4 妹救出。後半追憶(n巡目)
「お姉さま!」
ガチャン! 牢の鉄格子にぶつかるくらいの勢いでシェリアは鉄格子に縋った。
「ああ、お姉さま! よくぞご無事で!」
私は口がはくはくした。これは一体どういうことなの。目の前では妹が「お姉さまが死ななくてよかった!」とわけのわからないことを口走っては発狂している。そしてその首元には地獄の番犬のようなごつい金属の枷と、両腕には重たい金属の枷と、足元には鉄球付きの金属の枷だ。いったい何人、人を殺したんだというような拘束具合である。
「あはは、今日はすごく元気がいいね。お姉さまに会えてうれしいかい?」
私の隣のララピア王子はにやにやしながら格子を右手で掴んでいた。まるで動物園の檻の前だ。私の背すじに寒気がはしる。え、この人と結婚するって……悪夢じゃないか。
「お姉さま! お姉さま!」
地獄絵図だ。シェリアは完全に発狂している。ああ、どうしたらよかったの。私は国外逃亡せずにベンジャミン王子からの手紙を読んでいたらよかったのかしら。
「大丈夫だよ。感激しているだけさ」
ララピア王子が肩を組んでくる。やめてください。ちょっと触らないで。
「シェリアを解放してくださいませんか? 私はすでに許しています」
私の言葉にララピア王子はにこりと微笑んだ。
「いいよ。それなら」
シェリアは牢を出された。雪崩れるように出てきては私の胸に飛び込んだ。
「うっ……うっ……お姉さま!」
震える彼女をぎゅっと抱きしめる。こんなに冷えて。
「ごめんね、シェリア」
「うう……うあああ! ごめんなさい! ごめんなさいお姉さま!」
シェリアは泣いた。泣いて泣いてドレスの色が変わった。私は泣き止むまでしっかりと抱きしめた。
「残念だけど、僕の年齢的にまだ結婚できないからしばらく待っててね」
そうにっこり笑ってララピア王子に送り出された。私は監禁されないんだとほっとした。そもそも私は監禁されるような罪を犯してはいないのだけれども。なにか冤罪でもふっかけて捕らえられるのかとつい思ってしまった。
「おかえりなさいませ!」
イシュラルド伯爵邸ではお祭り騒ぎだ。なにせ姉妹ともどもかえって来たのだ。まるで勇者凱旋のような扱いに私はたじたじだ。
「そういえば、お父さまとお母さまは?」
「ともに国境の整備です」
私の問いに答えながらリチャードはグラスに飲み物を注いだ。葡萄の濃厚なジュースだ。口に入れると芳醇な香りが鼻に抜ける。
「美味しいわ」
「ありがたきお言葉」
リチャードはおそらく一番いい一本を開けたのだろう。お兄さまがついと傍によっては私のグラスに乾杯する。コンと綺麗な音が小さく鳴った。
「まさか、帰ってきたその日にシェリアまで助け出してくるとは。私のユリアは随分と頼もしいね」
お兄さまの優しい手が私の頭を耳の下まで撫でる。家に帰ってきてシェリアは少しは元気を取り戻したようだった。なにやら屋敷中を走り回って誰かを探している。
「ルークは? ルークはどこですの!」
そういえば、帰ってきて見ていなかった。ルークはうちに執事見習いとして引き取った義弟だ。優秀で隙のない完璧な義弟だ。漆黒の艶のある髪に、葵色の瞳をしている。
「そういえば、一緒でなかったのだね」
お兄さまが穏やかにシェリアに呼びかけた。
「ええ! あの薄情者! てっきり家に帰ったのだとばかり思っていましたわ」
シェリアは随分腹を立てていた。何かあったのだろう。
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ジンの追憶 ユリアn巡目
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「ユリア、むしゃくしゃしているのか?」
街のはずれでうろつくユリアに声を掛ける。もう手慣れたものだ。
すっと腕を差し出すとユリアは染みついた妃教育の条件反射で俺の腕をとる。
そして彼女は腕をとってしまってからはっとした表情をするのだ。いつものことだ。
「あなたは……?」
ああ、何度目のやりとりだろうか。俺はいつからか数えることをやめた。
ユリアはユリアだ。それでいいじゃないか。何度だって名乗ろう。
「俺はジンザーク、ジンと呼んでくれ」
「……はじめまして」
ユリアは疑わしげな視線を送ってくる。なんだ、こんなに紳士的に接しているのにやはり俺が信じられないんだな。
「どうして私の名前を?」
ユリアに問われてはっとする。きいてもいない名前を当然のように呼んでいたことを今までまったく気がつかなかった。なんでいままで言ってくれなかったのだ。
「未来の王太子妃さまのお名前くらい覚えている」
俺の言葉に若干、棘が入ったのに気がついたのか、ユリアの息を呑む声が聞こえる。わるい、ユリア、そんなつもりなんてなかったんだ。
ぱっと俺の腕を振り払ってユリアは駆けていく。追いかける俺はさながら暴漢か。
「だれか! たすけてください!」
叫びながらユリアは近くの冒険者ギルドに駆け込んだ。
「話をきいてくれ! ユリア!」
ギルドの中からは屈強な男が出てきた。ギルド職員の服装だ。用心棒か?男は金髪の角刈りに水色の鋭い目つきをしている。随分とガタイがいい。
男は両手をぽきぽきと鳴らしながら正義のヒーローの構えだ。
「どけ」
「女を襲うとは、男の風上にも置けないな」
「誤解だ。どけ」
俺の押し問答もむなしく聞く耳をもたない、それならばと作り出した槍で薙ぎ払うと現場を見ていた通行人の悲鳴がそこかしこで響いた。
ああ、最悪だ。今までで一番最悪だ。
「嫌!」
伸ばした俺の手はユリアによってはねのけられる。そのまま走って遠ざかる背中を茫然と見ていた。それでも、それでもお前は嫌っている俺のところに来るんだろう。国を背負って、死にそうな顔をして来るんだろう。俺が、逃がしてやろうと何度も何度も心をくだいているというのに……。
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