1 宝石の洞窟
下へ下へと続く岩造りの階段は表面がざらざらでながい年月を経たものだった。風化した砂岩のようなその階段の端にはまぶしいほどの金貨が積み重なっている。
(これが人心を惑わす財宝……)
思わず目を留めていると、クラリスさんがついと服をひく。
「ユリアさん、触らないほうがいいですよ」
「ええ」
ジンの読んでいた童話にもたしか『目もくらむ宝石にもまどわされず、ランプを手に取りました』とあった。惑わされてはいけないのだろう。……なんでだろうか。
階段を降りると中は薄明るいオレンジの照明がかかっていた。壁に取り付けられたオレンジの魔石は中の洞窟内をあかあかと照らしている。まるで人為的に取り付けたかのように都合がいい。これは本当に盗掘人を阻む洞窟なのだろうか。
一本道の細い通路を通る。岩壁は階段と同じ風化した白っぽい砂岩でできており、ざらざらとしている。細い通路の端にも目が痛いほどに輝く色とりどりのこぶし大の宝石と金貨が積み重なっていた。こんな出入り口に近いところに落ちていてよく盗まれていないものだと逆に感心した。
おそらくここまで入ってくるような冒険者は事前に情報でも仕入れてくる猛者なのだろう。そんな猛者ですら返り討ちにされる蜥蜴がこの先にいるのかと思うと思わず身震いがする。
「ユリアさん、あれ」
先頭を歩いていたクラリスがふと後ろをふりむいてこちらをみると声をひそめた。彼の指す先には大きくひらけた空間があり、今までにないほどの金銀財宝のうずたかく積まれた山と、その頂上に寝そべるようにして身体を丸めて向こうを向いている大きな蜥蜴の姿があった。
(あれが……蜥蜴? うそでしょう!)
その体躯は翼こそないものの火竜と呼ぶにふさわしかった。遠目でも全長数十メートルはある巨大な赤い体は宝石に負けないくらいのルビー色の輝きを放ち、金銀財宝の山と完全に一体化していた。おそらく表面の鱗はかなりの魔術反射率だ。魔術使いとしては戦いたくはない。
私の足の震えに気づいてクラリスさんは私の両手を優しく包んだ。
「大丈夫ですよ。ユリアさん。私がいます」
その優しいまっすぐな菫色の瞳に私の心は勇気づけられた。
「寝ているうちに叩きましょう」
クラリスさんとともに大広間を走りぬける。先制攻撃を仕掛けるには時間との戦いだ。私は心の中で念じた。この蜥蜴はBランク、Bランクだから。
「落雷」
私の放った雷魔術は蜥蜴の首元の鱗の隙間を狙ったものだった。素人目でそこだけやけに守りが薄いと感じたのだ。しかしながら、私の魔術は首元に届く前に、蜥蜴のしっぽに薙ぎ払われて消えた。
(寝た……ふり? いいや、確かに眠っていた!)
彼はなにか危険を察知するすべを持っていたのだろうか。むくりと起き上がると耳をつんざくような咆哮をあげた。これは本当に蜥蜴か!? 私は恐怖で気を失いそうになった。
「あぶない!ユリアさん」
クラリスさんが私を姫抱きにして水平方向に跳んだ。私のいたところには焦げたにおいがして、見れば炎のブレスによって焼け焦げている。焦げた跡地の上で不自然なくらいに金銀財宝は輝いていた。
(すごいブレス……そしてかなりの耐熱強度の宝石だわ)
高く売れそうだ……と考えて首を振る。だめだ、惑わされちゃ、だめだ。
もはや自然に姫抱きにしたクラリスさんは私の耳元に口を寄せた。
「私が首元を取りにいきます。ユリアさん、援護射撃お願いします!」
なんて勇敢なのだろう……私は口がはくはくした。今の雷撃を見てよく私に命を預けようと思えましたね。彼の決心はかたいらしくさっと私を床に降ろすとそのまま風のように向かっていった。これは私が逡巡している時間などない。一瞬が命取りだ。
「紫雷付加」
クラリスさんの冷静な声が私の意識を引き戻す。彼の紫電を纏った双剣が蜥蜴の喉元に迫った。彼の繰り出す一撃と、蜥蜴の尾のカウンターアタックがほぼ同時だった。
「落雷」
私の間髪入れない雷撃が蜥蜴の動きを一瞬、ほんの一瞬だけ止めた。蜥蜴の目の玉を狙った一撃は、確かに一瞬だけ隙を作ったのだ。
「紫雷一閃」
クラリスさんの声とともに差し込まれた蜥蜴の首元の刃からは紫の火花が飛び散った。まるで鋼鉄を裁断するかのような動きで紫とオレンジの混じった火花が蜥蜴の首元を一閃する。血しぶきのように飛び散るオレンジの火花がまるで花火のように洞窟内を照らした。
トン
崩れ落ちる首無し蜥蜴と舞い散る火花を背景に、クラリスさんは金銀財宝の山から蜥蜴の首を小脇に抱えて軽やかに降り立った。クラリスさんは妖艶に微笑んで私のほうに手を差し出した。どうやら私は雷魔術をさしはさんだ後、腰を抜かしていたようだった。
「ユリアさんのおかげで助かりました。ありがとうございます」
おそらくカウンターの際に差しはさんだ落雷のことだろう。私は思わず微笑んだ。本当に、よかった。一時はどうなることかと思っていたのだ。
「見たところこの財宝の山にはランプはないようですね、踏破報酬の宝箱も見当たりませんし……踏破を証明するためにこの首だけでも持って帰りますか」
クラリスさんは蜥蜴の頭を大事そうに抱えていた。まるで精巧な宝石細工のようなその頭部に思わず目が釘付けになる。表面の鱗はどれも宝石のように光り輝いている。
ぐらぐら
洞窟内が揺れた。地震だろうか? 私は思わずクラリスさんの方に手を伸ばすが、足元の床が崩れおちるように崩壊し、そのまま下に引き落とされる。
「ユリアさん!」
クラリスさんの声がだんだん遠くなり、私は崩落下の瓦礫の上で腰をさすった。どうやら一緒に雪崩おちた山のような金貨が私のクッションとなっていた。
ほの暗い室内に目がなれてそこに現れた光景に私は悲鳴を吞み込んだ。そうだ、私は忘れていた。ここに忍び込んだ盗人が沢山いたであろうに、あんなに洞窟内部が綺麗な状態なのはなぜなのだろうかと。




