6 魂の記憶
…………
『ゾレア帝国が攻めてきただと!』
イシュラルド城内は騒然とした。
私はイシュラルド最敬礼の姿をとり王座の前に跪いた。
身にまとうローブは王宮魔術師の戦闘に用いるローブ、魔術耐性を強化する金の刺繍が入ったものだ。
『古の召喚士の力はこの時のために発現したのだろう』
陛下は重々しく椅子に腰かけていたが、その肘置きをポンとたたいた。
『おぬしの使命、今こそ果たす時だ。わかっているな』
『はい、承知しております』
王座裏の隠し通路はかつてこの国に降り立った悪しき魔神の封印されている鍾乳洞に続いている。毒にも薬にもなるであろうこの強大な力を王家は長年他国との牽制にのみ使ってきた。解き放ってしまえばどうなるかわからない。私の力で抑えられるかどうかもわからない。
地下通路を渡り、王家の血を使った封印の紋はベンジャミン王太子の血によって開けられた。
ここから先は私一人で行かなくては。何が起こるかわからないのだから。
大扉を開くと目にまぶしいくらいの金の大部屋だ。床から壁から調度品に至るまで金で統一されている。私は頭を垂れイシュラルドの最敬礼を行う。
『ユリア……お前はやっぱりここにくるのだな』
半ばあきらめかけたような声音が頭上から落ちる。
金の三日月に揺られる男はその金の瞳を泣きそうなくらいに歪めていた。
…………
『ユリア、こんなところにいたのか』
イシュラルド王国城下町をさまよう私の前に、異国風の男が現れる。
城を抜け出した私の顔は割れていないはずなのに……王太子がもう追っ手を放ったというのだろうか。
『人違いです』
私が顔を伏せて横を通り過ぎようとするとまるでその動きがわかっていたかのように進行方向をふさいでみせる。
『そうだな、よく見たら人違いだった。お詫びに飯をおごらせてくれ』
しつこくつきまとう男に私の怒りがこみ上げる。
『けっこうです!』
手を振り払った瞬間彼の金色の瞳が泣きそうな色で揺らいだ。
私は走った。ちらりと振り返ると彼はその場で立ちすくんだように動かないでいる。
…………
戦場では爆薬の音が響いていた。
このイシュラルド王国の守護神はやたらと私にかまってくる。
『ユリア、こっちにいたらだめだ、もう少し、五歩は左に避けてくれ』
私が移動すると、矢が先ほどまでの位置に飛んできて突き刺さった。
これが神の先見というものなのだろうか、私の感嘆する表情に、彼の顔は苦虫をつぶしたようになる。
『こんなのただの経験則だ。そんなことよりユリアはもう少し後ろに下がれ。もう少しで奴が来る』
(奴?)
私の理解できないという顔に彼の眉間に皺が寄る。なんて気難しい守護神なのだろう。
『いいから、どけ』
ぐいと私を後ろに押しやって彼は右腕を振るった。
カン
金属の合わさる音が響いて、私は頭上を見上げた。
太陽を背負うように天使のような顔の男がその口の端を引き上げ大ぶりのナタを振り下ろしていたのだ。それを金色の槍で受け止めた我が国の守護神はまるで親の仇をみるような憎々し気な目つきをしている。
『イシュハル……!』
彼は大きく振りかぶって天使な男を薙ぎ払った。
『へえ、どこで僕の名前を知ったのだろうね。実に面白い』
灰褐色の髪をかき上げてイシュハルとよばれた男は口の端をなめる。
彼の羽織った白いローブは魔術を反射する銀の刺繍でびっしりと覆われている。これでは魔術はほとんど効かないだろう。私は唾を呑み込んだ。あの男は強い。あの速度で薙ぎ払われたにもかかわらず余裕のある身のこなしで受け身をとれるのだから。
『ユリア、どこかに隠れてろ』
我が国の守護神は目線を敵に向けたまま後ろ手で私の身体をさらに後ろへ追いやった。彼は私がここになぜいると思っているのだろうか。私は舞わなくてはならないのだ。この伝統的な舞を舞えるまで腱鞘炎ができるほど練習してきたのだ。今舞わずにいつ舞うというのだろうか。
…………
今日もまた、ベンジャミン王子に叱られてしまった。
イシュラルド城下の端で膝を抱えていると、異国風の男が遠慮がちに近づいてくる。
そのまま、さりげなく私の横に座り込んだ。なんて他人との距離感が近い人なのだろう。
私が顔をあげると彼の金色の瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
『あの、なにか?』
私のとげとげしい言葉に息を呑むような声が聞こえる。この男は何をそんなにおそれているのだろうか。
私が立ち上がると、彼は少し戸惑ったような様子をする。そのまますたすたと歩きだす私の後を、気まずそうについてくる。
『ついてこないでください』
『ユリア……』
なぜ私の名前をこの男は知っているのだろうか。背筋を悪寒が走り私は駆けだした。
『俺はお前を……救いたいだけなんだ!』
風に掻き消えた言葉を私の耳は確かにひろった。走りながら振り向くと、彼は地面にしゃがみこみ片手で頭を抱えていた。
…………
『隣国のゾレア帝国との戦争に苦戦しております。岩神様、どうかご慈悲を』
返事を待つが何も返ってこない。顔をあげると金の三日月の上で黒髪の一つ結びのおさげ姿の男が顔を片手で覆って俯いている。この男が我が国の守護神なのだろうか。邪悪な魔神と聞いていたが随分と覇気がない。
『行かなきゃ……だめか?』
よわよわしい声だった。彼は顔を覆っていた手をのけるとその金色の瞳が昏く陰った。
『はい、お願いします』
『俺にはもう駄目だ。無理だユリア……』
彼は項垂れた。
…………
『マシュリー様』
私が振り向くと、侍女は柔らかく微笑んだ。
『豊穣の舞をありがとうございました。民もよろこんでいます』
ついとステップを踏んでくるりと回ってみせる。
『よいのです。私にできることならば』
空からぽつぽつと恵みの雨が降り、だんだん強まる雨あしは嵐を呼んだ。雷にのって天の声がする。
『私はいつも見守っていますよ』
イシュラルドは大地の系譜、私は我がイシュラルド王国のために岩神を降ろす舞を舞ったのだ。
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