9 餌付けとデート
クラリスさんはボスの間の大きい宝箱をあけて声をあげた。
「ああ、これは魔石のようですね。命を一度救ってくれるようです」
クラリスさんの手にはきらりと親指の先ほどの宝石の塊がある。きらきらと虹色を反射するその白い石はオパールのような見た目をしていた。彼はこちらに歩いてくるとそっと私の髪に宝石を当てる。ひんやりとした感触がした。
「これはユリアさんに差し上げます。あとで彫金の店で髪飾りの台座を作ってもらいましょう」
私の頭を滑らせて、彼の持つ石は私の耳の下を通り、首元の脈に当てられた。
クラリスさんは私の首元に石を当ててこちらをずっと見つめている。
「あの……」
「ネックレスと迷いますね。あなたを繋ぎとめておきたい」
こんな地下の密室で一体何を言い出すのだろう。床には獣の死体があるし、血はまき散らされているし、部屋は薄暗い。私は一刻も早くここから出たくなった。
「……冗談ですよ。早く帰りましょう」
クラリスさんはふわりと微笑んで私の手を引いた。床に魔術陣が光る。転移術だ。
一瞬でイシュラルド王国ギルド前についた。すごい。この精度で転移できるとはかなりの術者だ。
「ダンジョン踏破おめでとうございます!」
クレアさんは自分のことのように喜んでくれた。ありがとう、うれしいです。もしかしたら今までのダンジョンで一番うれしいかもしれない。達成感がすごい。
「南のシャハールの依頼って見られませんか?」
クラリスさんが横からひょいと顔を出してクレアさんに尋ねた。
「大丈夫ですよ~」
「できればイシュラルド国境近くで、砂漠地帯の洞窟のものがいいんだけれど」
「はーい。あ、ありますね~。紙媒体にしますから少々おまちください~」
クレアさんはタンタカタンと魔道具を操作して依頼書を取り出した。
「ありがとうございます」
見れば、いくつかは内部に金銀財宝の眠る印がついている。これはランプもあるかもしれない。期待がふくらんだ。
ギルドを出て、すぐにシャハールに向かおうかと思っていたら、クラリスさんに引き留められた。
「さっきの魔石はやっぱり髪飾りにしましょう。ネックレスだと服によっては隠れてしまうけれど、髪飾りならいつでも見られますからね」
どうやらあれからずっと考えていたようだ。親指の爪ほどの大きさの魔石が彼の手のひらできらりと光を反射している。イシュラルド王国の彫金師の店を訪ねて魔石を預ける。製作は最短で一時間ほどらしい。魔石をアクセサリーにする人は結構多いのだろう。スムーズなやり取りだった。余った時間をどこで過ごすかクラリスさんと話していると、彼はいい考えがとばかりに手を打った。
「じゃあ、デートでもしましょう」
イシュラルド王国の城下町を二人で散策する。用水路に泳ぐ魚に餌をやりながら、クラリスさんは遠い目だった。
「ああ、まさかユリアさんとこうして一緒に出掛けられるなんて夢みたいですね」
「おおげさですね」
私は彼の冗談に笑った。なんだか久しぶりに素直に笑えた気がする。用水路の魚は水しぶきを上げて餌に群がっている。
「よほどお腹がすいてたんですかね」
私が魚を眺めながらなんとはなしにクラリスさんに話を振ると、彼は口の端を薄くあげた。
「そうですね。満腹だとわざわざ来ないでしょうから」
クラリスさんの視線がゆっくりと私の顔を見る。一瞬彼の表情が、昏くなったような気がしたのは気のせいだろうか。
「ユリアさんもお腹すきません? どこかカフェにでもよりましょう」
にこっと笑って私の手を引くと、道沿いのしっとりとしたカフェに入っていった。
店内は木の香りがした。天然木を床にも壁にもテーブルにも椅子にも贅沢に使っている。はっきりとした木目が美しい。そして店内には大小さまざまな猫がゆったりと過ごしていた。
「わあ、かわいい!」
足元に丸まるようにしてねそべっているのはラグドールだろうか。白い綿菓子のようなふわっふわっの毛と、透明感のある薄い藍のくりくりとした瞳が愛らしい。天井に備え付けられた木の細木の上をアビシニアンの野性的な茶色い猫がとことことあぶなげなく歩いている。細いしっぽをつかってうまくバランスをとっているようだ。
見れば向かいに座るクラリスさんは猫に餌をあげていた。店先で有料で売っている小魚だ。赤銅色のメインクーンが彼の椅子の下で小魚を食んでいる。
「この子、ユリアさんに似ていて可愛いですね」
クラリスさんは優しいまなざしで猫を見ている。私の髪色と近い色だと言いたいのだろう。
私は注文した厚手のパンケーキを口に運んだ。天使のパンケーキと名付けられたこれは泡立てた卵白を使用したもので、口に入れるとしゅわあと溶けるような食感が味わえる。私の選んだキャラメルナッツのフレーバーは上にかけられたヘーゼルナッツのソースがコクがあってとても美味しい。
クラリスさんはバターとバニラアイスの乗ったノーマルなタイプのパンケーキを口に運びながら言った。
「このあと髪飾りを受け取ったらすぐにシャハールに向かいましょう。この「炎の蜥蜴」も洞窟に生息するみたいですから、ついでに狩りましょう」
クラリスさんの提示するBランク依頼「炎の蜥蜴」に目を通す。さきほどクレアさんに紙媒体にしてもらった依頼だ。直轄はシャハールになっているが、イシュラルドで受注することもできる。
宝石や貴金属の貯められた洞窟中に生息し、口から炎のブレスを吐き、盗掘人の命を奪うという。獰猛な生物だ。尾には毒があり、近接攻撃が仕掛けにくいうえに鱗は反射性能が素晴らしく魔術も通しにくい。かなり手ごわそうだ。
「雷は効きにくそうですね」
私は嘆息した。私はこういう防御型の敵には本当に相性がわるい。魔術も跳ね返るだろうし、私の防護障壁もブレスでどろどろに溶かされる未来が見えるようだった。
「大丈夫ですよ。ほら、鱗の隙間を狙えばいいんです」
クラリスさんは、依頼書に乗っている蜥蜴の画像の一部を指さしながら言った。そんな針の穴を通すような精度を要求されても困る。
カフェを出てイシュラルドの街並みを歩きながら、クラリスさんはさりげなく私の手をひいた。あまりにさりげなかったので私はしばらく気がつかないほどだった。
カラン
彫金師の店のベルが鳴り、私たちが入店すると店の主人は台に載せて用意していた品物をすぐに取り出した。
「こちらの品でよろしいですか?」
店主の手には、天の川のような乳白色の石がプリズムの虹色の光を反射して煌めいている。そして繊細な粒粒の金属の細工で縁取られ、裏を見ればクリップのように髪に留められるように作ってある。しっかりとしたつくりで丁寧な作業がうかがえる。
「いいですね。想像以上だ」
クラリスさんはカウンターに代金の銀貨を数枚置くと、店主の手から髪飾りを受け取って私の右上の髪をねじって魔石を留めた。そして満足そうにその菫色の瞳を眇める。まるで恋人同士がいちゃついているかのようだ。
店主に見送られて店を出るとそのままイシュラルドの南門を出る。クラリスさんは南の国境沿いの関所で砂漠の生き物を乗り物として購入した。金貨が数枚受け渡される。




