10 王城地下の秘密
特徴的なこぶを背中に持つその生き物は、砂漠に適応したかたい皮膚と砂から守る毛で全身覆われていた。クラリスさんが私の背中を支えるようにして二人乗りをする。動物の背が高く、上に乗ると視点が二メートルほど高くなる。
私の頭には、先ほど関所で購入された砂除けの布が軽く巻き付けられ、魔石の髪留めで布の端を固定されていた。吹き付ける砂は広漠たる荒野を縦横無尽に走り抜けている。ゆったりとした足取りで砂漠の生き物は私たちを乗せて歩を進めた。
砂漠地帯に入ると、クラリスさんは嬉しそうに目を細めて時折私の後ろ髪を梳いては髪についた砂を落としている。移動手段としてこののんびり歩く生物を選択したことといい、彼は私ほど急いだ気持ちではないようだった。本当に旅として楽しんでいるらしい。
砂漠の砂丘にオレンジの夕陽が落ちて、幻想的な赤が一面を彩る。空の青は水平線の辺りからオレンジに浸食され、砂漠の砂の影がまるでひだのように鮮やかに浮かび上がる。
『きれいな髪色だな。まるで赤い砂漠の砂の色だ』
ああ、こんなときにまで思い出すなんて。本当に、私はどうしようもないな。いつまで未練たらしく心の中に住まわせているのだろうか。
「ああ、ユリアさんここの洞窟ですよ」
クラリスさんの嬉しそうな声ではっと我に返る。見れば、砂山に隠れるようにぽっかりと口を開けた底の見えない洞窟があった。岩のつららの垂れ下がる入り口はまるで蛇の牙のようだ。その奥の暗がりに身震いがする。砂漠の陽は落ちかけていて、空はうすぼんやりと闇が近づいてきていた。
「さあ、入りましょう」
…………
「なぜ私がこんな目に合わないといけないのだ!」
「うるさいですよ」
ベンジャミン王子は、ルークに引きずられながら王城地下の王家の隠し通路を歩かされていた。
玉座の裏の隠しスイッチを押すと現れる地下の階段は、地下空洞に存在する古の鍾乳洞につながっている。時折天井からしたたる水滴に髪を濡らし、ルークは濡れ羽色の髪の毛を湿らせたまま感情のない葵色の瞳でベンジャミン王子を冷たく見下ろした。
二人の後ろでは居心地悪そうに宰相ナージルが歩いていた。ナージルの黒い長髪は歩くたびに揺れた。
「王太子が代々継ぐこの地下の鍾乳洞には強大な魔神が封印されている。あなたも知っているでしょう。それを、あんな、化け物殿下に与えてどうするのですか。あなたは馬鹿ですが、異常者ではないだけまだましです。まあ馬鹿ですが」
ルークは辛辣な言葉をあられのようにベンジャミン王子にたたきつけながら薄暗い鍾乳洞の中をきびきびと先導した。行きついた先には鍾乳石の巨大な壁があった。
壁にはなにやら落書きのようなものが描かれている。円にぐにゃぐにゃした線がいくつもミミズのようにのたくって描かれているではないか。
「おい、行き止まりだぞ」
ベンジャミン王子が仕返しとばかりに皮肉ると、ルークはその無表情から薄く唇の端だけわずかにもちあげた。
「ああ、節穴でしたか。その目は飾り物だったようで」
ルークが腰元から引き抜いた刃にベンジャミン王子は腰を抜かしたが、ルークは気にすることもなく、自らの手のひらを浅く切り、その血を行き止まりの壁になすりつけた。
「な……な……」
しりもちをついた状態で口をはくはくさせているベンジャミン王子の目の前で鍾乳洞の壁は両開きで道を開けるかのように消えていった。
ナージルははっとした。これは王家の血によって開錠する封印の紋。
すっと目線で黒髪の男の横顔を見る。髪の色は違うものの、瞳の薄紫といい、顔の造形はわずかにベンジャミン王子と似たものがあるではないか!
「なにいつまで地面と仲良くいちゃついているんですか、踏みますよ」
ルークは冷めた目で、腰を抜かしたまま座り込むベンジャミン王子を一瞥すると靴先で軽く蹴り上げ、すたすたと先に進んでいく。
ナージルはベンジャミン王子を支え起こして彼の肩を担ぎながらルークの後を追った。
しばらくぐねぐねと鍾乳洞内部を突き進むと大きな大扉があった。ここまでに何度か魔獣が登場したがすべてルークが切り払った。
「おかしい。封印が解けている」
その事実にナージルは心臓が冷えた。
宰相としてこの地下の空間にイシュラルド建国の祖となる守護神が魔に堕ちた状態で眠っているのだと知っていた。ここに眠っている悪しき魔神が解き放たれてしまえばこの国など簡単に滅びてしまうだろう。
なんせそれだけの恨みを我らが王家は背負っているのだ。忌々(いまいま)しい人間の欲は天上の神を地に堕とし自由を奪い縛り上げてここに閉じ込めた。何千年もの間、他国との抑止力のためだけに囚われた古の神ジンザーク。彼はこの国を恨んでいるに違いなかった。
ルークは大扉をためらいなく開け放ったが、中はがらんどうだった。室内の金きらきんの調度品は埃をかぶっておらず、つい最近ここを巣立ったのだろう。
「どうやら逃げたみたいですね。逆に安心です」
ルークの無感情な言葉にベンジャミンが悲鳴を上げる。
「ななな、逃げただと! 魔神が! ああ、そんなおしまいだ!」
ナージルも棒のように身体を固まらせた。ルークはさげすむような目でベンジャミンを見下ろした。
「はあ、やっぱり馬鹿ですね。おしまいなら今頃私たちが生きているわけないでしょう。どうせ自由になって喜んで旅にでも出たんじゃないですか? よかったですね、悪魔第二殿下に悪用されなくて」
ルークはぱんぱんと手を打って手のひらの砂を落とした。どうやら大扉は砂がついていたらしい。
「あなたはもしかして陛下の隠し子なのでは」
宰相ナージルが遠慮がちに述べると、王子ベンジャミンは声をあらげた。
「お前のような奴が兄などと認めないぞ!」
ルークは心底めんどくさそうに口を開く。
「僕を祭り上げたらあなたの首がとびますよ。そんなことより目の前に最適解がいるではありませんか」
ナージルの言葉をひろってルークは靴先でベンジャミン王子を指す。ベンジャミン王子の言葉は無視された。
「ほら、いるでしょ。目の前に、王太子サマが」
ナージルは震撼した。
「ララピア第二王子には表舞台を去ってもらわないと」
ルークはその葵色の瞳を眇め無感動に淡々といってのけたのだ。




