2 ジンお姫様だっこされる
ジンは迷いなく入っていった。私たち新婚旅行でしたっけと首を傾げたくなるような綺麗なリゾートホテルだ。つい先ほど薄汚いダンジョンで魔物を狩っていたことを忘れそうだった。せっかく稼いだ大金を湯水のように使うつもりらしい。ジンらしいったらジンらしいけれども。
そしてジンがほとんど自力で稼いだようなものなので私には何もいえない。
ぐう、私にももっと貢献させてほしい。
「お二人様ですね。お部屋のタイプはどうなさいますか」
「一番高いやつで」
「かしこまりました。トロピカルビーチリゾートLUXURYでよろしいですか」
「ああ」
なんだろう、すごい長い名前だ。いったいいくらするのだろうか。
「前払いでお願いしています」
「ああ」
ジンは腰元の布袋から金貨を積み上げていく。十枚、二十枚……ああ、銅貨で宿に泊まっていたときがなつかしい。
「はい、ではこちらが部屋のキーカードです」
「ああ」
ジンは涼しい顔をして受け取った。そうか、こういうところはカギも違うのね。きっとオートロックなのだろう。震える。
「ユリア、いこう」
部屋の中は広かった。何なら五人くらいは一緒に泊まってもストレスがなさそうなくらいだ。海側の壁は全面ガラス張りで、一面に海が見えた。部屋の壁には何やら高そうな抽象画が飾られ、大きな白いソファがまるで貝のような形をしている。部屋の中は水色とピンクと白色で調和し、人魚の部屋でもあるようだった。寝室には天蓋付きの大きな白いキングサイズよりも大きい人が四人は転がれそうなベッドと、トロピカルな壁紙がいかにも南国情緒にあふれていた。非常に、ムードがよい。
あれ? 新婚旅行にきたんだっけ?
「ユリア、気に入ったか?」
「ええ、すごいところね……」
ここに一泊泊まるだけで金貨が何十枚も飛ぶのか。めまいがしそうだった。
ジンに連れられてホテル併設のレストランに向かう。王太子妃候補だった時の品のいいワンピースがこんなところで役に立つとは。捨ててこようかと思っていたけれど、取っておいてよかった。ほんとう人生何があるかわからないものだ。
ジンは相変わらずザルだった。お上品なグラスに入っている高級ワインをボトルで開けていく。お金の心配はもはやしていないけれど、酔っぱらったジンを介抱するのが心配だ。あの部屋で一晩過ごさなくてはならないというのに、この人は絡み酒なのだ。よっぱらってすぐ寝る人だったらどんなにかよかっただろう。
「明日はギルド依頼受けなくてもいいんじゃないか? せっかく来たんだ、観光でもしよう」
ジンは赤らんだ顔で少しうなだれながら言った。早くも酔いが回っているらしい。たしかに今日の報酬ならば贅沢しなければしばらくもつだろう。反対する理由もない。
「そうね。今日来たばかりだものね」
船をおりて真っ先に冒険者ギルドに向かってからのいきなりのダンジョン直行だ。ジンの行動力には毎度驚かされる。私がやったことと言えば、ダンジョン内部の明かりをともすことと、ジンが槍を振りかぶって敵をせん滅した後に飛んでいく後方支援魔術だけだ。私が詠唱する前に敵が消える。もはやなんなんだろう私。そもそも召喚術ってどう使うの。そういえばいろいろありすぎてすっかり召喚術について調べることを忘れていた。明日にでも図書館にいってみよう。
私が考えている間にジンはテーブルに突っ伏していた。またか。またなのか。ウエイターさんがそっと薄手の毛布を手渡してくれた。一流店のサービスだ。私は受け取った薄手の毛布をそっとジンの肩にかける。
(疲れていたんでしょうね。それはそうか。昨日から船に揺られて船でひと暴れして、ついたらすぐにダンジョンだったものね)
ほとんどジンに戦闘させてしまった。私も強くなりたい。
私がジンの寝顔を見つめているとさっと黒い燕尾服に身を包んだホテルの従業員が来た。どうやらウエイターさんが連絡したようだ。ホテルの従業員は私に了解をとるとさっとジンを横抱きにする。
(自分の目を疑うわ)
あのプライドの高いジンが男の人にお姫様抱っこを許すはずもない。ジンがすっかり酔いつぶれているからこそなせるわざだった。これはもう二度と見られないであろう光景だった。
従業員はよほど鍛えているのだろう。ジンを抱えたまま淡々と階段を上り、私のカギを受けとって、部屋のドアを開けジンをベッドに寝かせるところまでしてくれた。これが一流ホテルのサービスか。
「それではよい夢を」
一礼して退出していく姿はスマートだった。レストランの代金は翌日フロントで払えばいいらしい。
ベッドでぐっすりのジンを見て私は胸をなでおろした。よかった。今日はすごく熟睡している。思えばジンは船の中では一睡もしていないようだったし眠気も限界だったのだろう。船ではやたらと何かを牽制するかのように睨みをきかせていた。船員たちも乗客も震えあがっていたし、私もはらはらしたものだった。
室内の銀の水差しから、カットの美しいガラスのグラスに注ぎ、ガラス張りのバルコニーに出て、夜の海を見ながら喉を潤した。夜風が気持ちいい。
ちらりと部屋をうかがうがジンは起きる様子もない。これは朝までぐっすりだろう。
私はしばらくバルコニーでたそがれたあと、なるべくジンと距離をとってふかふかのキングサイズベットの端にもぐりこんだ。最高のマットレスだった。これは熟睡してもいたしかたない。
即寝した。どうやら私もかなり疲れていたようだった。
朝起きた時、全面ガラス張りの窓から、海の水平線に顔を出した朝日の光が強烈に部屋に入ってきていた。私は体を起こし、レースのカーテンを引いた。ちらりとジンをうかがうとまだぐっすり寝ている。この間に身だしなみでも整えておこう。どうせジンは一瞬ではや着替えするし、待たせる時間ももったいない。




