7 ジンの本性※
数千年前ジンの追憶
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風の噂で聞いたところによると下界はぬるま湯につかった世界であるらしい。
俺は死体の山に腰かけ、皮肉げに口の端をもちあげた。
ここは神々の住む雲の上層。日々抗争が絶えないこの世界を、下層の奴らはたいそうあがめ、奴らにとっての理想郷を思い描いているのだと。
(皮肉なことだ。ここのほうが地獄だろう)
俺の足元には日々他の元素神々の死体がうず高く積まれ続け大きな山となっていく。
自由と抗争が渦巻く魔境の中、蟲毒の壺のごとく、魔神が長生きするというのはその実その身に邪悪を煮詰め続けることに他ならない。
さんざん地形をでこぼこにしてモズの早贄よろしくご丁寧に死体もひっさげておく。これで少しは周りの元素神も頭が冷えるだろう。
縄張り争いに興味なんざないが、俺の性質は泰然なる岩元素、ここから動くことすら面倒くさいんだ。
そんな俺の慢心をあざ笑うかのようにある日を境に日々は一転する。
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野心ある他の神が周囲を喰い荒らし、俺のなわばりに向かってきたのだ。
目の前の紫の雷を纏った強者は下層へ降りたいらしい。
下層に行くのに協力するか糧としてくだるか選べと突きつけてくる。
下界の奴らが我らが神を呼んでいるのが気になるのだと。
ひたすらどうでもいい。
(というかお前雷で、電気を通さない相性の悪い岩の俺に勝てるとか思ってんの)
俺のいぶかしげな視線に気がついたのか雷神が片手をあげると、その後ろからすっと水神と風神が現れる。
なるほど、まったくの考えなしというわけでもないらしい。
面倒だなとため息が漏れる。あらかじめ徒党を組んでやってきたわけだ。
俺の堅牢な岩はあらゆるものを防ぐが、それを削り取るものももちろん存在する。風化にしろ浸食にしろいずれにせよ長い年月が必要だが、……こいつは、はなから長期戦にもちこむ心づもりらしい。
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一閃の雷光が煌めく。どれくらいの時が経っただろう、激しい打ち合いはとどまるところを知らず、その苛烈さは空間をねじまげるほどのエネルギーを有していた。
激しい攻防のさなか、上層と下層の境目を突き破って、奴の望みだとかいう下層にまで戦いは流れ込んでいく。
(ここが下層だと? なんと元素力の薄いことか)
下層の大気中の岩元素は少なく息をするのも苦しいくらいだ
力が低下したのは雷神も同じようで急激に出力が落ちる。
(お前もかよ)
この戦いの途中で返り討ちにした水神と風神がもし生きていたら、きっとこの下層のほうが過ごしやすかったのだろう。そう思うくらいには大気中には水と風が占めていた。
この目の前の雷神は、水神と雷神をそそのかして傘下に加え使いつぶしたのだろうか。雷神がこの下層に何を望んでいたのか俺には理解できなかった。この広い広い空を自由に駆け回りたかったのかもしれないなとぽつりと思う。
上層では神々がひしめいていてどこも狭苦しく、スペースを確保するために日々他の神を掃除しないとごろ寝もできやしない。俺は泰然たる岩を司っているためその性質は留まり続けることに何のストレスもない。だが奴(雷)は、走り続けないと死んでしまうような性質だから。
上層から下層に堕ち、雷神と岩神の墜落した一帯は大きなクレーターをつくっていた。おまけに俺が岩の槍を得物としているものだから、突き刺さっていく岩の槍が尖山をつくり遠目からは針山のように見える。雷神の電光石火により土埃が舞い上がり辺りは真白に輝く。
(俺も奴もぼろぼろだ。奴は念願の下層に着いたというのにどうしても俺を殺したいらしいな)
ついと目の端に人の姿を捉える、遠くのほうで赤砂色の髪に、蒼の瞳を持つ女性がこちらに駆け寄ろうとして兵士に止められている。
『マシュリー様! あぶのうございます!』
ふと目をむけると雷神も目を奪われていた。菫色の雷神の瞳は恋情に揺れ、俺の姿を憎しみの色をもってその瞳に炎をともす。雷神の長い腰元までの藤色のストレートの髪は帯電しぶわりと扇を広げたようになった。
(な、なんだその目は。俺が何したっていうんだよ!)
俺はぎょっとした。
マシュリーはなりふりかまわないといった様子で声をはりあげる。
『岩神様……!』
(なんだこいつ! ……けっこう可愛いけど。なんだこいつ!)
『来てくださったのですね!』
(感極まってるとこ悪いがてめえのことなんざしらねえよ! 初対面だっ!)
ほろほろと涙を流すマシュリーはさながら女神のようだ。
雷神の動きに精彩さを欠くものが見て取れた。
かなり動揺しているようだ。
俺は正直ここまでの戦いでかなり疲弊していた。
見知らぬ巫女装束を纏ったマシュリーが視界の端で舞っている謎の応援も何のたしにもならない。
(ああもう、お前、ひっこんでろ! 邪魔だ!)
月の形も移ろいゆき、長き戦いの末、俺は辛勝した。
(ほとほと疲れた)
そのころには毎日のようにつかずはなれずの位置で応援の舞を舞う健気な巫女のことを若干、ほんと少しだけ、意識してしまっていた。
召喚士として戦争のために俺を召喚したのだと巫女マシュリーは言った。
(召喚されたつもりなんてさらさらないが)
俺はもう虫の息で立ってられず、片膝をついたあぐらのような形で座り込んだ。体中が痛む。
マシュリーは俺の前で膝をつき、左手を両手で包み込むと顔のところまで持ち上げて、イシュラルド王国守護神として誓いを立てるといって俺の指に唇を落とした。
顔を上げて柔らかに微笑むその目元には喜びの涙が光り、果実のような唇はやわらかに弧を描いていた。
ふいに胸が苦しくなってとうとう死の間際ではないかと片手で頭を抱えた。左手はなおもマシュリーにしっかりと握られている。
(思いもがけず下層に降りてきてしまったものだが存外悪くもない)
そうぼんやり思っていると左胸に焼けつくような鋭い痛みが走った。
『あ……?』
口から血があふれ出す。胸元からは後ろから神宝級の槍で一突きされた切っ先がのぞいている。死にかけていたからかまったく予期できなかった。
巫女の悲鳴があがる。俺の周りを重装備の兵士が取り囲み、その兵士の後方から揃いの白地に金の文様のローブを羽織った魔導士が長い詠唱を唱えている。魔術による光の輪が幾重にも身体を縛り上げる。灼けるような痛みに吐き気がこみ上げてくる。
『国王様! これはいったいどういうことですか!』
巫女は布で縛られ両腕を引きずられて兵士に連れていかれる。
『これほどの脅威……野放しにはしておけぬ』
濁った冷たい目で老獪な国王は片手をあげて合図を送る。
『眠るがよい。我らが神よ。とこしえの揺り籠のなかで』
その言葉とともに頭上では六角形の結界がいくつも形成されそれがドーム状に身体を包み込んだ。
(こっちはすでに死にかけてるっつーのに、大した念のいれようだな)
口の端で皮肉気に笑う。
上層での万全な状態であればこの程度、俺にとって紙切れ同然の結界だったが、ここは岩元素の薄い下層であり、なおかつ連戦によってひどく消耗していた。
(利用するだけ利用して、用済みになれば捨てるってか)
多重結界はカプセルのように全体を包み込み、地中深くに潜っていく。
(揺り籠……か。そんな響きの良いもんじゃあねえ)
これは 墓場だ
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