6 ランプの魔神
どうやら乗り物のようだった。二人分の体重を難なく支え、安定した滑り出しで宙を切っていく。乾燥した南の風が頬をかすめ、熱い日差しが髪を撫でる。バランスをとるのが存外難しく、不本意にも前に立つジンの腰元にしがみつく形になってしまった。
ハルファス王都を飛び出し、オアシス地帯の密林を抜け、サバンナ地帯を抜け、宙を舞いながら風を切って、まるで魔法のじゅうたんのように二人を乗せて砂漠の砂の上を滑る。遠くまで晴れ渡る空と、見渡す限りの砂山だ。まるでここ一帯には二人しかいないような気持ちにさせてくれる。
円盤の操作はジンがしているようだった。まっすぐに南を目指している。私は風にあおられる髪をかき上げた。
ちらりと後ろを振り向くジンが頭の上に手を乗せる。
「まぶしいか?」
ジンの顔が逆光になり、きらりと左耳のピアスがまぶしい日差しを反射した。
男性の左耳のピアスは『守る人』を示す。
ジンがそんな繊細な気持ちで選んだかなんて私にはわからない。
でも彼は、そういう心づもりでいるのだろうということは私には痛いくらいわかっていた。
「大丈夫」
ジンは私の右耳に手を寄せ耳たぶをついとつまんだ。顔が思わず熱くなる。彼もなにか思うところでもあったのかもしれない。
「いいな。似合ってるぞ」
ジンはふっと口端をあげた。きっと私のピアスも太陽光を反射して輝いていたのだろう。
「俺の色だな」
ぽつりとジンがつぶやいた。はっとして顔をあげたらジンの後ろ姿だった。もう前を向いたらしい。
滑るように空中を舞い何度目かの砂丘を超えて、ダンジョン「ランプの魔神」はそびえ立っていた。その巻きあがるような螺旋の塔は砂漠の黄色い色をしていた。
少し遅めの昼食をジンと共に塔の日影でとる。持ってきた小さなサンドイッチはジンの大きく開けた口に瞬く間に消えていった。私はまじまじと見つめてしまったことに気がついて思わず顔が熱くなる。ジンはついと私の口の端のパンくずをさらった。
塔の中はひんやりとして、外の熱気を忘れさせてくれる。壁はすべて砂でできているようだった。この砂で覆われたダンジョンはジンの得意な環境だろう。螺旋式に上へ上へと階段をのぼり、時折現れる魔獣は私がその姿を確認する前にジンに串刺しにされる。
「これは、蛇か」
なんだ、といった感じでジンは振りかぶり、槍の先にささった十メートルはあろうかというジャイアントスネークを壁にたたきつけた。淡々と殲滅するその背中の後ろで私は息を吐いた。速すぎる。速すぎるよジン。目で追えないです。
「どうした? つかれたか?」
時折ふりかえり、ジンは心配そうな金の瞳でこちらを見つめてくる。金の瞳の中ではちみつ色の濃い色が揺れ、星のような鮮やかな白金がきらきらと瞬いた。
「大丈夫」
私の息は上がっていた。ジンの体力は無尽蔵なのか。全く息を切らせるそぶりもないし、歩調も一定だ。彼は本当に人間離れしている。
「そうか」
ジンはふいとしゃがみこんで私を横抱きにした。がくんと体が宙に浮く。
「わ」
「じっとしてろ」
螺旋階段を駆け上がるジンは、時折私を高上げのように宙に放っては受け止めてどこか楽しそうだ。そういえば昨日からずっと機嫌がいい。いままでの不愛想面がうそみたいだ。
「ユリア、俺がランプを手にしたら、そしたらな」
まるで戦場に向かう兵士の最後の言葉のようなことをいう。
「どうしたいと思う?」
いや、クイズだった。
「さあ……?」
ヒントも何もないじゃないか。
ダンジョン最奥のボスの間についた。あっという間だった。さすがジン。もはや私いらなくない?
バアン!
道場破りするのかというように勢いよく扉をあけ放ってジンは乗り込んだ。正々堂々か。潔い。ジンは扉を開けて中に入る前に、出入り口で槍を振りかぶった。ごおおおと空気の巻き込まれる音がする。一体中にどんなボスがいるのだろう。私はジンの背中の横から顔を出して扉の中をのぞいた。
青い煙でできたような美丈夫がいる。かなりたくましい。イシュラルド王国ギルドの試験官よりもがっちりした体躯だ。普通にみたらジンより強そうだ。彼はジンと同じ黒髪に三つ編みを一つ垂らし、ジンよりも髪が十センチは長いようだった。その瞳は黒曜石のように黒い、そしてジンのように濃い顔立ちをしている。彼の胸元まで垂れた三つ編みに思わず目が行く。これは……どう見ても、魔神。共喰い、同士討ちなのでは……。
ええい、とでも掛け声の出そうな見事な投擲でジンは手にしていたねじれた金色の二股の槍を振りかぶった。グンと彼の手元の槍がしなり砂塵の結晶がまるで雹のように鋭利な刃となり砂煙に巻き込まれながら彼の刺突に纏わりつき、そのまま投げ込まれた金色の槍はあまたの援護追撃と共にボスの間に放り込まれた。粉塵爆発の音が響き扉の向こうの部屋の天井が崩壊した。瓦礫の落ちるガラガラととめどない音がする。
(えええええええええ!!)
張り切りすぎではないだろうか。どうしたの、ジン。ハイになってるの?
「ユリア、もう入れるぞ」
ジンは顔だけ振り向いてくいと背中で合図する。おもわずあっけにとられる。瞬殺だ。
タンッタンッと足元の瓦礫を跳躍してジンは大部屋の奥の大きな宝箱を開けた。
私はきょろきょろと部屋の内部を見回した。天井は大きく穴が開いて真っ青な雲一つない青空がのぞいている。天井から差し込む日光で照らされた部屋の内部は瓦礫に溢れ、元の部屋の主が丁寧に集めていたであろう色とりどりの細工物は見るも無残に粉砕されている。廃墟のようになっていた。こんなに真新しい廃墟見たこともない。
「ユリア、ほら」
部屋の奥のほうでジンは片手をあげて銀のランプを掲げた。銀の細工の細かい文様が全身にびっしり描かれたそれは、確かにジンの細工物の金のナイフとよく似ている。私が近くまで歩いていくのも待ち遠しいようでジンはランプの表面をついとこすった。
「昨日俺が読んだ本のこと、ユリアは気にしていただろう」
私が足元の瓦礫に足をとられながらゆっくりとジンのほうに向かっていると、ジンは声をかけてきた。まだまだ距離があるから、はりあげるような声だ。
「俺は、俺をやめたかった! お前のために」
ジンの手元のランプから銀の煙が細くたなびく。
「だから……」
ジンの声が途切れ、私は足元の瓦礫から顔をあげる。瓦礫に足をひっかけて転びそうだから下を向いて歩いていたのだ。
「ジン……?」
見るとジンの身体には銀の煙が絡みついていた。同族の魔神だから親和性が高すぎるのか!?
「な……なんだこれ」
ジンは手を振って振り払おうとするが、彼の努力もむなしく全身を覆われていく。
「ジン!」
私は走り出して足元に躓いて転んだ、擦りむいた部分にじわりと血が滲む。
「ユリア!」
ジンの最後の声は吸い込まれるようにランプの中に取り込まれた。カランと金色に色の変わったランプが地に落ちて震え、穿たれた天窓からぴゅんと飛んで消えた。
「え……」
私は転んで地べたに這いつくばった状態で信じられないものを見たように固まった。
あの、ジンが。
こんなにあっさりと消えてしまうなんて。
ふらふらと立ち上がって、部屋の奥へ、一歩一歩歩く。
(うそだよね? うそだって笑ってよ)
ガランとした室内はただの廃墟となり果てていた。
ピ
状態:非契約
(うそ……)
ジンは呑みこまれたのだ。喪失感が全身を襲った。
ダンジョンは踏破されたと認定されたようだった。徐々に崩れるように形を失っていくダンジョン「ランプの魔神」を私は茫然とした目で見ていた。




