5 地下牢の妹
ところ変わってイシュラルド王国地下牢にて
…………
「いやああああ! ここから出して!」
わたくしの叫びが牢に響き、反響した。ルークが隣でうるさそうに耳をふさいでいる。その表情は淡々としたものだ。わずかに顰めているのは騒音に対してだろう。堅牢な岩造りの牢は王城の地下空間に存在する鍾乳洞の一角を人為的に整備したものだ。
「シェリア様が考えなしに行動するからですよ」
迷惑そうに肩をすくめるルークの様子は本当にかわいげがない。
わたくしは口を尖らせて言い返そうとした。
そんなとき、カツンカツンと靴音が響き、第二王子ララピアが地下牢に現れた。
「やあ、僕の可愛い小鳥。元気にしていたか?」
第二王子ララピアのくせのない金髪は、彼の兄ベンジャミンとおなじ白みがかった金色だ。瞳はわずかに青みがかった紫色をしている。その顔つきは穏やかだが、彼は戦場でその獰猛な本性を露わにし多くの敵を屠ってきたのだ。
「せっかく僕が武功をたてて帰ってきたというのに、君が逃げようとするからいけないんだよ」
ララピアはその端正な顔をゆっくりと甘く微笑ませた。その目は弓なりに細められる。
(ああ、最悪! 最悪ですわ!)
わたくしは頭をかかえた。わたくしを捕まえたのはベンジャミン王太子ではなかった。彼は今頃意気消沈して抜け殻のようになっているだろう。わたくしを捕まえるよう触れをだしたのは今目の前にいるララピア王子だ。ベンジャミン王太子を振るためにいっときは名前を借りたものの、彼と関わったことなど一切ないというのにどうしてこうなった。
「ええ、元気でした。先ほどもピーチクパーチクうるさいくらいにさえずっておいででしたよ」
隣のルークは涼しい顔つきで真顔でゴマをすっている。あなた私の従者よね。一体どういうつもりなのかしら。
ルークの存在を認めてララピア王子は端正な眉間に皺を寄せた。
「鳥かごの中によけいなものまで入ってしまっていたとは、気づくのが遅れてすまないね。そこの黒髪の君はもういいから出るがいい」
「ありがたきお言葉」
なんとあっさりルークは許されているではないか。わたくしの口がはくはくする。ララピア王子のお付きのものがガチャリと牢のカギを開け、ルークは涼しい顔で牢から出ていった。薄情者!
「わたくしも」
わたくしが追いすがろうとするとララピア王子は右手首を痛いくらいに掴んでにこりと笑った。
「え? だめに決まってるよね。不敬を働いたのは君だけなのだろう? 巻き込まれた従者に少しは気を配ったらどうだ」
牢の外でルークは首をぽきぽきさせて右腕をまわしすっかりリラックスモードだ。こちらをちらりとも見ない。
「じゃ、シェリア様また、次があれば」
なんとも情のない別れの挨拶だ。幼少のときから我が家で家族同然にかわいがってきたというのにあんまりだ。
ルークの姿が見えなくなると、ララピア王子はわたくしの首元にガチャリと硬質の首枷をかけた。
「これは……」
「ああ、君に似合いそうだから買ってきたよ。気に入ったかい?」
ララピア王子はわたくしの目の前で首枷のカギをこれ見よがしに振ってみせた。
「真実の愛に目覚めたんだろう?」
わたくしの血の気がなくなってく。
「大丈夫。快適に暮らせるように僕もたまに様子を見にくるからね」
最悪だ!
…………
「いやあ、「ランプの魔神」を受けてくださるとは! ありがとうございます!」
ギルド長は手もみをして喜んだ。彼の掛けた薄茶色のサングラスがきらりと光る。
ジンは比較的彼にしてはさっぱりとした表情をしていた。こころなしか晴れやかだ。
「ああ。場所はどこだ」
「ここから南にしばらく向かったさきですね。砂漠地帯の真ん中にそびえ立つように立っていますから比較的見つけやすいかと思いますよ」
「わかった。じゃあいくか、ユリア」
ジンはさっと腕を出した。つかまれということだろう。私が手を置くとジンは満足そうな顔つきだ。ギルド長は仲がよろしいことで、といった生暖かい視線でにやにやしている。恋人に見えるかもしれませんが、ちがいますからね。あくまで、召喚主と召喚された魔神のはずですからね。
ジンはギルドを出ると、ふいと腰元の無限収納に右腕を突っ込んだ。また何か出そうというのだろうか。
「ん」
手に押し付けられたのは、鞘に入った金の飾り彫りの入ったナイフだった。刃渡り十五センチのこの金のナイフは見覚えがある。
(これ、王太子の心臓を狙ったナイフだわ)
一体どういうつもりなのか、視線をあげてジンを見ると、ジンは耳を赤くしてあらぬ方向を向いていた。
「やる。遅れたけれど、踏破報酬の聖遺物だ」
ジンはちらりと目線で私の顔をうかがった。
(踏破報酬?)
もしかして、「魔神の霊廟」の?
あれは踏破したといえるのだろうか。お宅訪問みたいな感じだったが。あと聖遺物って何?
「聖遺物?」
「まあなんだ。ダンジョンの宝だ」
ジンは若干声が上ずっていた。そういえば、「亀の甲羅」でもボスのジャイアントタートル倒した後に彼は大きな宝箱ごそごそしていたような。
ジンは無限収納から大きな甲羅の円盤を取り出した。「亀の甲羅」踏破報酬の聖遺物だ。ああ、もしかしたらこれを出す前に白状したかったのかもしれない。彼のもといた場所にも聖遺物が隠されていたのだと。
空中浮遊するそれはまるでおもちゃのようでもあるし、何か新しい乗り物であるようでもあった。二人くらいはその上に乗れそうだ。
「こい、ユリア」
ジンは私の手を取って、地面から四十五センチほどのところで浮遊している円盤に飛び乗った。二人分の体重でぐらりと一瞬揺れ、私は思わずジンにしがみつく。見上げればまんざらでもなさそうな表情でジンがにやりと口角をあげていた。
「これに乗っていくぞ」




