7 あぶなかったですね、ユリアさん
何度目かの罠を解除しつつダンジョンの奥へ奥へと進む。ジンと別の迷宮に潜ったときは道中含めあっけなく終わった記憶しかないけれど、普通に適正ランクに潜れば結構な冒険だ。ときおり罠の解除が間に合わず、天井から槍が降ってくることもある。
ドスッ
私の左肩を掠めるように金属製の鋭い槍が降ってきた。
「あぶないユリアさん!」
クラリスさんが私をぐいと引き、その反動でクラリスさんが下敷きになる格好で私がクラリスさんの上に乗り上げてしまった。
「ごめんなさい、痛くないですか?」
私がクラリスさんを気づかい覗き込むと、クラリスさんは笑顔で言った。
「いいえ。ユリアさんが無事でよかった」
私は違和感を感じていた。なぜさっきから罠の解除ができたりできなかったりするのだろう。同じような罠ばかりなのに。
『もっと命の危機を感じてから助けるべきなのか』
そういえば、そんなことを以前ジンと話したことがあった。でも、まさかね。まさかそんなこと。クラリスさんをちらりと見ると、彼は鼻歌を歌いながら新たな罠を解除していた。
(疑っちゃ悪いわよね。彼を信じましょう)
ドスッ
「あぶないユリアさん!」
ぎゅうとクラリスさんに抱きしめられる。天井から降ってきた鉄球が私の身体を押しつぶす前にクラリスさんに身体を引き寄せられた。
「無事でよかった」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ続けるクラリスさんに私は自分の疑心暗鬼を鎮めようと深呼吸をした。こんな閉鎖的な空間において仲間を疑うなんて絶対に駄目。クラリスさんがわざとエンターテイナーとして罠をパフォーマンスしているとかそんなこと考えちゃだめ。吊り橋効果ねらわれてるとかそんなこと考えちゃ駄目だから。
ぎゅうう、ほぼ一分間ほど抱きしめられつづけながらも私は心の中で念じた。大丈夫、信じられるから。仲間を、信じよう。
「わあ、泉ですよ。ダンジョンの中なのに不思議ですね」
「ええ」
何度目かの行きどまりの部屋だった。まるで銭湯のように四角く切り取られたくぼみに、澄んだ水が溢れるばかりに入っている。泉は四人くらいは余裕で入れそうな大きさだ。非常に妖しい。飲めるかどうかなんて確かめたくもない。
「せっかくだし汗流しておきます?」
「え?」
ここを風呂として使うってこと? もしこれが強酸性の液体だったら普通に罠だしあぶないだろう。
というかいくらなんでもダンジョン迷いすぎではないだろうか。ここに入ってからもう何時間も経っているような気がする。同じような十字路ばかりの景色で、地図は書いているものの、どこかで繰り返し同じ場所を歩いているような気がしてならない。そしてもう何度も行き止まりに行きついている。
「入りませんか? もう汗だくで」
「え!」
どうしよう、彼の決意はかたそうだ。引き止めた方がいいの? ていうかクラリスさん罠解除得意だからもしこの泉が猛毒とかでも解毒とかもできるかもしれないけれども……。
「私はやめときます……」
そもそももしこれが安全な真水だとしても、まだ二回しか会っていない人とお風呂なんて無理だ。恋人なら入る人もいるかもしれないが、私たちはそんな関係でもないし。ふとジンだったらどうだろうかと考えてしまってはっとする。ジンはもういないのに。そしてジンだったら「うるせえ」っていいながら服ごと私を泉に投げ入れたあと自分も飛び込んできそうだった。
ふるふると頭をふってジンを頭の中から追い出した。
クラリスさんはズボンの先をまくり足先で泉をつついて声をあげた。
「うわああ!」
泉かと思っていたものは水ではなくて液体状の生物だった。ぐにゅりと体をしならせて持ち上がった泉は透明で視認しにくい。
「落雷」
私の攻撃はきいているのかいないのか、ぐにょぐにょと蠢く生命体は、こちらに向かってはいずりよってきた。
「きゃああ!」
気持ち悪すぎる! なんだこれは! 色が透明なのがまだ救いだったが、粘菌類の動きだ。
「あぶないユリアさん!」
もう何度聞いたかわからないこのセリフを叫びながら、クラリスさんが私を姫抱きにして、ダンジョンを駆ける。あれ、どういうこと? あぶないのはどう見てもクラリスさんのほうでしたよね。いつの間に靴をはいていつの間に鞄を身に着けているんですか。そんなの逃走準備できてないと間に合いませんよね。
そして私が風呂に入ることを選択していたら今頃私は薄着で抱えられているはずだった。
だめだ、考えちゃだめだ。
…………
「ここが、ボスの間。やっとつきましたね」
はあはあと息を切らせて前のめりに俯く私の横でクラリスさんはすがすがしいほどさっぱりした顔つきだった。
目の前の大扉は確かに何度も見たことがあるボス前の大扉だ。「ランプの魔神」でも似たような扉だった。
ギイイイ
重い音が響いてゆっくりと開いた扉の向こうでは、地面を後ろ足で蹴り、臨戦態勢の猪突猛進型の獣がこちらを向いた。ごわごわと針のような毛並みは乾燥地帯の雑食動物に似ている。つぶらな黒い瞳は目の周りに縁取られた黒い模様によって、偽の釣り目に見立てられている。自分をより強く見せるためのものだろう。隈取りの化粧のようだ。茶色い獣がこちらに向かって一直線に駆けてくる。私は防御壁を展開した。
バリンバリンバリン
一度に三枚割られる。防御壁に跳ね返り入射角四十五度で飛びのいた獣は、その位置からまた一直線に駆けてきた。速い!
バリンバリンバリン
このペースで来られたらもたない! 私は追加の防御壁を展開しようと手をかざした。詠唱を開始する。なおも跳ね返った獣がこちらを振り向いて突進してくる。
バリンバリンバリン
私の防護壁はあと一枚しかない。詠唱が間に合わない。しまった相手の方がスピードが速い!
「一閃」
クラリスさんの声と共に、キラリ、刃が目の前を走った。こちらに駆けてくる獣の姿に糸を張ったように乱雑に亀裂が入る。ピッと亀裂に血が滲むとそのまま崩れ落ちるように獣は肉塊となって床に転がった。
私の足は震えていた。あと一秒でも遅かったらまちがいなくやられていた。
ゆっくりと目でクラリスさんの姿を探すと、彼は血で濡れた双剣を振るって床に血しぶきを散らしていた。こちらの視線に気がつくとやわらかく口の端を持ち上げる。薄暗い室内の青白い光が彼の薄藤色の髪を妖艶に照らした。
「あぶなかったですね、ユリアさん」
にっこりと微笑む彼はまちがいなくソロランクBの風格だった。たしかにこれは一人では入りたくないダンジョンだわ。首の皮一枚で助かった。彼のおかげだ。




