをのぞいて電気は消えていた。ジンはこちらに背を向ける形で寝転がっている。
(やっぱり寝たわよね)
起こさないようにそろそろとベッドに近づく。よくよく考えれば、ハルファスについたあと三日目くらいにはジンと離れ離れになっていた。あんなに長い間ともに過ごしていたような気持ちになっていたなんて不思議だ。
(私の魂が覚えていたのかしら)
なんて柄にもないことを考えてしまって頭をふる。私もつかれているみたいだ。もう早く寝よう。
ジンの横にさりげなく寝転がる。そういえば前は一晩中起きているつもりだったなあと懐かしく思い返される。
私は……ジンが好きだ。
「ユリア……」
後ろからぎゅうとされて思わず胸が詰まる。ジンは寝言を言いながら抱き枕にしているようだった。
翌日、王城の大広間で朝食をとりながら、ベンジャミン王子は重々しく口を開いた。
「昨日、……一晩考えたんだ。ランプを使って、死者をよみがえらせたとして、……それは果たして本物のララピアなのだろうかと」
ベンジャミン王子の目は伏せられていた。カトラリーはテーブルに置かれている。
「私は目を背けていた。中身がかわったことにも気がつけなかった。兄だというのに、いままでララピアの何を見てきたのだろうかと思った。あいつが、父上に毒を盛るはずもないというのに」
ベンジャミン王子の言葉に私は息を呑んだ。以前シェリアの嘆願の際に、陛下ではなくララピア王子が対応したのはそういうことだったのか。すでに陛下は出られる状態ではなかったのだ。
「私は部屋に引きこもって城の様子さえ見ようとしていなかった。私の落ち度だ。君に罪を背負わせてしまった。すまない。本当にすまない」
「いいえ、ベンジャミン王子のせいではありませんわ……」
最後に会ったララピア王子の仕草には、もう存在しないはずのイシュハルと呼ばれた男の特徴がでていた。彼が中に入っていたのだろうか。そして私がもっと強ければ、加減ができたかもしれなかったのに。
「ところでランプはどうします?」
沈黙を破ったのはルークだった。
「やめたほうがいい」
ジンは口を出した。
「それは中の魔神の解釈によって願いが多少、捻じ曲げられる。奴(雷神)なら俺よりもうまくやる。言葉の足りないところをねらって解釈を捻じ曲げてくるだろう。俺がユリアの結婚式場をイシュラルド王城のバルコニーに指定したようにな」
ジンの言葉に目が丸くなる。イシュラルド王城のバルコニーを選んだのはジンだったのか。
「要するに、あいつの都合のいいように受けとられれば、それこそ第二王子に成り代わって奴はランプから出ようとするぞ。それでいいのか?」
ジンの言うことはありそうな仮定だった。なんといっても彼はジンをランプに閉じ込めるところからやってのけたのだから。
「……ララピアを弔う。今となっては骨も残らないが……一緒に見送ってはくれないだろうか」
ベンジャミン王子の言葉に私たちはうなずいた。本当のララピア王子に会うことはできなかったけれど、確かに彼は自らの足でイシュラルドの戦場に赴き、確かにイシュラルドの国を救ったのだ。
王城裏手の森は、イシュラルド王国岩の加護を受け、鍾乳洞がところどころ口を開けている。その一角には代々の王家の墓がある。
側近に支えられながら歩くイシュラルド国王の後ろを、ベンジャミン王子、ナージル宰相、ルーク、私、ジン、シェリア、そして多くの城の者が付き従う。
しっとりとした鍾乳洞内部には重々しい棺がならび、そこに新たな空の棺が供えられた。次々と献花が供えられる。私は手にしていたタイムの花をそっと添えた。
花言葉『勇敢』
彼はこの国を守ってくれた。その勇気に私たちは敬意を表する。陛下の目元からは一筋の涙が流れていた。
「すまなかった。ララピア。お前を戦場に送り出した私を、許してくれるだろうか」
陛下の消え入るような声が鍾乳洞に吸い込まれて消えた。
ベンジャミン王子も涙でぐしゃぐしゃだった。私は手を合わせた。
彼の魂が安らかにイシュラルドの大地に還れますように。
そして私はこの罪悪感を一生背負って生きると決めた。
(私は、これ以上自分の弱さで人を傷つけたりしない)




