4 ジンの涙
薄暗くなったバザールはオレンジのランタンが感傷的な雰囲気を演出していた。昼間とはがらりと変わるその店通りに私の目はくぎ付けになる。
「なんだか別世界にきたみたいね」
「ああ」
ジンと一緒にローカルなバーに入る。海鮮料理がメインなその店は、異国情緒にあふれたメニューが並んでいた。壁には海路地図がでかでかと張られ、一角くじらの頭部の複製が奥の壁を突き破るかのように飾られている。
「ご注文は?」
「ユリア、何にするか」
ジンは私の意見を汲んでくれるようだった。さすがに一見の店でノールックで注文とはいかないらしい。
「クジラの刺身もあるぞ」
クジラの話、どれだけひきずっているのだろうか。
「じゃあ、このシーフードサラダで」
シャキシャキの水菜と玉ねぎとカイワレのサラダにゆでたイカとホタテが入っている。ソースは魚卵入りのオーロラソースだ。まちがいなく美味しいだろう。
「じゃあそれと、黒ビールとオレンジジュース、あとジャーマンポテトの串揚げ」
「はいよ!」
ドンとすぐさま飲み物がくる。はやい。
「ん、乾杯」
ジンが私のグラスにジョッキを近づけた。コンといい音がする。
ジンはそのまま一気に呷った。相変わらずのいい呑みっぷり。
(そういえば……)
ジンには私がお酒を飲めないことを全然伝えていないはずなのに初めて会った時からノンアルコールを勝手に注文している。
(なんで飲めないの知っているんだろう)
「今日は楽しかったな」
そういいながら向かい合っているジンの左の耳元では金色のフープがきらりと店内の照明を反射している。ジンは黒ビールを片手に追加注文したエビのアフィージョをつまみにしながらも満足そうな顔つきだ。
「ジンは図書館で本熱心に読んでたけどどんな話だったの?」
本のこと実はずっと気になっていたのだ。
「ああ、まあ大したことは書いてなかったな。だいたいは眉唾物の話だった。ただ……」
ジンは揚げたての芋を口にほおばった。
「明日、「ランプの魔神」にもぐってもいいかなとは思わされた」
さらっと述べるジンに私の目は丸くなる。
本を読むとダンジョンに潜りたくなったの? なんでそうなった。
「なにか関連性でもあったの?」
私の言葉にちらりとジンが視線をよこす。もう目がすわってる。この黒ビールはアルコール度数が高いようだった。
「ん、ユリアにはあとでのお楽しみだな。まあ、まってろ」
ジンはかくんかくんしだした。
「すみません、水ください」
こんなところで酔いつぶれられたら大変だ。まだ宿泊するホテルまでしばらく歩くというのに。
ふらふらと横揺れするジンにしっかりと手を握られて私は宿泊するホテルに歩いた。ところどころ道中で見かける夜の公園にジンが私を引きずり込もうとするのを押しとどめながらの攻防戦だ。しつけのなっていない大型犬の散歩でもしているかのような気分だった。
(やっとついた)
ホテルの明かりが随分と心強く思われる。
「おかえりなさいませ」
玄関でドアマンが腰を折る。ホテルの従業員が介抱しようとジンに手を差し出すが、ジンはそれを拒否した。どうやらまだ意識はあるようだった。
(ああ、すっかり熟睡してくれていたら楽だったのに)
いや、それだとここまで運んでこれなかったかもしれない。
ホテルの部屋に入ると私は安堵の息をついた。あとは寝かせるだけだ。ジンももうぐったりしているし大丈夫だろう。
ジンを支えてよろよろとベッドに向かう。ああなんだか最近こんなのばかりだ。
「ユリア……」
寝言でつぶやかれてびくりとする。なんだ、起きたのかと思っちゃったよ。
「お前がいないなんて」
ジンの寝言にうっかり耳を傾けてしまった。
「俺は、もう」
ジンをゆっくりベッドに寝かせる。ジンの閉じた瞼からは一筋涙が流れていた。どうやら悪い夢でもみているようだった。
…………
…………
ジンの追憶 前回のユリア
戦場では雨のように流れ弾が降り注いでいた。俺は予測できるかぎりの弾を避け、軌道の変わる弾を槍で振り払った。
『奥に引っ込んでろ! ユリア』
俺の背中にはユリアがいる。守りながらでは大きく動けない。
『いえ、私は召喚士ですから』
ユリアは頑固だった。頑なに俺の傍を離れない。俺が死ぬときは一緒に果てるつもりなのだろう、もどかしい思いにぐっと唇を噛むと口の中に血の味がする。
『なんだと! 城が落とされただと!』
騎士部隊が騒がしい。どうやらこちらの敵は囮の部隊だったようだ。大きく迂回した先鋭部隊が城を乗っ取り、イシュラルド城の砲台がこちらを向く。
撃ち込まれた無数の弾が地面を揺らす。土埃に紛れて血の匂いがする。
俺はユリアに力いっぱい覆いかぶさった。地面を削った破片が身体に突き刺さる。
ガチャリ
聞きなれない金属音に顔をあげると、びっしりと銀の刺繡がなされた白衣のローブを着た男が、その血のようにどす黒い赤い目を恍惚に光らせてこちらを見下ろしている。
気がつけば俺は封縛の鎖をかけられて身動きもできない。しまったあの砲撃は目くらましだったのだ。
灰白色の髪をライオンのように無造作に跳ね上げた男はその天使のような幼い顔だちを嬉しそうにゆがめた。
『いいね。最高の贄だ』
捕虜としてゾレア帝国に連れ去られた俺たちは、そこで残酷な現実を思い知る。イシュラルド王国よりも科学に特化したゾレア帝国では魔神を人為的に作成しようとしていた。神降しのイシュラルドに対抗して、人類の英知で神を肉片から培養し、限りなくキメラに近い炎の魔神タイタスを作り上げている途中だった。
その生贄として、ユリアが投げ入れられた。ユリアの妹だとかいう女が俺の横で悲鳴を上げる。イシュハルが口の端を持ち上げた。
『僕が有効活用してあげようじゃあないか』
『ユリア……! お前がいないなんて俺はもう……!』
悲痛な俺の叫びはユリアに届かなかった。
…………
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