8 王子やさぐれる。後半追憶(n巡目)
「ベンジャミン王子、いつまでふさぎこんでいるですか。この扉をあけてください」
宰相ナージルは第一王子の私室をノックしていた。この打たれ弱い元王太子はここ一週間ずっとこもりっぱなしだ。婚約者に逆婚約破棄を受けての意気消沈ぶりが甚だしい。彗星のごとく戦場から華々しく帰還した第二王子に王太子の座を取って代わられ随分といじけてしまったようだ。
「いい加減にしてください。時間が解決するものでもないのですよ」
ナージルは日々扉に向かって呼びかけていた。
「ほっといてくれ! 私のことなどもう放っておけばいいだろう!」
扉の向こうからくぐもった声が聞こえる。ベンジャミン王子もおそらく扉の前にいるのだ。二人の間を厚い扉が阻んでいた。
「王太子でない私など! 誰が必要とするというのだ!」
ベンジャミン王子のこじらせはもう絡みに絡んでほどけそうにもないようだった。
ナージルがもう駄目だと息を吐いて踵を返そうとしたとき、バアアンと第一王子の私室の扉が開いて目を剥いた。
見ればさらさらの漆黒の髪に葵色の瞳で涼し気に流し目を送る美麗な男が、ベンジャミン王子の首根っこを掴んで、彼の私室から出てきたではないか。ちらりと部屋の中をうかがうと、窓があいてカーテンがはためいている。おそらく窓から侵入したのだろう。かなりの手練れだ。
「僕は必要としていますけどね」
そう淡々と感情のない声で、ベンジャミン王子を床に投げ下ろすと、廊下に転がり込んだベンジャミン王子は床にはいつくばって口をはくはくさせた。
「だれだおまえは! なんなんだ!」
黒髪の男はコキコキと首をひねり、右手を頭のうしろにおいて色気のあるしぐさで首を傾けた。その葵色の瞳を冷たく眇めて感情を削いだ声で言う。
「第二王子をこのままにしていていいわけがないでしょう。なにやってるんですか」
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ジンの追憶 ユリアn巡目
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「ここでなにをしているのだ?」
俺が優しく声を掛けるとユリアは振り向いた。ああ、街中をさんざん探しに探していないと思ったらこんな森のはずれにいたのか。びっくりさせてくれる。
「薬草を採集しているのです」
ユリアはかごの中身を指していった。よく見れば地面にうずくまってなにやらぎざぎざの葉っぱをちぎっては籠の中に入れている。なんだ、どういうことだ。俺には毎回ユリアの考えが読めなくて困る。
「薬草? 怪我でもしているのか?」
見たところとくに怪我をしているようにも見えないが……。
「いえ、これはギルド依頼なのです」
ユリアは仕事の手をとめずに言った。空がくもりぽつぽつと雨が降り出した。ユリアは籠を抱えて近くの洞窟に走る。俺もついていった。二人で雨宿りだ。
「あなたも冒険者ですか?」
ユリアは毎度毎度自己紹介をさせてくれる。
「俺はジンザーク。ジンと呼んでくれ」
「はじめまして。ジン。私はユリアです」
比較的好印象な返しに俺の心は高鳴った。この雨宿りという共通項がユリアの心をほぐしたのだろうか。
「ユリアは冒険者なのだな。俺もその……冒険者になりたいのだが、どうしたらいいだろうか」
俺の震える声に、ユリアは警戒心を解くようなそぶりをする。俺は今嬉しくて震えているのだが、ユリアには緊張しているようにでも見えるのだろう。
「それなら私と一緒に冒険者ギルドに行きましょう! そこで登録できますよ!」
ユリアの弾んだような声に俺の心臓は締め付けられた。ああ、ユリアが俺を受け入れてくれている。ユリアと共に薬草を摘み、ユリアと共に冒険者ギルドに向かった。最高だ。これがループの最後になるだろう。
冒険者ギルドの入り口で俺は壁の依頼書を眺めた。どうやらここに張り出されている依頼をこなしていくのだな。ユリアがなにやらカウンターで揉めている。どうしたのだろうか。
「ユリア?」
「パーティで依頼を受ける場合は事前に登録が必要となりますね。ユリアさんは初日だから知らなかったのかもしれませんが規則ですから」
なにやら俺が手伝ったことが裏目に出ているようだった。
「すみません」
「今回はいいですよ。ではこちらが報酬の三千ゴールドです」
受付の女が銅貨を数十枚袋に入れて渡すが、ユリアは浮かない顔だった。
「ジン、これあなたの分です」
ユリアは銅貨の半数を俺に差し出した。なんてことだ。俺は別にそんなつもりはなかったというのに。ユリアは千ゴールドでさっさとシングルの安宿に泊まってしまった。俺は追いかけてその安宿で空いている部屋を探した。翌朝宿の主人にきくとユリアはもう冒険者ギルドに向かったらしい。早起きすぎるだろう!
ギルドに向かったらユリアはもう出発した後だった。やきもきしながらギルド入り口付近の掲示板の前で待つ。なんだこれは。まるで俺は付きまといではないか!ギルド職員に訊いたらユリアは肉食うさぎの討伐五十匹に向かったのだと。そのうち帰ってくると言われたが随分と遅いではないか。
昼過ぎに帰ってきたユリアはぼろぼろだった。服のあちこちを角でえぐられたような傷がある。俺が心配して声を掛けると肉食ウサギは一本角が発達しているのだとユリアは説明した。
「油断してました。まさか魔術耐性が高いとは」
ユリアは気丈にふるまっていたが、その傷口には血が滲んでいた。俺たちがギルド入り口で話をしていたら、バンと扉が開いて護衛をつれた王太子が入ってきた。
「こんなところにいたのか! 妃教育を投げ出して冒険者の真似事などとお前はいつまでも子供のようだな! 国母としての責任を持て! お前だけの人生ではないのだからな!」
はっきりとした物言いで王太子ベンジャミンはユリアを詰った。ユリアはイシュラルドの最敬礼でカーテシーをする。両手のこぶしを顔の前で組み、顔を伏せ腰をおとし、足を交差させたものだ。おそらく謝罪の意を示すものだろう。
「申し訳ございません」
その声はすべての感情を削いだものだった。ベンジャミンがユリアの腕を強く引いた。俺は反射的にナイフを繰り出す。
「やめてっ」
俺のナイフは寸前で止まった。ユリアが両手を広げて俺の前に立ちふさがっている。ああ、やめてくれ。俺の目の前でそいつをかばわないでくれユリア。
ユリアは即座にベンジャミンに跪いた。
「どうか、どうか彼に慈悲を!」
「よい。いくぞ」
ユリアに……かばわれてしまった。ちらりとこちらを振り向いたユリアはぱっと顔を背ける。ああ、今回もまただめなのか。
いったい俺は何度繰り返したらいい?
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